□月星暦一五八六年二月〈確定〉
□マイヤ
「ふふっ……ふっ、ふふ、、、、、
あーっははははは!」
「へ、陛下?」
突然失笑し、堪らえようとして失敗して大笑いするマイヤに、グルナが唖然とした。
マイヤが眦に涙まで浮かべて笑うのは珍しい。
マイヤの休憩に付き合い、共に軽食をとっていたグルナしかこの部屋にはいない。
グルナは、マイヤが食べていたものへの毒物混入を疑った。
「違いますよ、グルナさん。毒ではありません」
食すと笑わずには居られなくなる毒をグルナが疑ったのを察して、マイヤは声をかけた。
「驚かせてしまいましたわね。今、やっと事象が確定したのです」
マイヤは涙を拭うと、息を整えて、茶を口にした。
「アトラス様が向かった、月星の式典の件ですか?」
「それです。今年は五十年という記念の式典です。あの式典は、アウルム伯父様が特に気を配っている行事ですから、わたくしも伯父様を気にしていたのですが……」
『何か』が起こることは前から判っていた。だが、『何が』
起こるのかが判らない。輪郭がぼやけ、今の今まで確定に至らなかったのである。
より早く視られれば、解決の糸口に繋がる。アトラス達の助けになるだろうと、マイヤは気を回していたわけだが、答えがわかって笑わずにはいられなかったという訳である。
「事態の中心になるのはアウルム伯父様だと思いこんでいたのですが、伯父様では視られなかったので、ルネさんに対象を変えてみたのですよ」
ルネは警備隊の責任者として、同行していた。
違う角度から俯瞰できるかも知れないとと試みて、やっと事象の確定に至ったという訳である。
「道理で視えなかった訳です。わたくしには、お父様は視えませんもの」
「つまり、原因はアトラス様だと?」
「原因というより結果でしょうか。ルネさんが、急ぎアンバルに戻ってタビスの訪問用の神官服を取りに行く画が見えました。つまり、式典に父がタビスとして出席することを意味します」
それだけでも、この五十年の間に無かった『珍事』には変わらない。だが『騒ぎ』には足りない。
「恐らく、式典で父は『やらかす』のです。ならば、充分『騒ぎ』になり得ます」
「なるほど」
グルナは苦笑した。
「記念の式典で『何かが起こる』となれば、『凶事』を想像しがちですものね。でも、蓋をあけてみれば『珍事』だったというわけですか」
それは笑いたくもなりますねとグルナが微笑んだ。
「『慶事』になり得ないあたりが、なんとも父らしいのですけど」
傍から見ている側には、微笑ましい『大騒ぎ』である。
当事者達は愕然とするか、呆然とするか。
何にしろ、心穏やかでは居られまい。
「では、お伝えしなくて宜しいですね?」
いざとなれば、竜で報せる手配をするつもりでいた為、グルナが確認してきた。
「要りませんね」
断言し、マイヤはテーブルの上の檸檬のパイを、皿に取った。
崩さない様に器用にフォークで小さく分けながら、
「どんな『珍事』になったのか報告が楽しみです」と微笑んだ。
閑話 「確定」完