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タビス閑話集  作者: オオオカ エピ
十三章名無しの王女
7/9

□月星暦一五四八年〈勝負〉

イディールが竜護星に岩塩の販売ルートを開くきっかけになったエピソードです

□イディール


 よろず屋で買い物ついでに最新版『タビスの台所』を手に取ったイディールは、横に盤上遊戯チェス棋譜スコアが並んいるのを見つけた。


(こんなものも売っているのね)


 何気なく手に取り、その配置に既視感を覚えた。

 知っている棋譜だった。印刷している文字に思わず笑みが溢れる。

 イディールはそれも一部、一緒に購入した。



 後日、イディールは棋譜スコアを持って、リメールの港周りの商館の一つに足を運んだ。


 

「竜護星のサイ・ド・ネルト・ファルタン氏に連絡はつくかしら?」


「ファルタンさまはお得意様でございますが、どの様な御要件でしょうか?」


 商館の受付の男は、胡散臭げにイディールを見やった。


「サラ・ファイファーが勝負の続行、または再戦を望んでいると伝えてくださらない?」


 言って、取り出したのはよろず屋で購入した棋譜スコア


 棋譜には『サイ・ド・ネルト・ファルタンからの挑戦状』と印刷されている。



「まさか、この稀代の名勝負のお相手ですか?」


 受付の男の顔が変わった。

 

「名勝負かどうかは知らないけど、白黒つかなかったのは事実ね」


 受付男は予定帳をパラパラとめくった。なんだか目がキラキラしている。


「竜護星の船は二週間後に来港の予定です!」


 船旅は天候に左右される。確定は出来ない。だが、到着してすぐ出港ということも無い。


「その頃、また来ます」

「あ、あの、連絡の取れる場所を教えて下さい。対戦者が現れたらその様にと仰せつかっております!」


 イディールはアンナの店の名前『羽魚亭(ハイオてい)』を告げた。

 リメールに来た時の常宿にしている。



 きっかり二週間後。

 イディールが港に行くまでもなく、サイは『羽魚亭(ハイオてい)』に現れた。


 携帯用のチェス盤を小脇に抱えている。


「お嬢さん、また会えてうれしいぜ!」


 もう『お嬢さん』という歳でもないが、サイはそう言って豪快に笑った。


 イディールの実年齢はペルラと同じである。彼女の夫のライはペルラの一つ歳上。サイはライのすぐ上の兄である為、恐らく五歳程度しか離れていないだろう。


「どうします?続けますか?再戦しますか?」

「続けようぜ」


 間髪入れずにサイは答えた。


 サイは何も見ずに、勝負がつかずに引き分けとした状態に駒を並べた。頭に入っているのだろう。

 何度と無くシュミレーションをしていたことが伺える。


掛け金(ベット)はどうするよ?」


「ファルタンさまはハルス商会をご存知でしょうか?」

「近頃、月星で名を挙げてる塩屋だろ?良質な岩塩に定評があるって話だ」


 さすがはファルタン。知っているなら話が早い。


「私が勝ったら、ハルス商会の、竜護星での岩塩の販売ルートの確立をお手伝いいただきたく思います」


「ほう?」

 サイが商人の顔つきになった。


「聞こうか」


「竜護星で使われているのは主に海塩です。岩塩の流通はほぼありません。しかし、王配となられたアトラス様は月星の御方。当然、お城では故郷月星の献立もお食事に出されることでしょう。しかし、同じ調理法でも海塩ですと、どうしても岩塩に比べて塩味が強くなります。完全に再現は出来ていないはずです」


「つまり、商会の岩塩を王室御用達にしろと?」

「《《筆頭大貴族》》ファルタン様のお口添えがあれば不可能ではないかと」


 含む眼差しで、イディールはサイを見あげる。


 『王室御用達』と付けば、商品のは注目される。質が良ければ売れる。

 少なくとも、王宮は岩塩の購入を拒まないだろう。


「いかがでしょう。ファルタンさまにとっても悪い話では無いかと」


 岩塩が売れれば、ファルタンにも仲介料が入るということである。


「お嬢さん、ホント何者よ?」


 サイが呆れた声を出す。


「今はハルス商会の人間です。夫が始めた店ですの」


 サイの目が見開かれた。口角があがる。


「いいぜ。乗った」


「ファルタンさまが勝ったら、私は何をお支払い致しましょう?」


 イディールは微笑して尋ねた。


「ファルタンは沢山いるからサイでいいぜ。ーーオレが勝ったら、またチェスの相手をしてくれ」


「それだけ?」


 イディールが呆気にとられる。


「サイ様に利があるとは思えないのですが?」


「お嬢さんほどの相手を俺は知らない。充分だ」


「サラと呼んで下さるなら喜んで」



 勝負はイディールの辛勝だった。


 ハルス商会は竜護星への進出を成功させ、商品は『月の雫』という名で広まった。


 アトラスが料理長に月星の献立の腕が上がったと感想を述べたというから、イディールの読みは確かだったということだろう。


   ※


 勝者はイディールだったが、『羽魚亭(ハイオてい)』ではサイとイディールによるチェスの勝負が定期的に行われるという奇妙な習慣が生まれた。

 告知が無くてもその度に見物人ギャラリーが増える為、売上が増えたとアンナは大層喜んだという。


閑話「勝負」完



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