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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

Donor ~命の天秤~

作者: 筋肉痛

采火様主催の#異世界転移葛藤企画に参加した企画です。

企画ページ

https://ncode.syosetu.com/n5543jm/

 「おはよう、パパ。良い朝だね」

 「そうか? いつもと変わらないが」


 朝食をテーブル運んでいる愛娘アリシアに俺はとぼけて見せる。確かに特別な日にふさわしい清々しい朝だ。忘れるはずがない。一昨年忘れかけて妻からひどい叱責を受けたから、それ以降しっかりと暦にチェックをつけている。


 しかし、やけに眩しい。

 13歳の誕生日を迎えた愛娘アリシアから、後光が差しているのか?

 

 最初は親バカながらそんな風に思った。まだ眠気があるのも災いした。

 コーヒーを一口飲み数秒思案して、ようやく重大な事を思い出す。


 怪しげな女占い師の言葉を。


『ドナーに適合する者が見つかれば、貴方にはすぐ分かる。貴方にだけしか見えないオーラが全身から溢れ出すからだ』


 何故忘れていたのだろうか。こんなに大切なことを。俺がここにいる存在意義を。

 そんなはずはない、それだけはない。無意識にそうフィルターをかけていた。

 いや、そもそも最近は諦めかけていた。

 嘘だ。既に諦めていた。

 ひと月に1回のドナー探しの旅が半年に1回、1年に1回とその頻度が少なくなっていき、ここ3年くらいは旅に出ていないのがその証拠だ。


 深い悔恨の渦に陥りそうになる意識を、陶器が割れる音が無理やり引き留める。

 どうやらショックでマグカップを落としてしまったようだ。


「ちょっと! なんでパパがはしゃいでいるの? 今日は私が主役でしょ」


 おどける愛娘アリシアの顔をまっすぐに見れない。その向こうに愛娘(佳織)の顔が見える気がして。


「……あなた、具合悪いの?」


 深刻な表情の俺にすぐに気が付き、妻が心配そうに俺を見る。


「いや……なあ、マリー。変なことを聞くようだが」

「貴方の変な事には、随分前にもう慣れましたよ」

「アリシアは光っているか?」


 妻は目を丸くして数秒沈黙した後、吹き出した。ひとしきり笑った後彼女は言う。


「ええ、私達の愛する子供ですもの。いつも光っていますわ」


 聖母のように柔和な表情の妻とは対照的に、俺は顔を強張らせてもう一度確認した。


「いや、すまない。真剣に聞いてほしいんだ。アリシアは光っているか?」


「パパ、怖いよ。どうしたの?」

「そうよ、せっかくのお祝いの日なんだから、そんな怖い顔で訳の分からない冗談を言ってないで楽しそうにしてちょうだい」


 そうか、冗談に聞こえるということは、あの光……いや、オーラは俺だけに見えているということだ。つまり、それはアリシアが適合者ドナーであることを意味している。


「すまない。やっぱり、調子が悪いみたいだ。ちょっと外の空気を吸ってくるよ」

「えっちょっと」


 妻と娘の制止を振り切って、外へ飛び出した。アリシアには申し訳ないが、とても誕生日を祝う気分になれない。


 酷く困惑していたのでどこをどう歩いたのか定かではないが、いつの間にか俺は町の教会にいた。今日は平日なので人の出入りは少ない。静かな場所を無意識に求めていたのかもしれない。

 椅子に腰かける。悩みが質量を伴ったのか、体が異常に重かった。


 ”悩み”と簡単に言葉にしてしまったが、これはそんな言葉で表せるようなものではない。俺は命の選別を求められている。最も大事な命の選別を。


 考えている間にも、現世での娘との思い出が勝手に溢れ出してくる。こちらの世界での過酷な旅やそれを終えての長年の安寧で幸せな生活によって、封じ込められていた記憶。一度堰を切ってしまうと、とめどなく溢れてくる。


 佳織は俺が23歳の時に生まれた子だ。元々、心臓の持病があった現世の妻は、佳織を産んで亡くなった。何も知らぬ若い男一人で佳織を育てていくのは本当に死ぬ思いをしたが、妻の残した大事な命は何に代えても守りたかった。

 とにかく必死だった。生活を回していくのがやっとで、愛情を注ぐとか可愛く思うとかそういうことを考える余裕はあまりなかった。正直娘が無事育つ嬉しさよりも、日々を生きていく苦しさの方が勝っていたと思う。


 だが、あの時に全て報われた。娘の病気が発覚する1年前だから小6の時、どうにか仕事の都合をつけて参加した、6年間で最初で最後の授業参観日だ。


 よくある話。国語の授業で両親への感謝の作文を発表しただけだ。俺の娘だから文才もそれほどあるわけではないので、何の変哲もないシンプルな感謝が読み上げられただけだったが、俺は人目も憚らず泣いてしまった。

 ちゃんと伝わっていた。ただただ生きるのに必死だったけど、俺が彼女を愛しているということがちゃんと。それだけで十分だった。

 その作文は宝物だ。大切にしまってある。……そう、大切にしまってあるだろうが! なぜ忘れていた!


 自分の裏切りに苛立ち俺は頭を搔きむしるが、記憶の奔流は止まらない。


 幸せを感じられたのも束の間、その1年後に妻と同じ病気が娘に発病し、ドナーを見つけて心臓を移植しないと助からないと医者に言われた。そして、ドナーが見つかる確率は極めて低いとも。

 その時の絶望感が今フラッシュバックし、怒りに任せて家のテレビの画面を叩き壊した事を思い出す。テレビなんて見る気になれないから、今でもそのままのはずだ。


 発病してから1年経っても、案の定ドナーは見つからなかった。娘は日に日に弱っていくばかりで既に寝たきりだった。

 病院からの帰り道、魂の抜け殻となっていた俺にあの怪しい占い師が声をかけてきて、ここに来た。現世の娘の佳織を救うために! 何を迷うことがあるんだ!


 それに……もしかしたら、両方助かる方法があるかもしれないじゃないか。ここは魔法が使える世界だから、あってもいいはずだ。いや、あるはずだ。それを見つければー


「残念ながらないですねぇ」


 目をつぶって考え込んでいた俺はその言葉に目を見開くと、講壇に例の占い師が立っているのを見つけた。ご丁寧にシスターの恰好をしている。


「そんな都合の良い話は無いんです。この世界か元の世界、どちらかの娘さんしか助かりません」


 心底楽しそうに偽シスターは恍惚とした表情で語る。


「お前、最初からこの事を知っていたのか!?」

「はて? 知っていたとしても、それの何が問題でしょうか?」

「そんなの……」

 ふさわしい言葉が見つからない。

「あれ? 卑劣とでも言いたげですね」

「そうだ! 説明しなかったのは陥れようって魂胆だったからだろ!?」

「陥れる? 先ほどから腑に落ちない事ばかりおっしゃいますね。私は救いの手を差し伸べたのですよ。死んでいく運命であった、元の世界の娘さんを救う方法を提供したまでです。ようやくドナーが見つかって良かったじゃないですか!!」


 女はわざとらしく拍手をする。


「なんで……なんでアリシアなんだよ!!」


 俺は苛立って前方の椅子を蹴飛ばした。


「別に誰であろうと関係ないでしょう。貴方が救いたいのは佳織さんなんでしょう? ああ、あと私は親切なのでリマインドしておきましょう。こちらに来るときに興奮しすぎてどうせ聞いていなかったでしょ。いいですか、よく聞いてください。佳織さんを救うには、貴方自身の手で適合者の心臓を止める必要があります。それでこの世界との繋がりは断たれ、佳織さんには新しい心臓が! そして、貴方は無事元の世界、元の時間に戻ります」

「そんなことできるわけないだろ!!」


 俺が怒鳴ると女は心底不思議そうな顔をして首を傾げる。


「だから、何で怒ってるんですか。貴方が望んだことなのに。あっそうそう。大事な事がもうひとつあります。ドナー発見から1週間のうちに実行しないと、帰還の意思無しと見做してどうやっても戻れなくなります。もちろん元の世界の時間は進み始めて、佳織さんは独りで死んでいくことになります。まぁそんなことは起きないと思いますから、説明する必要はなかったですね」

「悪魔め……」


 女の顔が歪む。それは何も知らない者が見れば絶世の美女の微笑みであったが、俺にはひどく歪んで見えた。


「ご明察! 悪魔のイメージ変わりました? 人を救うこともあるんですよ」

「馬鹿な事を言うな! こんなのは救いじゃない。こうなることが分かっていれば、この道は選ばなかった」

「貴方達には未来が分からないから、()()()楽しいんじゃないですか。さて、伝えることは伝えたので私はお暇しますね」


 悪魔は歪んだままの顔で霧のように消えてしまった。


 佳織を救うためにはアリシアをこの手にかけなければならない。その重圧が全身に圧し掛かり、もう一歩も動けない。一瞬、その状況を想像してしまい、その悲惨さに思わず胃液を嘔吐してしまう。


 アリシアは紛れもないマリーと俺の子だ。マリーはこの世界で彷徨うことしかできなかった俺をここまで導いてくれた太陽のような存在だ。佳織を育てていくのと同じくらいの苦悩を長い旅の中で共有してきた現在の最愛の人だ。マリーはなかなか子供ができない体質だったが、苦労の末ようやくできた子供がアリシアだ。愛していないわけがない。


 ……俺は最低だ。選べないと拒否をしながら、佳織と生きてきた道とアリシアとマリーと生きてきた道を無意識で比較している。


 だが、俺は選ばなければならない。

 佳織かアリシアか。

 そして、受け止めなければならない。

 どちらかを選ぶということは、もう一方を殺すことだと。

 

 悪魔と契約した俺自身が悪魔に成れ果て、命の天秤を悪戯いたずらにゆするのだ。

 

 数日飲まず食わずで彷徨い朦朧とした意識で自宅に戻った俺の手には、つるぎが握られている。

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