第23話 崩れゆく女の顔
「あなた、そこで何をしているの?」
電柱で体を隠していた颯真と紫苑の後ろから女性の声がした。黒アゲハ蝶のようなゴスロリドレスを着ていて、髪は墨を上からかけたうようなおかっぱ頭。顔には十字架のタトュー、手には黒いUVカットのアームレースカバー。足元を見るとヒールの高い漆黒のクロスベルトロリータ靴を履いていた。
「……いえ、この電柱のチラシが気になって……」
颯真はごまかすように、ピンクチラシを指さした。『いちごミルク』の文字と携帯番号が黒字のゴシック体で書かれていた。明らかに健全な男子高校生が利用するようなものではない。紫苑は、静かに電柱周辺を旋回していた。
「誰が電話するのよ。誰が」
「……お、俺?」
自分の顔をニヘラニヘラしながら、指さした。ゴスロリの女性に閻魔大王に引っ張られて生傷がまだ治らない颯真の耳をぐいっと引っ張られた。その様子を見て、紫苑は何もできなかった。何かされてしまうのを恐れていた。
「未成年が何を言ってるんだか! そういう人は捕まえて、姫田先生にお仕置きしてもらうから!」
「え、ちょ。おい! いってーよ。何するんだよ。俺の耳!!」
初対面の女性にぐいぐい引っ張られてしまう颯真。時々、ヒールが高すぎて、カクッと転ぶ仕草をしていたが、あえて突っ込まなかった。彼女は、側溝の隙間に入って、引っかかっていた。
「ちょっと、転んだのに、何も言わないの!?」
「……耳、痛いんで……」
「はぁ?! 全く。これだから、今の男子高校生は。融通が利かないやら、ツッコミもできないやら……」
「ツッコミって、俺、芸人じゃねぇし! てか、マジでやめろな。耳いってーんだから」
颯真の怒りスイッチが入る。目が赤く光った。まさか、ここで見ず知らずの女性に力を使うとは思いもよらなかった。颯真は冷や汗をかいた。彼女は、腕を振り払った颯真の手が顔にあたり、小さな傷を負った。
「痛いわね。またケガさせる気なの?! あんたは懲りないわね」
「……は? 俺は、今初めて手が当たったんだ。訳分からないこと言うなよ」
ゴスロリ女性の声が太くなった。顔のしわが一気に増えたようだ。颯真が初対面だと思っていた人は占星術を占っていた夢見響子だった。一度は周囲に死んだと見せかけて、30代の女性から20代の女性に整形手術をし、名前を変えて生きていた。何故か、記憶が蘇ったせいか整形した肌が剥がれてきていた。元の自分に戻る作用が出てしまったのかもしれない。
「あんたは……あの時の!?」
「忘れたとは言わせないわよ。また私の前に現れて、どうするつもりなの? ―――まさか、姫田先生のところに!? こうしちゃいられないわ」
ゴスロリ姿の夢見響子は、体勢を整えて、深呼吸をした。これから何をするのだろうか、颯真は復讐心が大きくなったのではないかと予測して、ジャンプをして後退した。紫苑は、危険を察知して颯真の頭上に慌てて飛び立った。道路の真ん中に車は走っていなかったが、たまたま通りかかった散歩中の主婦は驚いてそそくさと逃げて行った。怒りに震えて、夢見響子の地面から風が巻き起こる。
「颯真、危ない!」
紫苑は焦った様子で、透明になれる粉を颯真の頭の上から振りまいた。夢見響子は持っていたバックから水晶玉を左手に持ち、目をつぶり、術を唱えようとしていた。
風が強く吹いたかと思うと、さっきまでいた颯真の体が忽然と見えなくなっていた。
「何?! どこへ行った? 逃げたなぁ~!! これは姫田先生に知らせなくちゃ!」
生まれ変わった夢見響子は整形手術と環境により、仕草や姿、形は10歳は若返っていたが、颯真に会ったことで顔の半分が元の姿に戻ってしまっていた。
一方、透明の粉で見えなくなった颯真は、夢見響子の姿を一から十までしっかりと見つめていた。声を発することはせずに、じっと待つのみ。紫苑はその姿を見て、笑いそうになったが、ぐっとこらえた。
危なく、颯真はライトワーカーである敵の陣地に連れていかれそうになった。きっと、夢見響子は颯真だということをわかって近づいてきたに違いない。颯真が暗殺した人間。顔を見られている。いくら、夢見響子がこちら側の人間といえど、ターゲットにされてしまうことは予測できたかもしれない。危機一髪で難を逃れた。
夢見響子が立ち去った後、ため息をついてほっとしていた颯真に紫苑が話しかける。
「危ない、危ない。敵の陣地に行くにはまだ早すぎる!」
「そりゃ、そうだ。そもそも、ここに調査に来るのもまだ来なくても良かったんじゃないのか?」
「……それは知らない。おいらが考えたことじゃないもんだ。文句があるなら、閻魔様に言ってくれ。腹減った。おやつくれよ」
「ちくしょー、そういえば、責められないっと思いやがって。おやつは俺のもんだ」
ポケットにつめていたおやつカルパスをむさぼり食べる颯真に、体当たりで迫る紫苑がいた。
「あ、ずるい。おいらの分もよこせ!!」
「―――誰に文句あるって?」
そこへ閻魔大王が虹色の異空間窓を開いて話かけてきた。閻魔大王は地獄耳であった。颯真と紫苑は、身震いを感じて静かに蟹歩きで逃げようとしたが、二人とも首根っこを閻魔大王に捕まってしまう。
「「すいませんでした。すいませんでした」」
何度も謝罪して事なきを得たのであった。審判の間でその様子を見ていた赤鬼と青鬼たちはくすくすと笑って眺めていた。




