第三話 裂け目の向こう
洞穴の薄暗い空間。ルトはゆっくりと目を開けた。
湿った空気が肺を満たし、耳には遠くから滴る水の音が響く。
頭の奥には重い鈍痛が続き、身体はまだ朦朧としていた。
首元に手をやる。炭で黒く塗りつぶした五本の線が、少しにじんでいる。
「消えない……」
本当は、ルトの首には線がなかった。生まれたときから、誰とも違っていた。
でも、この線がないと、周りの世界に溶け込めなかった。
裂け目から冷たい風が吹き込む。裂け目の向こうには、淡い光が揺らめいていた。
「俺は……ここにいてもいいのか?」
言葉はかすれて消えた。手は迷いながらも、裂け目に伸びていく。
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外では、タナが倒れた巨木のそばで立ち止まる。
草は奇妙に光り、風が髪を揺らす。空は重く垂れ込め、どんよりとしていた。
目の前の白い石碑には、古くて読めない文字が浮かび上がる。
「第五の転生者……最後の者」
タナは首の線をなぞる。五本の線が冷たく、重く感じた。
「私……?」
背後で草がざわめき、かすかな囁き声が聞こえた。
振り返るが、そこには誰もいない。
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裂け目の前で、ルトは炭を握り締める。
「線がなくても、俺は……」
そう呟き、裂け目を押し開けようとした。
二人の運命が、静かに交差し始めていた。