第31話 颯真の初めての黒星
ライトワーカーの姫田 倫華が経営する施術室から始まった天照大御神とダークワーカーである中島 颯真との対決は見事に異次元空間に飛ばされてしまい、負けということになった。そもそも、陰陽の交わってはいけない同士に対決する意味があるのかという疑問もなくはない。異次元空間に飛ばされてしまった 颯真と紫苑は、いつの間にか藍色の波打たれて砂浜まで流されていた。体中、砂まみれのびしょびしょだ。
「ぶぁはっくしょん!」
いつもは軽やかに翻すマントも重く背中にのしかかっている。コウモリである紫苑は、羽根がうまく開かずに悪戦苦闘していた。
「くっそぉー、うまく飛ばないぞ」
「落ち着けって。ほら、今乾かしてやるから」
颯真は、鼻水をすすりながら、手のひらをかざすとあたたかい風が沸き起こり、ドライヤーで乾かしたように一瞬で元の羽根に戻っていた。すぐに空中を旋回して喜びをアピールした。
「さんきゅー。助かったぞ。おいら、この羽根が濡れたら飛べないからなぁ」
「……それはよかったなぁ。ハックッション! 俺は風邪が長引きそうだよ。うーー、寒いぜ」
がたがたと体を震わせて、自分の肩を抱く颯真はゆっくりと砂浜を歩いた。
「急いで、閻魔大王様に状況を説明しないと、瞬間移動するぞ。早く扉を開け」
「へいへい。分かりましたよーだ。こんなに体力削られてもゆっくり休めもしないわ」
「休んでいる場合かって、ここにいたら、いつ津波来るかわからないんだぞ」
「それは危険だ。異次元空間はさらに危険だ。早く移動しないと……」
颯真は指先で念を送り込みながら、円を描いた。虹色の異次元空間の丸い扉が開く。体が先が手が先か、閻魔大王の腕がにょきっと伸びてきて、颯真の体が引きずり込まれた。無理やり引っ張るので、びしょ濡れのマントは破れかぶれだった。
「お、これは話が早いってやつかなぁ?」
「痛いって! 閻魔様、もう少し優しくできませんかね! いたたたた……」
ごろんと、落ちた瞬間に体操選手になった気分で後転してしまった颯真が、ぶつかった頭をおさえて閻魔大王に懇願する。審判の間では小鬼たちがわちゃわちゃと慌ててうろついていた。
「わしの辞書に優しくという言葉はないからな……お前は左腕タトューを刻んだはずだが、何を消しておるのだ?! あ?」
突然、腕を引っ張って置いて何を言うかと思ったら、以前に刻まれたタトューのことを気にしていた。よく見ると、深く刻んだはずのタトューがうっすら消えかかっていた。
「あれ、おかしいなぁ。俺は消した覚えはないんだけども……」
颯真の左腕を凝視して確認すると、ちょっとやそっとで消せないタトューが消えかかっている。
「あいつらに決まっておろう。ライトワーカーどもの仕業だ。まったく、姑息なことをするやつらだ」
「え、いつの間にやられていた!? 気持ち悪い」
「黙ってするんだなぁ。確かに気持ち悪い。善人のふりして、嫌なことするやつらだなぁ。おいらはああいうの好きじゃない!」
「まぁ、閻魔様みたいに急に腕にタトューなんかやってくるのもどうかと思いますけどね。どっこいどっこいかと……」
「は? 何か言ったか?」
「……いえ、何もこれっぽっちも閻魔様の悪口なんか言ってませんよ。ねぇ、紫苑」
「どうかなぁ、おいら、隣にいたけど。なんだか言ってたような?」
颯真は、小声でボソッと言っていたものを隣にいた紫苑が閻魔大王にそのまま言おうとしていた。それを面白くない颯真は、後ろからそっと近づいて耳元で話す。
(お前なぁ、裏切るつもりか? ん? おやつなんて買ってやらないからな!)
(何?! それは困る。おいらの唯一の楽しみ奪うなぁ!)
「しばらく、牢屋にでも入っててもらおうか?」
「え、そんな立派なところになんて、大丈夫ですよ。閻魔様」
「そうですって。ねぇ」
「何を勘違いしておるのだ。しばらく人間界に戻さないと言っておる。こと尚更、ライトワーカーたちの行動も気になるからな。大人しくしておけ。地獄の見学でもしておくがいい」
「「え?! なんで?」」
「おいらのおやつは?」
「母さんの世話とバイトはどうなるんすか? 学校も」
閻魔大王の話に信じられない2人はあたふたと慌てる。状況が変わってきた。
「時間の移動はいくらでも調整できるんだ。気にするな。今はあっちの動きを観察したい。とりあえずはここで落ち着いておけ」
「はぁ……まぁ、そうならいいですけども」
「おいらは納得できない。イカフライが食べられないのがきつい」
「そんなのさきいかで十分だろ」
「おいらはあれが好きなんだーー」
「……はいはい」
颯真は、小鬼たちに案内されて閻魔大王のお屋敷に進んだ。イカフライに悔やみながら後ろを着いてくる紫苑がパタパタと飛んでいた。
閻魔大王は王座で頬杖をつきながら、買ったばかりの葉巻を深く吸って煙を天へと吐き出した。




