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タビス閑話集  作者: オオオカ エピ
第六章 金色の回想
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[※]□月星暦一五三六年二月〈悪夢〉【→アウルム】★

【ネタバレを含みます。せめて四章読了後にお読みください。第六章〈不調〉お見舞いに行く前夜のお話です。アトラス15歳、アウルムの回想章です】


 

 人の気配を感じてアトラスは目を覚ました。


「ん⋯⋯テネル⋯⋯? じゃ、ない? まさか」


  枕元に、覗き込むように見下ろす顔があった。

 半身を喪った月を背に受け、その人物が誰であるかを見定めたアトラスは、息を詰めて飛び起きた。


「へ、陛下……」


 起き上がったアトラスが、寝台の上で反射的に壁の方に距離を取ったのは、無意識の防衛本能だろう。


「話がある。ついて来なさい」

「え?」

「早くしろ」

「あ、はい。すぐ、着替えます。テネル!」


 従者を呼ぶアトラスに、アセルスは首を振った。


「そのままで良い」

「ですが⋯⋯」


 アセルスは有無を言わせずアトラスの腕を掴んで立たせた。

 数日前まで熱に侵され、まだ足許がふらつくアトラスを、アセルスは構うことなく力任せに引き摺っていく。


 薄い寝衣のままガウンを羽織ることも、剣を手に取ることも許されない。


 やけに大神殿内が静かだった。

 夜とは言え、警護に当たる者がいたりと、普段はもう少し息遣いのようなものを感じる場所である。


 アトラスは大聖堂に連れて行かれ、女神像の前で放り出されるように手を離された。


 勢いを殺せず、つんのめってアトラスは冷たい石の床に転がった。


 振り向くと、感情の無い顔がアトラスを見下ろしていた。


「陛下?」

「『父上』とは呼ばないのだな」


 指摘され、アトラスは息を飲んだ。


「お前は気付いたのだろう? 自分が何者か。だから儂のことを父と呼べない」

「⋯⋯っ!」


 後退りながら、アトラスは大声を出した。


「テネル! 誰か! 居ないのか? リーデルっ!」

「無駄だ」


 アセルスは淡々と言い放った。


「護衛は来ない。神殿の者達には眠ってもらった」

 

 アトラスの顔が強張った。


「⋯⋯夕食に薬を盛ったのですね」

「報告通りだな。お前には睡眠薬も鎮痛剤も効かなくなっているらしい」


 状況を理解したアトラスは、力なく項垂れた。


 気配に聡いテネルに気取らせずに、アセルスが侵入してきた時点で、すべてに気づくべきだった。

 

 アセルスはアトラスの足許に、彼の短剣を放った。


「お前の最後の仕事だ。やることは解っておろう。⋯⋯理由も解るな?」

「⋯⋯は、い」

「儂もお前が憎くてこんなことを言うのでは無い。だが、儂は息子の世から憂いを取り除かなければならん」

「アウルム⋯⋯」

「そうだ。アウルムの為だ」


 アトラスが短剣を拾った。

 見下ろしたアセルスの口元が、嘲笑うかのように歪む。


「お前だって、アウルムの世が平穏であって欲しいのだろう?」

「は、い⋯⋯」

「ならば、お前はそれで喉を突け」


 鞘を抜き、その刀身を見つめるアトラスの頬を涙が伝う。

 震える両手で握った短剣の切っ先を、アトラスは自身に向けた。


「女神に祈る時間ぐらいやる。思う存分、恨み言を吐くがいい。呪うなら、己がタビスとして産まれた運命を呪え。そして、敬愛する兄の為に死ね」


   □□□


「アトラスっ!!」


 アウルムは叫びながら跳ね起きた。

 ぐっしょりと、寝衣が冷たい汗で濡れていた。

 

 水を口に含み息を整えると、居ても立っても居られずにアウルムは立ち上がった。


「どちらへ?」


 ガウンを引っ掛けて、部屋の外に出ると護衛が声をかけてくる。


「弟のところだ」

「アトラス様はまだお加減か回復していません。せめて、明日にいたしましょう」


 護衛の言うことは尤もだ。

 大神殿は、こんな夜中に寝衣のまま向かう場所ではない。


「陛下は? まだお戻りになっていないな?」

「はい」


 七十五年に渡る内戦にアトラスは終止符を打ったが、現場で失神して以来、戻ってもなお高熱にうなされている。


 アセルスは戦場からそのままジェダイトの街に赴き、まだ戻ってきていない。


 アウルムは窓の外を見た。夜の闇に月の姿は無い。


「今日の月は何齢だった?」

「今日は三日月でしたので、とっくに沈んでおります」

 

 夢の中、窓からは半月が見えていた。

 まだ、数日の猶予があるということにホッとする。


 アウルムが何一つ手段を講じなければ、あの夢は正夢になる気がした。


「明日、弓月の隊長への状況説明へ行く。タウロ副隊長に同行を願う旨、伝えておいてくれ」  


 

 アウルムは渦巻く怒りをどうにか押し込め、頭の中でアセルスの行動を反芻した。


 泣きながら喉を突き、己の血に沈んだアトラスを、感情のない魚のような目で見届けたアセルスは、その場にとどまり、起きてきた神官たちに伝えるのだ。


「女神の信託が下りたのだ」と。


 アセルスは、話があるとアトラスに呼び出された自分が、タビスのたっての願いで見届人となったのだと偽りの涙を見せるだろう。


 冷酷な父のその台詞まで、アウルムは容易に想像できた。


「聖戦とはいえ、多くを斬ってきたタビスは良心の呵責に耐えきれなくなったのだ。タビスは女神に願い、女神がお赦しになられた。それがタビスの――女神の願いならば、儂は逆らえん」


 胸糞悪いったら無い。


 アセルスがタビスを——アトラスを利用しつつ、邪魔に思っていたのは知っている。


 戦いの無い世で、タビスを疎ましく思うのは想像の範疇だった。


 最後まで自分の手を汚さずに追い詰めるやり方が、いかにもアセルスらしくて憎たらしい。


「なんとしても、阻止する」 


 アウルムは奥歯を噛み締め、心に誓った。


———————————————————————————— 

前半の夢の場面は、お兄様達によってアトラスに『英雄』付与が行われなければ、起こり得たバッドエンドでした。


あの人物が送った夢だったのかも、知れませんね。

第六章〈不調〉に続きます



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