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タビス閑話集  作者: オオオカ エピ
十四章 翡翠の残響
12/14

□月星暦一五八六年二月〈仲介役〉

□サクヤ


 アウルム達にお茶を届けてきたサクヤは、二階のラウンジで、丁度宿に戻ってきたイディールに声をかけられた。


あの人(アトラス)は?」

「自己嫌悪で絶賛落ち込み中」

「……一緒に居てあげなくていいの?」

「アウルム様が行ったから大丈夫」


 サクヤの言葉に、意味がわからないとイディールは目を丸くする。


「そこは伴侶パートナーの役目でしょう?」

「アウルム様の、弟愛には誰も入れないわ」

「なにそれ?」


 サクヤは手近な椅子に座った。イディールも向かい側に腰を下ろす。


「……五十年前のことは《《私》》には解らないもの。あの頃アトラスが折れずにいられたのはアウルム様がいたからだし。それに、《《わたし》》はまだ候補だしね」


 サクヤは肩をすくめた。


「こんなに丸分かりなのに、あの人も大概頑固ね」


 苦笑しながら、イディールがサクヤ頬に手を伸ばした。


「まあ、そこはアトラスだから」

「そのようね」


 二人、顔を見合わせて笑った。


「レイナが亡くなったって聞いた時、私泣いたのよ」

「そうなんだ。ありがとう?」


 訃報を伝えてきたサイ・ド・ネルト・ファルタンの前で大泣きして、彼を相当困らせたのだとイディールは苦笑する。


「なのに何? こんなぴちぴちのお肌で生まれなおしてきて」


 涙を返しなさいと、イディールにむにゅうとサクヤは頬をつねられた。


いふぁいって(痛いって)!」


 笑って逃れ、サクヤはふと真面目な顔でイディールの青灰色そらいろの瞳を見つめた。


「でも、今度こそちゃんと見届けるよ」

「是非そうしてちょうだい」


 微笑むイディールの眼差しは優しい。

 じっと見続けていると、イディールが小首を傾げた。

「なに?」

「イディールが幸せそうで、嬉しいんだ」


「なるって決めたからね」

「なるって決めたんだったね」


 重なった言葉に、また顔を見合わせて笑った。

 

「あの後、どうしてるのかなって気になってたのよ? まさか創業者夫人《社長夫人》になってるとは。ハルス商会の塩は王宮で使わせて貰ってたわ。そう言えば、サイが仕入れてきたのよね。アトラスがお気に入りで」


 たまたま乗せてもらった船の船長がサイだったのが縁だとイディールは語った。

 小さな縁を大事に広げていった細やかさは、なんともイディールらしいとサクヤは感心する。


「一度月星の神殿から問い合わせが来たよ。多額の借り入れの保証人になったって。それが起業資金になったのね」


「そう。夫は熱意はあるけど、お金の計算は出来ない人でね。苦労させられたわ」


 全然苦労してない風にイディールは語る。


 過去形だった。

 もう、亡くなっていることはフィリアから聞いている。


「いい人だったんだね」

「そうよ。私にぞっこんでね。つい、絆されちゃったのよね」


 夫を語るイディールの、纏う空気が柔らかい。


「そう言えば、彼に逢えたのもレイナのお陰だったわね」

「そうなの?」

「夫とは塩湖で逢ったの。レイナが一番印象に残った景色だったって言っていたから見たくて。苦労して行ったのよ」


 イディールが遠い目をした。


 レイナがイディールと行った、たった一度の内緒の街遊び(デート)

 まだ活気の戻らないアセラの街で、焚き火にあたりながらした他愛のない話の数々。蜂蜜のパイを食べたのもその時だ。


「なら、わたしは恋の仲介役キューピットだったんだね」


 にまにまと笑みを浮かべたら、

あなた(サクヤ)じゃ無いでしょ」

 と、|容赦なくおでこを弾かれた《容赦無いデコピンが飛んできた》。

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