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タビス閑話集  作者: オオオカ エピ
十三章名無しの王女
9/9

□月星暦一五四三年三月〜〈オレの女神〉セル・ハルスの独白(後)

◯セル・ハルス

親方の基盤を引き継いだからと言って、順風満帆に進んだ訳じゃない。


 ワーカーさんのとこのだから買ってたんだと言う人は結構多かった。


 いくら製法は受け継いでいると言っても、老舗の店に乗り換えてしまう取引先も少なくはなかった。


 始めのうちは、当初の試算値に届かない月が続いたが、サラは決して月々の返済額として積み立てに回す分には手を付けなかった。


 家を借りる分すら節約と、事務所の休憩室で寝泊まりする生活だった。


 寒暖差の大きい月星の夜は冷える。

 岩塩採掘場は少し高地にあるため、特に差が顕著だった。


 オレとサラは肩を寄せ合って寒さを凌いだ。


 好きな女性が隣で寝る生き地獄《夜》を何事も無く超える毎日。

 オレの鋼の根性を褒めてくれ。


  ※


 オレには難しいことは判らない。


 親方から譲られた採掘現場と工場の管理。それをより良く効率的回し、より良い製品にと改良すること位しか思いつかなかった。


 品質には特に気を遣った。

 低所得者に好まれる砕いただけの粉砕岩塩は小石とか塩以外の物が入らない様に注意した。

 

 食べててガリっとかしたら誰だってイヤだしな。


 天日岩塩はも干した塩を集める時にに余計なものが入らない様に注意したし、高級品の釜炊岩塩は粒が固まらない様、一律になる様に心掛けた。


 些細だけどこの一手間で、うちの商品の質は認められたのだと思う。



 サラのしたことはオレには考えつかないようなことばかりだった。


 まずサラは、従業員の労働時間の管理を徹底した。


 五日働いたら一日休日を取らせるとか、三時間働いたら必ず休憩を入れるとかだ。


 休みばっかり入れたら、仕事が捗らないんじゃないかと言ったら怒られたよ。


 休みを入れないと集中力が切れて失敗や事故に繋がるのだと、労働意欲の維持の為にも休みは必要だと言われ、実際その通りだった。


 ハルス商会はちゃんと休みをくれるから、と離職率が他より低かった。

 世の中には人を馬車馬の様にこき使う仕事場も、少なくはないのだそうだ。


 最初のうちはそんなに沢山お給金をあげられていたわけじゃないのに、従業員のみんなが辞めないで一緒に頑張ってくれたのは、サラのそういった、こと細やかな気遣いが大きかったと思う。


 また、サラは失った販売経路ルートの穴埋めを、足を使って開拓してくれた。


 料理屋に赴き地道に売り込み、朝市などに出店しては自ら売り子をし、神殿のバザーに参加しては知名度を上げていった。


 実際あの美貌で微笑まれれば、塩はあって困るものでもないしと、一、二本は買っていってくれる。

 客に男性層が多かったのはオレとしては気が気じゃなかったけど。


 アンナさんの協力も大きかったと思う。

 「うち(羽魚亭)で使ってる塩だよ」と、商品を店に置いてくれたのは良い宣伝になった。



 単に『ハルス商会の岩塩』では無く、『月の雫』と商品名をつけたのもサラの案だ。

 見てすぐ判るようにとマーク(ロゴ)まで作った。丸に雫の形を併せた簡単なもだけど、一目で判る良い目印になったらしい。


 『月の雫』はちょっと月星《この国》では心配にもなる名前だとも思ったけど、大地の恵みは女神の賜物なのだからと、案外抵抗なく受入れられた。



 殆どサラのおかげとしか言えないが、安定して収益が出るようになった頃、オレは改めてサラに求婚した。


「……私、生娘じゃないよ?」

 苦しそうにサラは目を伏せた。


「三十歳間近の年増だし。それでも、良いの?」


 オレは全然気にならなかった。


 驚かなかった訳じゃないけど、こんなに綺麗な女性だ。ツライことだって、そりゃあ色々あっただろう。


「オレはサラが良いんだ!」

 

 目を合わせて、ハッキリ伝えると、サラの青灰色そらいろの双眸が涙で溢れた。


「はい……」と、消え入りそうな声で頷くサラをオレは抱きしめた。


 出会ってから三年目の春、やっとサラは夫婦になることを承諾してくれた。



  ※


 ハルス商会の転機は、竜護星への商品の輸出が決まったことだろう。


 竜護星の大商人と、サラはチェスで勝利して権利をもぎ取ったというから訳がわからない。


 うちの商品が竜護星の王宮で使われ、『月の雫』は『王室御用達』と呼ばれるようになった。


 竜護星の王の配偶者は月星のタビスだ。

 つまり、タビスも食べている岩塩だと、逆輸入的に月星で(口コミ)が広まった。


 月星で、英雄でもあるタビスは人気者だ。

 人間というものは、有名人と同じものを使ってみたいという心理が働くようで、『月の雫』は飛ぶように売れるようになった。


 返済を終え、ちゃんと居も構え、娘も産まれ、ハルス商会もそこそこ名の知れた大店になった。



 あの塩湖でサラに出遭わなければ、どれもこれもあり得なかっただろう。

 きっとオレは、しがない行商人のまま、いつまでも青臭い夢を語るだけの男だったと思う。


 サラはオレにとって、本当に『幸運の女神』だった。



 オレは信心深い方じゃないけれど、毎月一度は神殿へ向かう。そして、お祈りにいつも同じ感謝を乗せる。


「サラに出会わせてくれた奇跡を、オレ、セル・ハルスは女神セレスティエルとタビスに感謝いたします」



閑話▶「オレの女神」セル・ハルスの独白 完


挿絵(By みてみん)


【小噺】

神殿は繋がっていますので、こういう人材が欲しいと要請があれば、各神殿に伝えられて条件に合う人材候補が探されます。


イディールの場合は「美人」が条件に入っていたでしょうしアンナの場合は「料理好きで明るい」とかですかね。神殿は斡旋料というお布施も財源のハズですが、「タビスの裏書き持ち」は免除されたようです。


ロゴについては、

イディールは個人の印章をもつ世界の人でしたから、商品や商会にも一目で区別できるマークが無いのがむしろ不思議でした。雫の色を変えて商品の区別にしました。月の雫のロゴは後にそのままハルス商会のマークになりました。


セルが求婚した時の「サラ」の年齢は二十五歳ということになってますが、イディールの実年齢は二十八歳。「三十歳間近」と、イディールは実年齢の方をうっかり言っちゃいました。


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