第30話 冷酷な操り人形の微笑
赤い目を光らせた姫田 倫華の白いドレスが揺れ動くと、後ろでは激昂する天照大御神の姿があった。バニラのお香が漂う部屋が一瞬にして、藍色の海に囲まれた空間へと飛ばされた。高波が颯真とコウモリの紫苑に向かって勢いよく押し寄せてくる。
「俺様の泳ぎを舐めるなよ!! バタフライで泳いでやる!!」
「無駄な労力使うなよなぁ、颯真」
颯真はこんなところでおぼれてたまるかと、泳ぎを見せつけようとしたが、紫苑
が羽根をバサバサと動かした途端に、キラキラと輝く黄金の粉が舞い上がり、颯真の体は空中に浮かんだ。
「な、何をすんだよ。これから泳ごうとしたのによぉ」
「そんなの良いから、まず目の前のことに集中しろよ。やられるぞぉ」
ふわふわと体が浮かび、思ったように動かせなかった。風が強く吹くとふわりと高く浮かんでしまっていた。
「何をごちゃごちゃとやっておるのだ。目障りだ、消えてしまえ!!」
天照大御神は天高く腕を振り上げると、姫田 倫華の体も連動する。真っ青な空から眩しい光が降り注ぎ、次々に海の上に炎が舞い降りると、マグマのように赤く燃え広がっていった。
「な!? 俺を焼いて食べる気なのか? 熱い熱い! 逃げろ逃げろ。水の上なのに燃え続けるってどんなんだよ!」
「逃げるだけじゃだめだ。こっちから攻撃をしかけないと、颯真もおいらも燃えてメインディッシュにされちゃうぞ!!」
颯真はぴょんぴょんと飛びまわり、あちこちから来る炎から逃げ切った。
「俺のターンだな……≪鋼鉄剣≫ うりゃーーーー!」
青白く光でできた剣が颯真の手から伸びていた。鋼のように鋭く硬くなっていた。
姫田 倫華の体に触れるとぶつかった拍子に高音が響いていた。彼女の目は強く赤く光り出した。操られたその体は人間には見えなかった。攻撃は見事に交わされた。
「颯真、気を付けろ!」
姫田 倫華が目を見開いた瞬間に、彼女の魔力の影響で次々に海の上が氷ができはじめて、足元の身動きが取れなくなった。紫苑の忠告も虚しく、効果はなかった。
「いわんこっちゃない。どんくさいなぁ」
「うっさいわー! ちくしょー」
紫苑は羽根をバサバサと動かして、魔法の粉をまき散らした。身体が見えなくなる透明な粉だ。足が氷で身動きがとれない状態で透明になることに意味はあるのかと疑問に感じた颯真だった。
「透明になる前にこの氷を溶かしてくれよ」
「それは自分でやってよ。他力本願はよくない!」
颯真は、ぶつぶつと独り言をつぶやきながら、指先から炎を起こして凍った足を溶かしていった。やっと自由の身になれたと安心したところに姫田 倫華の顔が目の前に現れた。にやりと笑顔で手を伸ばしてくる。
「神に逆らうことはできないんですよ」
「そ、それはどうかなぁ……人間も間違いがあるように神様も間違うことあるじゃないですか?」
首元に姫田 倫華の腕が迫ってくる。プロレスごっこを楽しむためなのかと楽観的に考えていたが、冗談ではないくらいの力に歯をくいしばった。
「私は私なりの考えで神にお仕えするのです。貴方の指図は受けませんわ」
「人間の心を洗脳して神に仕えるのはど、どうかと思いますよ」
「そちらも閻魔大王様にお仕えしているんですよね。やっていることは変わらないと思いますよ。でも、もう貴方はこの世に存在すべきではない。神に誓うというならば、別ですけど」
操り人形のように話し出す姫田 倫華は、本当の心を失っていた。後ろにいる天照大御神の顔が鬼のように見えなくもない。
「俺はインチキ神様なんかを信じない! いくら願ったって叶わないこともある。どうして、俺の母親があんな風にならなければなかったか! 本当に神様がいるなら、俺だってこんなことする必要ない。ふざけるな!!!!!」
「かわいそうな人。出会ったのが閻魔大王様じゃなかったら、そうはならなかったかもしれないわ。さぁ、こっちの世界においでなさい」
両手を広げて受け入れようとする。心を癒そうと颯真を光輝く天国の方へ導こうとした。あたたかく優しい空気が辺りを包み込む。すると、その時、姫田 倫華が覚醒して、赤い瞳から通常の茶色の瞳に入れ替わった。
「こっちに来てはダメ、絶対ダメ!!!」
目を開けていられないほどの強烈が光が辺りを包み込んだ。
「何をするのだ!!!!」
天照大御神が変貌した姫田 倫華の裏切り行為に驚愕していた。颯真と紫苑は見えない力により勢いよく異空間に飛ばされていく。
「うわわぁわわわあぁあぁぁーーーー」
「颯真ぁーーーーーー」
天照大御神と姫田 倫華の姿はどこも見えなくなった。見た事もない空間で飛ばされてしばらくふわふわと浮かんでいた。ゆっくりと時間が流れ、声がゆがんで遅れて聞こえていた。
時間がゆっくりの空間で話すたび、動くたびに体力を奪われ、いつの間にか眠ってしまっていた。




