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タビス閑話集  作者: オオオカ エピ
第三章 タビス帰還
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[※]□月星暦一五四二年十月〈アトラスの部屋にて〉【レイナ】

 【ネタバレを含みます。■月星暦一五四二年十月⑧〈大神官〉後にお読みください】

□レイナ


 王立セレス神殿内のアトラスの私室内で、レイナは、張り詰めた静寂に耐えかねていた。自分自身の不規則な鼓動だけがやけに耳につく。


 隣に座るアリアンナの落ち着いた佇まいにすら、レイナは焦燥を募らせる。


  アトラス達が王城へ向かい、半刻《一時間》以上が経過している。

 深夜を回った神殿は静かだった。


 窓から差し込む満月に満たない月の光が、部屋の隅に深い影を落としている。

 

 アリアンナの護衛はお茶の準備をして、隣の部屋に下がっていった。

 呼べば直ぐにくるという。


 隣は護衛の為の部屋なのだそうだ。

 

    ※


 弓月隊の黒衣を纏ったアトラスは、知らない人の様に見えて、レイナは怖かった。


 神殿側が付けた護衛は二人だけ。

 大神官もっと連れて行かせたがったが、アトラスが拒んだ。


「別に反意があるわけじゃないんだ」


 タビスにそう言われれば、大神官は無理強いは出来ない。

 ヴァルムとハイネが付いていったが、それでもたった四人。


 心配するなという方が無理な話だった。


 遠くへ行ってしまうような、不安をレイナは懸命に飲み込んだ。

 口から出たのは、「気をつけてね」という、あまりに空虚な、ありきたりな言葉だけだった。


 どう頑張っても、それ以上の言葉は出てこなかった。


 「行ってくる」と出ていったアトラスの顔は、 見たことがないほどに硬い表情をしていた。


   ※


 現在、アトラスには捕獲命令が出ている。

 魔物が王——アウルムに出させた命令である。

 

 どうするのかと聞いたら、アトラスは物騒に笑ってこう言った。


「正面突破だ」


 捕獲対象がほぼ単身で正面突破に挑み、アウルムの許に行く。 

 レイナは、何を言っているのか解らなかった。


「大丈夫。俺はタビスだからな」 


 なぜなら、タビスであるアトラスに、月星人は本能的に剣を向けることを嫌がる。

 女神に剣を向けているようで、信心深い者程迷いが生じる為だ。


「そんなの、無謀すぎる!」


 レイナは反対した。


 大神官も、ヴァルムも渋い顔をした。

 ハイネは呆れた顔を向け、アリアンナは溜息を吐いた。

 

 だが反対はしない。

   

「それが一番効率が良い」

「でも⋯⋯」

「大丈夫。()()()俺は生きている」


 自分だけが聞き分けのない子供の様に見えて、レイナはそれ以上何も言えなかった。


   ※


 静寂に包まれた大神殿内とは対照的に、今頃、王城は喧騒の中だろう。

 ピリピリとした空気だけはここまでも流れてくるようで、レイナは落ち着かなかった。


 黙っていると、 悪い方に思考が陥ってしまう。

 レイナは努めて明るい声を出した。


「ここがアトラスの部屋かぁ⋯⋯」 


 改めて部屋の中を見回した。

 上質な設いなのは判る。


 だが、王子の部屋だと言われれは質素に見えた。

 顔に出ていたのだろう。アリアンナが苦笑混じりに頷いた。


「王子とは言え、仮にも神官である以上、あまり華美な部屋であると心象が悪いのだそうよ」

「なるほど。でも、アトラスっぽいかも」

「そうね」


 見るからに豪華絢爛な部屋を自室だと言われても、ピンとこない気がした。


「アリアンナの部屋は凄そうね」

「あら? 興味あるなら、後で見に来る?」

「行きたい!」

「ふふ。なら、大祭が終わったら、招待するわ」


 くだらない会話でもしていないと、どうかなりそうだった。

 この場にアリアンナが居ることが、レイナにはありがたかった。


 とっくにお茶は飲み干してしまった。

 呼べば補充されるだろうが、そんな気分でもない。


 時間的には寝ていてもいい時間だが、眠気は全くといっても無かった。

 ずっと座っているのも落ち着かず、レイナは席を立って部屋を歩き回った。


「そういえば私も、部屋の主(お兄様)がいないこの部屋にいるのって初めてよ」

「貴重な機会ね」


 努めて笑って、レイナはアトラスの執務机のところに来た。


 飴色の重厚な机と椅子。 

 後ろの壁には天井までの本棚が左右に伸び、中央には女神セレスティエルの絵が飾られている。


 本棚には小難しい本ばかりが並び、とても十六歳の少年が使っていた部屋とは思えない。


「⋯⋯ちょっと、この椅子、座ってみても良いかな?」

「良いわよ。私が許可する」

「なら遠慮なく」


 椅子は重く、引くとゴトゴトと音がした。


「大きい。アトラスって足長いよね」 


 深く座ると、レイナのつま先しか床に届かない。


「引き出し、開けてみなくていいの?」


 アリアンナがニヤリと笑って隣に立つ。


「アリアンナ、ちょっと、な、何言ってんの?」

「私達をここに置いて言ったのだもの。何を触っても構わないということでしょう」

「なるほど。そ、それも一理あるわね」


 顔を見合わせて、せーの! で引き出しを引っ張った。

 思いの外、軽い手応えだった。


「⋯⋯なんにも入ってない」


 筆記用具が数点。それだけである。


「あら、残念。出ていく時に、全部片付けちゃったのね」


「つまらないわ」とアリアンナは呟いた。


「何か探していたの?」

「ええ、まぁ。例えば、ちょっと見せられない本とか?」


 何を期待していたのだろうか。


 書物も開いてみるが、頭が痛くなりそうな細かい文字にすぐに閉じた。

 アリアンナは数冊捲って、「なんにも挟まっていないわ」と呟いた。


「⋯⋯何を探していたの?」

「ほら。隠しておきたいような甘酸っぱい内容の手紙とか?」


 一体、兄に何を期待しているのだろうか。



 衣装部屋ウォークインクローゼットには、旅立つ前に着ていたとみられる服類が丸々残っていた。

 礼服なども掛けられていたが、思ったより質素である。


 アトラスの今の身体の大きさに比べると、どれも一回り小さく細い。


 扉を閉じると、アリアンナは何故か残念そうな顔をした。


「着てみなくていいの? 似合いそうなのに」


 本当に、この娘は何を言っているのだろうか。



 衣装部屋の向かい側、執務机の後ろ側にあたる部分には、寝台ベッドと箪笥が置いてある。


「ここがアトラスの寝台かぁ」

「眠かったら寝ててもいいと思うわよ」

「アリアンナ、何言っちゃってんの?」


 ドキドキする鼓動を悟られないようにレイナは言い繕った。


「てぇい!」


 アリアンナに押されて、レイナは頭から寝台に突っ伏した。


「ちょっと、アリアンナっ!」

「ごめんなさい。つまづいちゃって」


 棒読みで惚けるアリアンナ。

 寝返りをうって、見上げたアリアンナの瞳に気遣いの色をレイナは見た。


 アリアンナはレイナの気を紛らわせようとしてくれていたのだろう。


「えいっ!」


 レイナはアリアンナを寝台に引っ張り込んだ。


「きゃっ!」


 寝台は女性二人並んで横になっても充分余裕があった。

 レイナとアリアンナは、顔を見合わせてひとしきり笑った。


「ねえ、アリアンナ。お兄さんのことを聞かせてよ」


 天蓋ベットの天井を見つめたままレイナは口を開いた。


「どっちの?」

「神官でもない、王子でもない、お兄さんのアトラスのこと」

「良いわよ。そうね。あれは何歳の時だったかしら。お兄様はね…⋯」


    ※※※


 四半刻《三十分》程は経っただろうか。


 アリアンナのアトラスの話は尽きることは無かったが、ハイネが戻ってきたことで一応の終わりを見た。


 戻ってきたハイネは、アトラスが連れて行った黒衣の神官の一人を連れていた。

 寝台に横になったまま出迎えた二人に、ハイネは怪訝な顔をする。


「二人して、何してるの?」 

「内緒」


 首を傾げながらも、魔物に憑かれていたのが王太后であろうこと、アウルムが自力で正気に戻り、『訓練』という形に収めたこと、アトラスとアウルムが二人で後宮に向かったことをハイネは伝えてきた。


「自力で? ⋯⋯すごいわね」

 

 呟くレイナの横で、アリアンナが身体を起こした。


「レイナ、ハイネ、行きましょう」

「行くって?」

「勿論、お母様のところよ。ここで待っていたって、落ち着かないだけでしょう?」


  全くその通りだった。見透かされている。

 レイナは身体を起こし頷いた。


「ええ。行きましょう。もう、ただ待つのは嫌だわ」


  レイナは差し出されたアリアンナの手を握る。

 自分より華奢なその手の熱さに、自身の冷えた指先を自覚して思わず苦笑いがこぼれた。

——————————————————————————————————

お読み頂きありがとうございます。

ハイネと戻ってきた黒衣の神官はサンクです(^^)

この後、三章〈秘密〉の後半部分に繋がります。


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