[※]□月星暦一五四四年五月〈ノロケ愛〉【アリアンナ✕ペルラ✕レイナ】
【ネタバレを含みます。閑話〈迎えた朝〉読了後にお読みください】
【ネタバレを含みます。閑話〈迎えた朝〉読了後にお読みください】
□アリアンナ
「朝の騒ぎは、そういうことね」
レイナの短く切り揃えられた髪を見て、アリアンナは笑みをこらえつつも、労る視線を隣のペルラに向けた。
婚礼の為に、ペルラとハールは苦心してレイナに髪を伸ばさせてきた。
願わくば、このまま伸ばしてもらいたかったペルラ達だったが、式が終わった翌朝に、その望みは儚くも途絶えた。
「まさか、アトラス様に短くされるとは思いませんでしたよ。あんなに苦心して伸ばしましたのに」
ペルラは苦々しく口元を歪める。
「怒られるって判っていても、結局は私の希望を叶えてくれるのがアトラスよね」
いきなり、盛大に惚気られた。
「アトラスのそういうところは、誰にも真似できないわね」
レイナは胸を張って断言した。
全く悪びれていない。
そこに、レイナの揺るがない信頼を見てアリアンナは微笑んだ。
あの兄が彼女を選んだわけだと、妙に納得する。
アトラスはレイナに甘い。
彼女の為ならば、それがどんなことでも矢面に立つことを厭わない。
ペルラが深く深く溜息を吐いていた。
「驚きすぎて、出てきちゃうかと思いましたよ」
ペルラはそう言って、大事そうに大きなお腹を撫でた。
ペルラは現在、産休中である。
前日は、夫であり筆頭貴族ファルタンの一員であるライの伴侶として、式に出席していた。
今はレイナの友人として、アリアンナとのお茶会に同席している。
妊婦中でも問題のないお茶を口に含み、ペルラはアリアンナを見つめた。
「気になっていたのですが、アリアンナ様。その、ハイネで良いんですの?」
月星の王女相手でも、はっきり聞いてしまえるのがペルラである。
「アリアンナ様でしたら、引く手数多でしょうに」
なぜハイネをと、ペルラは本気で首をかしげ、レイナも同意する。
「あなた達。目が肥え過ぎているようだけど、ハイネもスペックは悪くないわよ」
アリアンナは呆れた声を出すも、二人の言い分も判らなくはない。
ペルラ自身が超弩級の美人である。その夫、ライ・ド・ネルトもなかなかの美丈夫。
レイナに至っては、アトラスが好みの標準ならば、ハイネが物足りなく思えるのも無理はない。
「でも、ハイネにロマンスを求めるのは望み薄だと思うな」
「気の利いた甘い言葉の一つも言えないでしょうし」
レイナもペルラも、幼馴染とは言え、随分な言い様である。
アリアンナはハイネを好ましく想っている。
公言こそしていないが、アリアンナははっきりと態度で示しており、共通認識として広まっていた。
アリアンナは苦笑しつつも、意中の男性を弁護することにした。
「あの人の言葉は飾らないの。だからこそ良いのよ」
アリアンナに言い寄ってくる者の言葉は、男女問わずに虚飾に塗れている。
その中から本心を見極め、言葉の奥に隠れる意図を探り、的確な言葉を返すやり取りは楽しい。
だからといって、アリアンナもさすがにプライベートでまで持ち込みたいとは思わない。
「それに、ハイネの言葉には裏表がないの」
それがどれだけすごいことか判る? とアリアンナは言葉を重ねた。
「この私を前にそれが出来る。充分称賛に値するわよ」
そう、にっこり笑うアリアンナを前に、レイナとペルラは顔を見合わせた。
ハイネに、そういう観点で需要があるとは思わなかったと、二人の顔には戸惑いの色が浮かんでいた。
月星の社交界を知らないペルラにはピンとこないのかも知れない。
レイナも、実感するにはあと三回位は出席する必要がありそうだ。
アリアンナを前にしてハイネは気負わない。
だから、アリアンナもハイネとは飾らない言葉で話すことが出来る。
話していて楽な相手というのは、アリアンナにとって、何よりも得難い資質なのである。
「それに、ハイネには『伸びしろ』があるもの」
調教のしがいがあるのだと、アリアンナはニヤリと笑った。
王女らしからぬその顔が、他ならぬアトラスそっくりだと、レイナが苦笑する。
アリアンナは紅茶で口を潤すと、ペルラに顔を向けた。
「ペルラさんは、ライさまのどこに惚れたのですの?」
初めて竜護星に来た時に、ファタルのファルタン邸に数日滞在したアリアンナは、当然ペルラの夫ライとも面識がある。
いきなり振られてもペルラは動じなかった。
ティーカップを置いて、ペルラは妖艶に微笑する。
「そうですね。⋯⋯女性を見る目があるところでしょうか」
すまして答えるペルラに、アリアンナは唖然とし、レイナは盛大に吹き出した。
「さすがはペルラ。敵わないなぁ」
これが、愛を結実させた女性の余裕なのだろうか。
恋を楽しんでいるアリアンナには、まだ到達していない領域である。
究極の惚気をくらって、アリアンナもレイナも敗北表明をするしかなかった。
〈ノロケ愛〉完
三人でもっとわちゃわちゃする話にしたかったのですが、既婚者二人を前にアリアンナさんちょっと分が悪かったようです。




