第六話 輪廻の影
新しい世界は、凍てつくほど静かだった。
空はどこまでも鈍い灰色で、太陽も月もないのに、明るい。
足元の石畳はつるりと滑らかで、足音すら吸い込んでしまう。
風もないのに、身体の奥に冷たさが染み込んでいく。
「……ここが、裂け目の向こう側」
タナは吐く息を見つめるように呟いた。
その隣を、ルトが無言で歩いている。
彼の手には、まだ炭の黒が少し残っていた。首の線も、朝より淡くなっている。
「でも、おかしいよね……」
タナが足を止める。
「さっき、境界線を越えたはずなのに。……なんで、また?」
前方には、再び立ちふさがるように淡い光の壁があった。
それはさっきとまったく同じ、触れれば波紋を描く、呼吸するような境界。
「また……境界?」
タナの声には戸惑いと、かすかな恐怖が混じっていた。
「ここは“根”かもしれない」
ルトがぽつりと呟く。
「根……?」
「輪廻の……何かの、核みたいな場所。層になってるのかも」
ルトの目は遠くを見ていた。記憶を探るように。
タナは一歩、境界に近づく。手を伸ばし、光に触れると、またあの柔らかな波紋が広がった。
前に越えたときと同じ手応え。それなのに、感覚はまったく違う。
「私たち……どこまで行くんだろう」
その問いに、ルトは少しだけ笑った。けれど、それは寂しい笑みだった。
「もう、戻れないって感じはするよな」
「うん……でも、進むしかない」
タナは深く息を吸い、目を閉じる。
心の中に浮かぶのは、自分の首に刻まれた五本の線。
それが何を意味するのか、まだ知らない。
でも確かに、それが何かの「終わり」に近いことは、感じていた。
ルトがそっと、タナの手を取る。
「行こう」
ふたりは、再び境界を越える。
光がゆっくりと彼らの身体を飲み込み、揺らめく世界に消えていった。