第32話 優しすぎる閻魔大王が現る
ライトワーカーとの闘いで危険な目に遭い、閻魔大王の力により、異次元世界に飛ばされた颯真と紫苑は、地獄に入る門番付近で油を売っていた。しばらくは人間界に行くなという閻魔大王からお達しが出た。いわゆる押し入れに入って反省しなさいのような昔ながらのお仕置きだ。自由ではない。
そもそも、人間界にいる時も闇の仕事を任されて、遠隔操作可能なタトューは掘られて束縛される始末、自由ではないが、学校やバイトに行くこともできない不自由さはあった。
友達との交流は好きでも嫌いでもなかったが、ダークワーカーの仕事から離れて気分転換にはなった。バイトも大人や子供の人間観察をして次狙われるのはあいつだろうという予測をすることもあった。そこから離れた生活をしたことがない颯真一体、何をしろと言われるのか、想像もできない。母である碧郁のことも気になる。自分がいないことにより、何もできなくて命を絶つことはないのだろうかと不安になる。
「……案ずるな。ここにお前がいる時は、何も起きない」
物音一つしないで真後ろに閻魔大王がやってきた。仕事を放棄して、ここにいるのはなぜかと目玉が飛び出てしまう。コウモリの紫苑はお腹が空いて、地面に這うゲジゲジをおつまみのようにむさぼり食べていた。
「閻魔様? な、なんでそこに? そして、今読みましたね、俺の心!」
ざざっと後退する颯真を紳士的に支える閻魔大王。なんでこんな至近距離で近づか不思議で仕方ない。
「ああ、お前の心は純粋でダークワーカーにしておくのはもったいない。人を恨む心など作られたものでまるで道化師そのもの。人と接する時だって、自分じゃない誰かになってる……」
今日の閻魔大王は、何だかいつもと様子が違う。いつもお酒を飲みながら、たばこを吸って悪態をつく。気に入らないことがあるとすぐ言葉で傷つけてくるはずだった。頬を撫でられると、すぐに空中を軽やかにジャンプしてその場から離れた。
「お、お前は誰だ?!」
「チッ……あと少しで捕まえられそうだったのに」
閻魔大王の姿をしている別の誰かであることは確かだ。地獄世界で結界が広がっている中での侵入者に驚きを隠せない。状況を把握したコウモリの紫苑は、その場を何回も旋回した。対応しようにも焦りが生じてパニック状態になっている。
「なんだ、なんだ。何が起きたんだ。おいらの食事の邪魔するやつは?! 閻魔にそっくりだけど、お前は偽物だな!!」
「ふん! 今頃気づくなど、遅いわ!!」
持っていた扇子を振りかざして、強い風を巻き起こした。地面からたくさんの小石が飛び散っていく。顔や体にバシバシと当たった。
「いたたた……痛てぇな。紫苑、上に飛べ!」
颯真は飛んでくる小石から逃げようと上にジャンプするが、偽物閻魔が扇子の向きを変えて上にも飛んでくるようになった。
「ははは!! こざかしいやつめ。どこに逃げようと風はどこにも吹き荒れるのだぁ!!」
「颯真、おいらのおやつは大量に用意してくれよぉ!」
指示に従うにはおやつがないとダメだといわんばかりに言っている。颯真はそれどころじゃないだろと呆れていた。どこに逃げてもダメならば、逃げずに立ち向かっていくという道を選んだ。上に浮かばせていた体をマントを使い、一気にスピードを上げて体当たりをした。まさかの行動に避けることもできず、額に頭突きをした。
「なッ!?」
ぶつかった瞬間に背中からパタリと倒れていく偽物閻魔がいた。颯真は地面に着いた瞬間に起き上がって手をパンパン叩いて砂を落とした。相当強く当たったらしく、目がぐるぐるなっている。紫苑は何もしなくても倒れた相手に喜ぶどころかお腹が空きすぎて、偽物閻魔になぜかたかってくるハエをパクパク食べていた。
「ハエが近づいてくるって……まさか、こいつは死人なのか?」
「……え? なんのこと」
食べるのが夢中になる何を言ってるか理解できない紫苑だ。しばらくすると、体が砂のようにパラパラとなって消えて行く。幻覚を見せられていたのかもしれない。確かに頭突きをしたときの感触はあった。でも、その姿はどこにもない。
「何だったんだ、一体、さっきのあいつは」
「……え? いいじゃん。大丈夫だったんだから」
「そうだけど……」
「さぁ、食べるものも食べたから、閻魔様に言われた通り、地獄の見学でもする?」
「え、俺は別に興味ないんだけど」
「あぁ、そう。ならいいけど。地獄に行きたくないもんね。誰だって」
「それはそうだろうけど、俺のしていることってダークワーカーだから地獄に行ってもおかしくないんじゃないの?」
「おいら、よくわからないや」
「ふーん」
二人はあてもなく、まっすぐ進むだけ進んだ。その先が地獄の入り口だと気づいていないまま、まっさかさまに落ちていく。紫苑はびっくりして飛びながら、急いで颯真を追いかけて行った。
「世話がかかるやつだなぁーーー!」
「お前に言われたくなーい!」
声にエコーがかかりながら、下へ下へ落ちて行った。カラスが鳴いて、小鬼たちがざわざわと騒ぎ始めていた。




