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掌編置場

古家守

作者: 須藤鵜鷺

「エアコンの調子が悪いの」

 母が電話でそんなことを言ってきた。仕方ないので週末の休みを利用して一度母の住む実家へ帰ることにした。

 築五十年を超えるこの家は至るところにガタが来ている。何年か前に白アリの駆除はやってもらったが、ここのところ頻発している地震とかで壁にひびが入ったり、キッチンの床が変に凹んだりしている。本格的なリフォームか最悪建て直す必要がありそうだが、昭和建築で変なところが頑丈にできていたりして一筋縄ではいかなそうというのもあり、結局は問題を先送りにしている。そもそも今ここに住んでいるのは母だけで、たまにしか帰らない俺には生活の場という実感も薄い。

「お帰り」

 俺の気など知らない母がにこやかに迎える。

「で、どう調子悪いの?エアコン」

「まぁまぁまずお茶でも飲みなさい。暑かったでしょ」

「まぁ、うん」

 電話でしゃべったときよりも明らかにテンションが高い。ちょっとため息をつきたくなる。

 ダイニングに落ち着くと、冷えた麦茶と一緒にごろごろにカットされた梨が出てきた。

「どしたんこれ」

「安かったから思わず買っちゃったんだけど、思ったより大きくて。食べてくれる人がいて助かったわ」

「ふーん」

 母の言を半信半疑で聞く。本当は俺ありきで買ってきたんじゃないのか。面倒だからいちいち問いたださないけど。

 ひと息ついたら肝心のエアコンだ。リビングのエアコンはオフになってて、その代わり家中の窓という窓が開け放たれ、扇風機が強で回っている。今日は体温を超えるような猛暑ではないが、それでも若干暑さは感じる。エアコンの下に折り畳み式の踏み台を置いて乗る。

「俺が見てわかんなかったら業者に依頼するよ」

「まぁでもああいうのって高いでしょ。なんとかしてちょうだい」

 調子のいいことを言っている。そういえばシロアリ駆除のときもずいぶん渋られたっけ。なんで変なところで倹約しようとするのか、なんて考えてたのだが。

「うわっ、汚なっ。母さんこれフィルター掃除してないだろ」

 カバーを外した瞬間に埃が舞って、俺はTシャツの袖で口元を覆いつつ咳きこんだ。

「だって私じゃ踏み台乗っても届かないんだもの」

「脚立だってあるだろ、もう……」

 舞う埃に辟易しながらなんとかフィルターを外し、掃き出し窓から外庭に出る。シャワーのついたホースを引っぱってきてザーザーと洗う。水しぶきが腕やサンダルをはいた足にかかる。思ったより冷たい水に冷やされたせいか、思考もだんだん冷静になってくる。

 本当は、わかっている。こんなのは口実なのだと。実際問題、母が脚立でフィルターをどうこうしようとして転落でもしたら、それこそ面倒では済まない事態になる。

 わかっていても、甘えられるのが嫌になるときもある。いちいち自分の薄情さを見せつけられている気分になるから。

「大ごとじゃなくてよかったわ」

 フィルターを乾かしている間、さすがに窓全開プラス扇風機だけでは暑すぎるので、近くのショッピングモールに避難することにした。母は平気だと言うが油断すれば熱中症になるリスクもある。元々冷風が苦手で、エアコンにあまり頓着してこなかったからあんな風になるまで放っておいたというのもあるだろう。

 助手席に座る母はやはりテンションがおかしい。

「お昼そこで食べるの?」

「それもだけど、空気口に外付けするカバー買おう。中のフィルターがあんなになるよりマシだろうし」

「へぇ、そんないいものがあるのねぇ」

 のんびりした返答にはため息をつきたくなるが、まぁいいかと流すことにする。

 暑さがまだまだ残る九月。フロントガラスの向こうには背の高い積乱雲がそびえたっている。夕立が来る前には帰ろうと思った。あの古い、母の住処へ。

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