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Q1,▶︎お姉さんに作って貰う


「カレーが食べたいです」


「あ、私も!」美雪の目が輝いた。「作れるよ。見た目は悪いかもしれないけど」


美雪の車は、スーパーの駐車場に止まった。夕暮れ時で、特売品を求める主婦たちが次々と帰っていく。

スーパーの中で、美雪は値引きシールを探しながら材料を選んでいく。玉ねぎ、にんじん、じゃがいも。そして特売の豚肉。


「ルーは甘口がいい?中辛?」


「中辛で」


「私も!」


美雪は嬉しそうに笑った。疲れた表情の中に、どこか少女のような無邪気さが覗いた。

家に帰ると、美雪は早速エプロンを付けた。キッチンは散らかっていたが、調理スペースだけは丁寧に片付けていく。


「手伝います」


湊が言うと、美雪は少し驚いたような顔をした。


「包丁、使える?」


「野菜なら。母が教えてくれて...」


その言葉に詰まる湊を見て、美雪は優しく微笑んだ。


二人で料理をしながら、自然と会話が生まれた。


「お父さんと、うまくいかないの?」


美雪は玉ねぎを炒めながら、さりげなく聞いた。


湊は黙ってうなずいた。


「父さんは...仕事のストレスを家族にぶつけるんです。特に母さんに」


美雪の手が一瞬止まった。


「私の父も...そうだった」


その言葉に、湊は顔を上げた。美雪は続けた。


「だから、わかるの。その気持ち」


カレーの香りが部屋に広がっていく。美雪は時々鍋を覗き込んでは、「あ、焦げそう」と慌てたり、「もうちょっと煮込もうかな」と迷ったり。完璧な料理とは程遠かったけれど、なぜか心が温かくなった。


夕食は、二人並んで小さなテーブルで食べた。お皿は欠けてて、スプーンも柄が曲がっていた。それでも、美雪は誇らしげにカレーを湊の前に置いた。


「ごめんね、見た目が...」


「美味しそう」


湊の言葉に、美雪は心から嬉しそうな表情を浮かべた。



『ごちそうさまでした』

お姉さんが皿を洗っている間、僕はトイレに行くと言って、奥にある部屋を探索していた。

この家は見た目より広く、浴室や便所以外にも数箇所の部屋がある事が分かった。

見た限り1番広かったのは、寝室だった。

大きめのシングルベッドと、少し乱れた布団。窓のカーテンのせいで、外の光はほとんど入ってきていなかった。向かいには机があり、

棚には、色とりどりのマニキュアや香水の瓶が並んでて、お姉さんの可愛らしい1面が見えた気がした。

「ん?なんだこれ」

フックの付いた棚に名札らしきものが、

2つ掛かっていた。そこには8・9という数字が書かれてある。

押し入れなどにも何かありそうだったけど、

今日は引き返した。



「お湯溜めといたから、先お風呂入って貰える?」


湊は風呂を済ませると

「ふぅ」

「おかえりー」

手を繋いで連れてかれた。

着いたのはさっきと同じ寝室だった。

けど、香水や棚やノートは片付けられ、

ベッドの半分に綺麗な布団が畳んであった。

「お姉さんお風呂いいの?」

「私朝浴びるタイプだから良いの」

そう言ってその日は2人並んで寝た。

僕は嫌な気分じゃなかった。今日は悪い夢を見なくて済みそうだったから。


朝日が差し込むベッドで、湊は目を覚ました。階下からは、テレビの音と美雪の鼻歌が聞こえる。


リビングに降りると、美雪は制服姿でトーストを焼いていた。エプロンの結び目が少し曲がっている。


「おはよう、湊くん」


「今日はね、カフェの早番だけなの」美雪は嬉しそうに話す。「お昼は一緒に何か作ろうと思って」


「何を作るんですか?」


「うーん...」美雪は少し考えて、「餃子とか。作れたら楽しいかなって」


湊は頷いた。その提案には、どこか姉のような親しみが感じられた。


朝食を食べながら、美雪は仕事の話をした。カフェでの失敗談や、面白かったお客さんの話。


「あ、もうこんな時間」


美雪は慌てて立ち上がると、鏡の前で化粧を始めた。丁寧にファンデーションを重ねていく手つきに、湊は何か切なさを感じた。


「行ってきます。漫画とか読んでてね」


正午近く、玄関の鍵の音がした。


「ただいまー」


美雪は買い物袋を下げて帰ってきた。私服に着替えていて、髪も一つに束ねている。


「餃子の材料、買ってきたよ」


キッチンに並べられた食材。ひき肉、キャベツ、ニラ。そして、「初心者でも簡単!」と書かれた餃子の皮。


「私、包むの下手かもしれない」


美雪は少し照れたように笑った。


「一緒に頑張りましょう」


湊の言葉に、美雪の目が優しく細まった。


二人で野菜を刻み、餡を作り、皮で包んでいく。美雪の作る餃子は確かに形が不揃いだったけれど、それも愛嬌だった。


「ねぇ、湊くん」


フライパンから立ち上る湯気の向こうで、美雪が言った。


「また明日も、一緒に何か作ろうか」


その言葉には、何か特別な響きがあった。

夕暮れ時、美雪は仕事帰りにDVDを持ち帰ってきた。


「湊くんの年頃が好きそうなアニメ、借りてきたんだ」


美雪の手には、懐かしい冒険アニメのシリーズが握られていた。


「一緒に見よ?」


ソファに座り、美雪が湊の隣に腰を下ろす。画面から流れる懐かしいオープニング。美雪は時々、湊の反応を見るように横目を送る。


「私も、このアニメ好きだったな」


そう言って、美雪は自然に湊の髪を撫でた。その仕草には、姉のような、母のような温もりがあった。


アニメの中盤、美雪は突然言った。


「ねぇ、湊くん」


「はい?」


「ここで、ずっと一緒に暮らさない?」


その言葉に、湊は息を飲んだ。美雪は画面を見たまま、静かに続けた。


「私、湊くんのことを守れる。お父さんみたいな人から、ちゃんと」



「大丈夫。私が、全部面倒見るから」


その声は甘く、けれど何か異質なものを含んでいた。湊は黙ってた。


「返事は...明日でいいよ」


美雪は再び湊の髪を撫でた。

夜、美雪の部屋から漏れる光に、湊は引き寄せられるように廊下を進んだ。


ドアの隙間から覗く美雪の姿。机に向かい、何かを丁寧に書いている。その手元には契約書。動きは静かで、整然としている。まるで儀式のように。


翌朝。


「ねぇ、湊くん」


朝食の後、美雪は優雅にコーヒーを淹れながら、契約書を差し出した。その仕草には、いつもの温かさがある。


「この家で、私と一緒に暮らさない?」


契約書には、いくつかの項目が並んでいた。外出の制限、通信の制限...。

そして、二つの選択肢。「はい」か「いいえ」か。


湊は黙って紙を見つめた。


「嫌です」


小さく、でもはっきりとした声で、湊は答えた。


その瞬間、凍り付くような静寂。コーヒーの香りだけが、不穏な空気を包み込む。


美雪の表情から、感情が消え去った。次の瞬間、乾いた音が響いた。


「もう一度聞くわ」


その声は、氷のように冷たかった。


「この家で、私と一緒に暮らさない?」

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