第2話 はい、ただいまー
かなり凝った造りをしてるなぁ。
私も某ゲームでこういう部屋、作った作った……なんて思いながら一人「うんうん」と頷いていると、王様っぽい人が「調べろ!」と声を上げる。
誰かが、何かを唱え始める。
すると目の前に、ゲーム画面のステータス表示みたいなのがピョコンと飛び出してきて――。
「スキル、『収納』!」
「要らん、次!」
両側から、騎士服姿の人たちがやってきて、私を半ば無理やりに引っ張っていった。
私は抱えている椅子をそのままに、強いその力に押されていく事しかできず。
「ほら、国王陛下からの迷惑料だ。『いきなり呼びつけてすまなかった。ここはお前たちの知識で言うところの“異世界”にあたるが、元の世界に戻る方法はない。金をやるから自分で生計を立てて生きろ。“現代知識”とやらで小金を稼ぐくらいなら許容してやるが、もし欲張って大金を集めるような事があれば、特例措置で“税金”とやらを納めさせてやろう』。これが陛下からのお言葉だ。分かったら、とっととここから失せろ」
その言葉を最後に、目の前の門がガシャンと閉まる。
見上げれば、そこには大きなお城があった。
某ランドのお城みたいな外観のお城である。
某ランドのお城には、夢が詰まっていた。
綺麗なドレスに身を包んだ、色白で淑やかそうなお姫様もたまにいた。
今の騎士の言う通りここが本当の異世界なら、本物は夢の欠片もなかった事になる。
「……っていうか、今の呪文、何。どれだけ今まで私みたいに呼び出して、こうして放逐してきたのよ」
追い出しに、ある種の慣れと効率化が感じられ、腹が立つより先に呆れてしまった。
そして、考える。
「どうしよっかなー……」
我ながら楽な性分に生まれたと思うけど、私は結構楽観的というか、人生どうとでもなると思っている口だ。
周りからはたまに「何であんたそんなに肝が据わってんのよ」とか「よくそんな落ち着いていられるわね」なんて言われる事もある。
我ながら、自身を『あんまり深く物事を考えない人間だ』と思っていもする。
でも、何度考えても人間なるようにしかならないし、分からない先行きを不安視したところで、何も解決しないと思う。
少し「うーん」と考えて、「そういえば」と一つ思い出す。
「さっき、『スキル“収納”』とか言ってたけど、何? スキル使えるの? 私」
言いながら、自身の両手の平を見下ろす。
試しにグーパーグーパーとしてみるが、別に普通の手だ。
というか、普通の私だ。
何も変わったところは感じないけど……。
そう思いながら、椅子をよいしょと持ち上げて歩き出す。
城があって王様がいるのなら、きっと城下――王都もあるだろう。
そう思って振り向いた私は、目の前にそれらしき景色を見つけた。
とりあえず、そっちに向かって行ってみよう。
そう決めて――。
「あ、すみません」
「何だい、嬢ちゃん。こんなところで椅子なんて持って」
ちょうど城から出てきたらしい、馬車を見つけて声をかけた。
止まってくれた馬車の対向を、別の馬車が城に向かって走っていった。
目で追えば、どうやら門の向こう側に行くらしい。
そうこうしている間にもう一台走って行ったわりに徒歩が私以外いないところを見ると、もしかしたらここは馬車が城に出入りする門なのかもしれない。
「諸事情で王都まで行きたくて。乗せていってもらえませんか?」
ダメ元で聞いてみた。
初対面で足代わり、つまり現代で言えばヒッチハイクをしようとしているも同義。
断られたら普通に歩こう、なんて思って聞いたのだが、案外すんなりと「いいよ、乗りな」と言ってくれた。
お言葉に甘えて、椅子と共に荷台にお邪魔する。
「その珍妙な服、もしかしてお前さん異世界人かい?」
そう尋ねられて一瞬キョトンとした。
異世界人なのは貴方たちの方だ、と思ったけど、それってつまり相手からすると私たちこそが異世界人だという事になる。
素直に「そうです」と答えると、馬車の運転手は「最近こういうの、よくあるんだよなぁ」と愚痴っぽく嘆いてみせた。
「多いんですか? 異世界人が来る事って」
「あぁ、しかもよくこうして城の前に着の身着のままで追い出される」
「そういう人って、皆どうしているんですか?」
「そうさなぁ、『帰れない』ってんで絶望して引きこもる奴もいれば、楽しそうにここを謳歌する奴もいる。大体はスキルを使って生計を立てるかなぁ」
「スキル……」
そういえば、さっきそんな話をしていたな、と思い出した。
「あの、『収納』っていうスキルは何ができるんですか?」
「『収納』か、簡単に言えば、『人間マジックバッグ』だな。マジックバック自体はダンジョンの宝箱でそれなりの確率で出るから流通量は多いが、それの大容量版だ。持っている奴自体は少ないが、戦闘向きではないからな。城は魔王討伐のために戦闘スキルを持つ人間を集めてるっていう噂だから、嬢ちゃんはお眼鏡には叶わなかったんだろうさ」
「なるほど」
「ちなみに、他には?」
「他に?」
「『収納』スキルの使い方、というか」
少し気になるところがあって聞いてみると、彼は何だか申し訳なさそうな顔になる。
「残念ながら、『収納』スキルができるのはそれだけだ。ただ、マジックバックとは違って、なかにいれているものをバッグごと盗難されたり、置き忘れたり無くしたりする事はないからな。商人や荷物持ち要員として誰かに雇われたりと、意外と色々なところで地味に重宝されるよ」
だから悲観するな、と言われている気がした。
でも大丈夫、私はまったく悲観していない。
ただ純粋に疑問に思っただけだ。
「異世界ファンタジーとかだと、この手のスキルには別の使い道もあると思うんだけど……」
できないのか、この世界の人たちが思いつかないのか。
どちらだろうと思いながら、「試しにこの椅子、収納とかできないかなぁ」と思ったら。
「あっ、できた」
隣に置いていた椅子が、シュッと消えた。
消滅した可能性もあると思い、もう一度「出てこい」と念じると、再びシュッと現れる。
「おぉー、すごい。流石は異世界」
なんてやりながら、馬車に揺られて私は王都まで送ってもらった。
「ありがとうございます!」
「気をつけてな」
そう言って、彼とは彼の店の前で別れた。
先程彼と話す前までは「人の多いところに来れば、色々とこの世界の事が分かるかなぁ」と、漠然と思っていただけだった。
先程の騎士は、さも「最低限の事は国王からの伝言で伝えた」風で話を終えたけど、物価とか、押し付けられたこの迷惑料の価値とか、寝泊まりする場所とか。
そういう事には一言も触れていなかった。
田舎に移住するのと同じで、生活するにあたりこの場所の常識がない・誰にも相談できないという状況は、中々に生活のハードルが高い。
だからそういった事を知るためにも、まずは王都を見て回ってみて、色んな人にちょっとずつ話を聞いてみようと思っていたのだ。
でも。
「ちょっと試したい事ができちゃった」
これがうまく行けば、ここでの生活とかの諸々を早急に考えずに済む。
そう思い、チラチラと通り道の店をウィンドウショッピングしつつ、私は人通りの少ない場所――王都の外れだと思われる場所へと行きついた。
辺りには、人っ子一人居やしない。
そんな何の変哲もない路地の一角で、私は手頃な壁に向かって立った。
「さっきは『スキル使うぞー!』って思ったら使えたから……」
言いながら、壁に手を当て『使うぞーっ』と念じる。
すると、目の前の壁に揺らぎが生じた。
「お?」
えーっと、できればこう、なんか扉みたいに……。
「お」
ドアノブとかも付けて、あ、引き戸にしよう。
《《あっち側》》に合わせて。
「おっ!」
目の前でぐにゃりと歪んだ空間が思い通りに形を変える。
すごい、なんか粘土をこねくり回しているみたい。
ちょっと楽しい。
「できた! 多分!!」
目の前に、木枠の引き戸が現れた。
うんうん、見た目はいい感じ。
あとは《《向こう側》》がうまく繋がっていれば……。
「さぁ、オープン!」
ガラッと引き戸を引いたところ、サァッと風が吹き込んできた。
今までいた所は人通りがない王都の端という事もあって、少し寂しい雰囲気だった。
それが、ふわりと爽やかなものに変わる。
目の前にあるのは、温かなぬくもりのある茶色。
二階に上がる階段に、木目の天板のカウンターキッチン。
奥には畳のフロアもあって、とても穏やかな雰囲気だ。
「成功だったー、はいただいまー!」
言いながら、中に足を踏み入れようとして「あっ」と気が付いた。