第21話 左腕に刻まれたタトュー
高校の屋上で風見鶏が勢いよく回っていた。雲は灰色に染まってひつじ雲を作っている。見たこともない雲ばかりだ。不吉な予感を漂わせている。
「颯真、いつになったら、動くんだよ!? 占い師を殺したはずが殺せなかったって知らせが来たぞ。人間技じゃできないって閻魔様も言ってたぞ。あいつの背景にはもしかしたら、変なやつが指示していた可能性があるって……」
颯真は制服姿でコウモリの翼の形をした紫色のぷちぷちおもちゃを何度も押した。ストレス発散に繰り返す。授業の休憩時間中に紫苑からの呼び出しを受けた。颯真は塀の上に胡坐をかいて座っていた。いろんなことが頭をめぐる。この手で確かに罪人相手を切り刻んだ。占い師の夢見響子の背中にはたくさんの邪念がくっついていた。何人の人を死に追い込んだのかわからない。自分は悪くないとしながらも間接的に手を下しているのは確かだった。
「……おかしいよなぁ。絶対しとめたと思ったんだけどなぁ」
「人間じゃないと思うんだよ。あいつ。復活するっておかしいよ」
「血のり……? 偽物の血だったのか。もしかしたら、俺に狙われること知ってた?」
「予言していたかも?!」
「ありえる。本物の占い師なら……」
「死んだふりだった?」
「いや、違う。きっと、何か作用して……こう」
颯真は身振り手振りで説明しようとする。
『夢見響子……って言ったな? 颯真。そいつはお前の敵だ』
丸い虹色鏡の中から野太い声で言ったのは閻魔大王だった。赤くごつごつした太い腕を出し、颯真の左腕をつかんだ。
「な、何をする!?」
『いつお前が天照大御神という輩に連れていかれても不思議じゃない。今のうちに傷跡を残しておこう』
閻魔大王は、颯真の袖をまくり上げて、丸いマークの中にオベリスクマークを指先から魔法を送り、タトゥーを刻みいれた。肌が焼けて煙が立ち上ぼる。
『これが契約だ。二度と消すことはできないからな』
「あっつーー!! ……はぁ?!」
タトゥーを入れられた颯真は焼けた皮膚を何度もかく。熱くてたまらない。焼けたばかりだからか、赤く腫れあがってきた。細長く赤い爪をぺろっと舐めて、にやりと笑う閻魔大王を颯真は睨むが、抵抗はできないのだろうともがき苦しんだ。舌打ちをすることしかできなかった。
グレーワーカーと名乗る占い師の夢見響子は、ライトワーカーのスパイ。一見、中間管理職を担っているようだが、ダークワーカーの敵だ。こちらの行動を常日頃見張られている。ライトワーカーと違うところは、標的者に手を下すこと。ダークワーカーよりの行動ができてしまう。今回の颯真が関わった事件も、ダークワーカーを取り締まるためのもの。すべては罠だったということ。
これまでの事件よりも罪は軽いはずが死を追い込むほどではないと訴えたいために、夢見響子が一役買った。そのいきさつを推測した閻魔大王は、ため息を漏らす。
『……今回の事件は、浅はかだったかもしれん』
くちゃくちゃと手元にあったポテトチップスとさきいかを食べて話し出す。隣にいた赤鬼と青鬼は緊張感がないなと呆れてしまう。
「それはそうと、俺の腕を焼くのはやめてもらえます? ……意味あんか、これ」
『無意味な行動しない! ライトワーカーが近くにいるということは、お前が吸収されてしまうということだ。それはしてほしくないから、ほら、わしがそうやって……』
「え? ……それって嫉妬?」
頭がぽかんと目が点になる颯真。頭の上を紫苑はぐるぐるまわる。審判の間の鬼たちも行動がとまる。それは言っちゃいけない言葉じゃないかと推測する。近くにいた鬼たちは、そぉっとそばから離れようと抜き足差し足で逃げようとしたが、遅かった。閻魔大王の怒りは爆発する。鼻息を荒くさせて、地団駄を踏む。審判の間どころか、地獄全体の地響きが鳴る。
「……俺、なんか変なこと言ったか?」
「ああ、相当やばいなぁ」
下界にいる颯真と紫苑は、身の危険を案じて、急いで屋上から逃げおりた。こちらの世界まで被害が無いことを祈りたい。いつの間にか丸い虹色鏡は、キラキラと小さく消えていた。鏡自体も壊れるのを恐れて自ら姿を消した。
青い空では飛行機雲が長く長く伸びていた。




