Q1,▶︎ファミレス
「外で食べたいです」
夕暮れの車内で、湊はポツリとそう言った。車窓から差し込む茜色の光が彼の小さな横顔を照らしていた。
「いいよ、どこ行きたい?」美雪は優しく微笑んだ。「回らないお寿司とか、お肉屋さんとか。好きなところに連れてってあげるよ」
湊は少し考えるように目を細め、車窓の外を指差した。「じゃあ、ここで」
美雪が視線を向けると、道路を挟んだ向かい側にはファミレスの看板が風に揺られていた。
「いいの?遠慮しなくていいんだよ」彼女は少し首を傾げた。
「ここがいいです」湊は小さく頷いた。
二人は店内に入り、窓際の席に案内された。ほどなく注文した料理が運ばれてきた。
「こちら、チキンステーキセットとカルボナーラスパゲッティでございます」
店員が去った後、湊は目の前に置かれた料理より、美雪のスパゲッティを見つめていた。その視線に気づいた美雪は、クリーミーなソースに絡まった麺をフォークに巻き取った。
「一口あげようか」彼女はフォークを軽く吹き、優しく冷ましてから湊の口元へと運んだ。
「美味しい」湊は呟いた。自分の幼さを見透かされているようで、頬が熱くなるのを感じた。
「湊くんって誕生日いつなの?」美雪が唐突に尋ねた。
「7月21日です」
「え、私も!ってことは、昨日が誕生日だったんだね?」美雪の目が輝いた。「なんで言ってくれなかったの?」
そんな他愛もない会話を重ねるうちに、店の窓越しに見える街には、一つ二つと街灯が灯り始めていた。
帰り道。美雪に促されるまま
ゲームセンターに寄った二人が、家に着いたのは、夜も更けた頃だった。疲れからか、風呂にも入らず、そのまま二人は同じベッドで眠りについた。
翌朝、湊は隣で大の字になって眠る美雪を
静かに押しのけ、置き時計を見た。午前10時。
こんなに夜更かしをするのも、朝遅くまで眠るのも、湊にとっては初めての経験だった。
「ねえ、私のこと好き?」目を擦りながら、美雪がぼんやりとした声で訊いてきた。
「…うん」湊は小さく頷き、そのまままた深い眠りに落ちていった。
再び目を覚ましたのは、その日の夕方だった。リビングから物音がして、湊が覗きに行くと、美雪は何やら真剣な面持ちで書き物をしていた。
「これ、何ですか?」湊が近づくと、テーブルの上には「契約書」と太字で記された紙があった。
美雪は顔を上げ、穏やかな笑みを浮かべた。「この家で、私と一緒に暮らさない?」
契約書には、いくつかの項目が整然と並んでいた。外出の制限、通信の制限、そして最後に二つの選択肢——「はい」か「いいえ」か。
湊は無言で紙を見つめた。部屋に流れる空気が重くなり、時間が止まったかのようだった。
「嫌です」
小さく、でもはっきりとした声で、湊は答えた。その瞬間、部屋に凍り付くような静寂が広がった。
美雪の表情から、徐々に笑みが消え去った。次の瞬間、乾いた音が部屋に響き渡った。平手打ちの音だった。
「もう一度聞くね」
その声に思わず震える。
「この家で、私と一緒に暮らさない?」
▶︎うん
嫌だ