第一話 境界線の彼方へ
五つの半球状の惑星が空を分け合い、それぞれが干渉できない別世界として存在していた。
人々の首には、生まれたときから「線」が刻まれている。
その線は惑星ごとに異なり、誰にも理由は知らされていない。だが、それが“運命”を示すものだということだけは、皆が知っていた。
少女の名はタナ。
彼女の首には五本の線が刻まれていた。少なくも多くもない、本来なら何の変哲もない数。
けれどタナの人生は、静かで、そしてひどく寂しいものだった。
両親はほとんど口をきかず、母は家事の合間にタナを冷たく見るだけ、父は仕事で遅く、いつも不機嫌。
兄は年が離れていて、もうすでに別の惑星で暮らしているという噂だけが残されていた。
「お前は与えられた仕事をしていればそれでいい」
母のその言葉が、タナの中でずっと響いていた。
そんな彼女の心をつなぎとめていたのは、村はずれの小さな洞穴――タナとルトだけの秘密基地。
そこには痩せ細った、けれどどこか優しい目をした少年、ルトがいた。
「また来たんだな」
ルトはいつもの場所に座って、かすかに微笑む。
「うん。ここにいると落ち着くから」
タナは岩の上に腰を下ろし、ルトの隣に座る。
洞穴の中には、ふたりだけに通じる沈黙が流れていた。
ときどき風が外から差し込み、岩肌に落ちる影がゆらゆらと揺れる。
「…今日、境界線の話をされた。越えたら異端なんだって」
タナがぽつりと呟く。
「…いつものことだろ」
ルトの声は弱々しい。でも、どこか諦めがにじんでいる。
「でも、ほんとに越えたらどうなるんだろう? 本当に“いけない”だけで終わるのかな」
タナの目は暗闇の奥、まだ見ぬ世界の向こうを見ていた。
「タナ、やめたほうがいいよ。そういうの考えると、壊れちまうから」
ルトは小さく首を振った。
けれど、タナの胸の中には、小さな炎が確かに灯り始めていた。
「…わたし、見たいの。知りたいの。全部、嘘かもしれないって思うから」
その夜、タナはひとりで洞穴を抜け、村を離れ、境界線の前に立った。
星は遠く、風は冷たかった。でも、足は止まらなかった。
「ごめんね、ルト。わたし、行くね」
そして、静かに、線を越えた――
そこで彼女が目にしたものは、
今までの“世界”という言葉では足りないほどの、広くて、深い、光と影の景色だった。