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第9話 束の間の休息

 散らかった部屋のテーブルには食べ終わったカップ麺の入れ物が割り箸を入れたまま、飲みかけの炭酸水のペットボトルがあった。数匹のハエが飛んでいる。疲れ果てた身体に鞭打つように壁伝いに動いた。満タンに入ったゴミ袋に触れると、たくさんのゴミがこぼれ落ちる。


 颯真は、声を発することもなく、身体は崩れ落ちた。汚い部屋という認識しながら、片付ける余裕もなかった。部屋の隅の方、うずくまるのは颯真の母親の中島 碧郁(なかじま あおい)だった。


「私にはもう生きる価値がない。生きる価値がない……」


 昼間だというのに部屋の中は真っ暗になっていた。カーテンを開けても隅は真昼間でも闇であった。颯真が家に帰ってきたことを床に倒れてから30分後に気づいた。


「……あ、颯真。帰っていたの? ねぇ、何してるの。そんなぐったりして。ちょっと、ちょっと!!」


 ただ、いびきをかいて床で寝ている颯真を体を大きく揺さぶって起こそうとする。碧郁は、汚いゴミだらけの床で颯真が寝ていることに今更ながら気にしたようだ。


「うぅ……う……」

「起きなさい。起きなさい!!」


「母さん?」


 8年後の未来にタイムスリップした颯真は現代に戻ってきて、全身が鉛のようにズンと重くなっていた。どこにぶつけてか分からないあちこちの皮膚が内出血もしている。


「颯真、母さんお腹すいたんだよぉ」


 一仕事してきた高校生の息子にご飯を要求する母は、精神病を患っている。躁鬱病と認知症を同時に発症している。父親が会社の経営に失敗して多額の借金を作ってすぐに蒸発した。母の碧郁は、女手一つで朝から夜まで働き過ぎて頑張りすぎたのかある日突然、物忘れをしてから仕事ができなくなった。今では、仕事を辞めて国の行政に頼り、生活保護制度を利用していた。生きていくことに絶望を覚えて、首に丸く作ったロープを天井につるそうとした瞬間、空中に丸い異次元空間が現れた。もう一度、人生のチャンスを与えようと颯真に下されたのは閻魔大王からの闇の力による任務をこなすことになった。


 それが、ダーク・ワーカー【闇の労働者】。


 現代におけるスピチュアルで人間の心を救うライト・ワーカーが天国からの神様の指示で人の心を照らすのならば、相反する地獄からの任務を与える閻魔大王の使者。世に蔓延る裁かれない罪を暴き、見えない裁きを下す者である。颯真は、絶対に下界の人間には姿を見られてはいけない仕事をしている。もちろん、それは母である碧郁も同じだ。


「お腹……すいた?」


 体を動かすのもやっとのこと。食材や身の回りの物はすべて颯真が買い出しに出かけていた。タイムスリップ前日、買い物に行くのをすっかり忘れていた。こういう状態になることを予測できなかった。バキバキの体を無理やりほふく前進して、動かした。冷蔵庫の中を確認するが、LEDのライトがまぶしく光る。長期保存可能なバターや梅干しくらいしか入っていなかった。


「ごめん、母さん。買い物、行ってなかったよ。今、買ってくる……」


 振り向いた先に、ベランダの窓が開いていた。カーテンが風で揺れ動く。さっきまでお腹すいたと言っていた母の碧郁がいない。まさか、ベランダから飛び降りてしまったわけじゃないよなとハッと慌てて駆け出した。カラカラと洗濯物干しが回っている。


「颯真ぁ、外は綺麗だねぇ。花火上がっているよ~」


 今の季節にお祭りはどこもやっていない。花火をあがることはない。きっと認知症の症状だ。飛び降りていないことに深く安堵して、碧郁の両肩をしっかりつかんだ。不意にパンッと、打ち上げ花火が上がった。嘘じゃなかった。


「え? 今の季節に花火なんて……」


「ほら、嘘じゃなかったでしょう!」


 雲一つない夜空にはたくさんの星たちが黒いキャンバスを彩っていた。いつまで続くか分からない闇の任務に苦しむこともあった。ほんの些細なことで心が穏やかになるのはいつぶりだろうか。颯真は母の碧郁とお腹が空いていることを忘れて、空に浮かぶ花火をずっと眺めていた。


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