【コミカライズ化!】聖女と祀り上げられた私、冤罪で悪役令嬢にされまして、現在は処刑10秒前です
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昔読んだ書物の中には、僧侶になる為に『出家』という俗世の生活を捨て修行をするという内容の書があった。幼き頃の私にはピンとこなかったが、今なら分かる。
聖女とは、出家!
もう一度言う。聖女とは、出家!
「あぁ、今日も美味しくない……」
ポツリと呟いた言葉は、悲哀さが多分に含まれている。だがどうか許して欲しい。真っ白な何の装飾もない部屋で私は自分の食べた物を頭の中で反芻する。
よくわからんうぐいす色の柔らかい豆(すっごい薄味)、芋を滑らかにしただけのもの(すっごい薄味)、野菜はゴロゴロ入っているが塩コショウで申し訳程度に味付けされただけのスープ(これも勿論すっごい薄味)。お肉はない(これが恒常)!
以上が、私の晩餐。改めて考えると、涙がちょちょ切れそうになる。因みに朝食は小さな野菜が乗ったうっすいうっすいスープのみ。いやん、涙出てきた。
アリアレイン、15歳で聖女に任命される前はしがない子爵令嬢。だがあの時ですらお肉は週に3回は食べられた。
お腹は膨れたが心が侘しい。シーツみたいな聖女の衣装に身を包んでいる私は一瞬、自分を聖女に任命した神様、ひいては国民や王様の毛根よ死ね、と祈りそうになった。が、両手で頬を叩き自制する。
「……いけない、いけない。煩悩は滅殺しなきゃ。『国民は神様、国民は神様。ラグナ王国バンザーイ』」
――そんな風に、極貧……じゃなくて質素な生活を甘んじて受け入れてきた私が何をしたのだというのか。
首を捧げるように台に固定させられ、私の上では処刑人が剣を構えている。
端的に言おう、処刑10秒前だ。誰か助けて。
◇◇◇
それはあまりにも唐突だった。運命の日、私は神様をイメージした像に祈りを捧げていた。4年目ともなれば祈りで感慨にふける事もなくなり「あかん、ウトウトしてた……」とご覧の有り様である。因みに涎は聖女の衣装で拭いた。シスターが見たら卒倒する事受け合いだ。
そこで、祈り部屋の扉が大きな音を立て開かれ、私はビクリと肩を揺らした。遂に居眠り祈りをしていたのがバレたのかと後ろを振り向くと――そこには、居眠り如きで怒っているとは到底思えない程、顔を真っ赤にし、私を睨みつける面々があった。
「どうか、したのですか?」
聖女らしく微笑んで尋ねてみれば、私を睨みつけてくる面々の筆頭である王太子が吠えるように口を開く。
「あの大罪人を捕まえろッ!!」
「……え?」
そして、つい数日前まで私に仕え、優しかった聖騎士が目も追いつけぬ速さでこちらに来て、私の体を床に押し付けた。
頬が硬い床にグリグリとされ、痛みに慣れていない私は顔を歪める。聖騎士に捻られている腕も骨が折れたのか疑ってしまう程に痛い。床に勢いよく打ちつけた膝も、聖騎士に踏みつけられた髪も、それから、それから――。
あぁ、状況はよく飲み込めて居ないけど、それでも私の心が訴える。『信じていた人にこんな事をされて、痛くてたまらない』と。
必死に周りを見ると、王太子の隣には知らない少女。そしてその隣には宰相の息子。それから、シスター達。その近くには私を聖女だと言った魔法使い。王太子の隣にいる少女以外、全員、私に優しくしてくれた人達。
「なん、で」
掠れた言葉に返答してくれたのは、私を聖女だと言った魔法使い様。
「君が、私達、ひいては国民を謀ったからだよ」
王太子が左手を上げると、聖騎士の拘束が緩み私はようやく息が吸えるようになった。私は大きく口を開き、必死で訴える。
「私は民を謀った事などありません! 一体何故ですかっ!?」
「嘘をつくなッ! 貴様はあろう事か聖女の力を持っていないクセに聖女だと自称したのだ! これは、大罪に当たるぞ!!」
私の悲鳴は、王太子の意味のわからない言葉によって掻き消される。私は段々目の前が真っ白になっていく。
「自称聖女……? 私を聖女だと言ったのは、貴方達ではありませんか!?」
「君は、自分が聖女ではないと知っていたんだろう? だけど聖女という身分にしがみつく為にそれを言わなかった。そうだろう?」
魔法使いのこちらを小馬鹿にするような言葉に苛立ちが募る。
「……それは、貴方が予言を失敗した、という事の証明ですか?」
「……っ」
言葉を詰まらせた魔法使いを庇うように、さっきから王太子の隣で震えていた少女が立った。
「もう駄目です、アリアレイン様! これ以上醜い罪を重ねる前に懺悔するのです!」
「そうだ! 『本物の聖女』であるミリアもこう言っているではないか! 今更謝った所で貴様の罪はどうにもならないが、謝罪をしたほうが貴様の気が楽になるのではないか?」
少女の言葉に追随するように王太子から放たれた言葉に、私は耳を疑った。
「本物の聖女……? 一体何を言っているのですか」
「それが事実だからだッ。ミリアは、これからこの国で起こる事を次々と予言し、当ててみせた。この力が聖女の力でなければ、何だと言うのだ!」
魔法使いが私を聖女だと予言したのだから彼女も分類的には魔法使いでは……?
「それに比べ、貴様は何も出来ないではないか! どう聖女だと証明するのだッ!」
「いえ殿下、聖女とは神の愛子の事なので、そういう力はなくても当たり前というか」
「五月蝿い、聖女は神の愛子などという考えは終わったんだ!」
聖女は神の愛子という通説、終わっちゃうんですか?
このままでは埒が明かない、と静かに私はため息をついた。
「陛下はこの事を承知なさっているのですか?」
「ああ、父上もお前は下劣な女だと言っていた」
父子揃って駄目な奴ら。どうしてこの国は今まで綺麗に回っていたのだろうか、と首を傾げてから王妃様を思い出した。先月、心労が祟り神のお膝元へと旅立った王妃様。原因は駄目父子のせいだったのかと、私は今更ながら同情した。嘘でも方便でもなく本当に心労が原因だったとは。
そして、話は終わりだとばかりに王太子が「その愚女は地下牢に連れて行け!」と命じた。あーれーと私は引きずられていく。
視界の先では王太子と『イチャ……イチャ……』する自称本物の聖女であるミリア様がいる。聞こえてきた会話は「君を愛しているよ」「私もです、殿下ぁ。聖女、そして王妃となった暁にはこの力を駆使してこの国を支えてみせます!」という不穏な物だった。駄目王太子+自称聖女=あ、この国はもう終わりだ。諦めの境地に至った私は初めて心の底から『神様、どうかこの国をお救いください。私の身、そしてこの国の未来が今潰えようとしています』と祈った。
だが神様から何らかの交信は来ない。ズルズルと私が引きずられていくだけだ。
『――オラァッ、お前の愛子に手出されてんのに見てるだけかよ!? さっさと助けろよ!!』
趣向を変えてみた。返事は来ない。
私は祈りの姿勢を維持しながらアルカイックスマイルを浮かべ引きずられる。……あいたっ、ちょっ、痛い! 階段降りる時くらい持ち上げるか歩かせてよ!
聖騎士、お前の顔と名前は知ってるんだからな! 私が返り咲いた暁にはまずお前の毛根を処してやる!
処されるのは私の方でした。
前略、お父様お母様、並びにお兄様。可愛い可愛い娘であり妹である私は只今断頭台に登っています。な~んと、聖女だと謀った私は死刑に処されるらしいです。
っと思ったら、観客席の最前列で私を睨みつけているのはお父様お母様、並びにお兄様! 私への未練なさそうなツラしてやがりますね!
いやはや、誰にも死ぬ事が惜しまれないなんて、そろそろ私ですら本物の聖女だったか疑ってきてしまう。
……本当に、私、なんの為に生きてきたんだろう。冷たい空気に、私の白い息が溶け込んでゆく。髪もバッサリ切られ、汚いボロ雑巾のような服を着させられた私には、この寒さだけで既に辛い。
首を切りやすいように、と私は台に括り付けられる。手にも脚にも枷がつけられ、身動きすら出来ない。
冷たく乾いた風が頬を撫でる度に、私の心が凍っていく。
「今から、大罪人アリアレインの処刑を執り行う!」
陛下が宣言すると、ざわざわしていた民衆が一層沸き立つ。陛下めっちゃノリノリだな。自分を諌めてくれていた王妃様がいなくなったからって調子乗ってんじゃねーぞ。
それにしても、私と同じ名前にされた子は可哀想だなあ。聖女ネームは人気があるから、"アリアレイン"と名付けられた子も少なくないだろう。私のせいで迫害の対象になったら申し訳なさ過ぎる。改名、認められるといいなあ。
くだらないことを考えていれば、私の隣に誰かが来た。顔は上げられなく推測の域を出ないが、上等な男物のブーツと、ここに来る人は限られているからこの人が私を処刑する"セシル・ヴァレンシュタット"だろう。
この国では、斬首刑は世襲制的にある一族にしか認められていない。その理由は汚れ仕事だからなど色々あり、その汚れ仕事を一身に請け負っているヴァレンシュタット家は貴族ではないが、潤沢な資産があるらしい。羨ましい限りだ。
そして現在、ヴァレンシュタット家の当主は23歳のセシル・ヴァレンシュタット。他に兄弟は居らず、父親は隠居している。彼以外は今斬首刑を執行できる者がいないから彼で確定だろう。銀髪に青い瞳を持つ彼は絶世の美男子で、裕福という点からも彼に嫁入りを望む令嬢方は意外といる。処刑人という事に目を瞑れる程の利益が彼にはあるらしい。
彼の持つ剣の先が視界に映る。私は思わずひとりごちた。
「……絞首刑じゃなくて良かった」
斬首刑は貴族、絞首刑は平民と定められており、絞首刑なら並大抵の痛みではなかっただろう。それなら一発で首を落としてくれるらしいセシル・ヴァレンシュタットの方が100倍、いや1000倍マシだ。
ここは、暴れたりせず首を大人しく捧げるのが一番賢いのかもしれない。私は静かに目を瞑る。そうすれば、視界の情報量が減った分、今までの記憶、走馬灯のような物が頭に流れ出した。
『聖女に選ばれた!? 凄いぞアリアレイン!』
私が選ばれたのを、自分の事のように喜んでくれたお父様やお母様、そしてお兄様。
『いきなりは慣れないと思うが、これからよろしく。聖女殿』
そういって王太子は私に右手を差し出した。
『貴方は私達が、責任を持ってお守りします』
照れくさそうに笑いながらも、強い笑顔を私にくれた聖騎士達。
『これからよろしくおねがいしますね、聖女様』
朗らかな笑みを浮かべ、私に挨拶をするシスター達。
記憶は、留まることを知らない。激流のように、私の脳を駆け巡る。私の4年間は、まだまだ長い。
『お前みたいな役立たずでも聖女になれるなんて、世の中は不思議だな』
下卑た笑みを浮かべるお父様とお母様。私に嫉妬の感情を向けるお兄様。
『こんな怠惰な生活を送っているだけで崇められるなんて、いいご身分だな』
私の上辺の生活しか知らずに、そう侮辱してきた王太子。
『あんな形だけの聖女、守った所で何の箔もつかねえよ』
陰でそう言い合っていた聖騎士達。
『一代前の聖女様は、勤勉で王太子妃にもなられたのに、貴女様ときたら怠けてばっかり。聖女の風上にも置けません』
私を軽蔑し、厭味ったらしく説教をするシスター達。
「あぁ、そっか……」
力なくうなだれ、冷たい頬に温かいものが伝う。
偽物聖女など、口実に過ぎなかった。
「皆、私が嫌いだったんだ」
ただ、それだけだったんだ。
その問いに辿り着いた時、次に湧き上がった物は『私が一体何をしたというのか?』という疑問。
私は毎日お肉が食べたいだけだった。
おしゃれな服を着たいだけだった。
気兼ねなく話せるお友達が欲しかった。
私を一心に愛してくれる旦那様が欲しかった。
ウエディングドレスを着たかった。
子供を産んで、沢山慈しんであげたかった。
誰かに抱きしめて欲しかった。
心の底からの「愛している」という言葉を期待した。
「どうして誰も、私を愛してくれないの」
小さく呟いた言葉は、喧騒に紛れる。チャキリ、と剣を構える音がした。処刑まで10秒程といったところか。
10,9――だが何故、私が殺されなければならないのか。
8,7――何の抵抗もなく。それなら。
6――同じ結末だとしても、
5――同じ結末だからこそ、
4――一つの悪あがきは、赦されるのではないか?
3,2「あのっ、私、貴方の薬指、何処にあるか知っています!」
1。セシル・ヴァレンシュタットが、剣を振るうのを止めた。
それはあまりにもぎこちない、まるでゼンマイが巻き切れたような止まり方。だからこそ、さっきまで騒いでいた民衆は静止し、私達に注視した。
いくつもの視線が、私に突き刺さる。もう一度私は、口を開いた。
顔を上げることは拘束されていて叶わないから、そこら辺の無作法にはどうか目を瞑ってほしいと祈りながら。
「セシル・ヴァレンシュタット卿、私は貴方の薬指、何処にあるか知っています」
どよっ、と空気が揺れた。
それもその筈。私はセシル・ヴァレンシュタットに今、求婚をしたのだから。
この国で、女性から男性に求婚をするのは"はしたない"として好ましいと思われていない。だから隠語、というよりも魔術に近しい言葉が生まれた。ここで彼が「薬指の居場所を教えてほしい」と答えてくれたら、私の求婚に「はい」と言った事になる。
この隠語を最初に作った人は、言葉に魔法をかけた。この魔法をかけられた者は、了承すれば絶対に結婚しなければいけなくなり、害も加えられなくなる。
つまりセシル・ヴァレンシュタットに私の首を切らせるには、一度結婚してから離婚しないと不可能。その時間が稼げれば、私の冤罪を晴らせるかもしれない。
ゴクリと、唾を呑み込む。彼の返事を待つ。顔を上げられない私に、彼の表情を確認する術はない。
――どの位時間が経ったのか、一瞬のようで永遠にも感じられた。そしてその時間の果てに、セシル・ヴァレンシュタットは私の視界に映るように跪いた。
「……!」
「どうか僕に、薬指の居場所を教えてくれませんか?」
彼は無機質そうな表情を浮かべながら情熱的な言葉を発し、情熱的に枷に囚われた私の左手に唇を落とした。セシル・ヴァレンシュタットは微かに笑う。それに心臓を高鳴らせると、彼は立ち上がり私の体めがけて剣を振るった。
「え」
期待させてからのBAD END!? と襲いかかるであろう痛みを想像し目を閉じたが、そんな物は来ず、代わりに私の手が自由になった。
動くようになった頭を動かし見てみれば、枷だけが綺麗に切られていた。あんなに硬いものを一瞬で……と感動していると私を彼が抱き上げた。いわゆるお姫様抱っこ、というやつだ。
「僕達の家に行きましょうか、アリア」
「えっ。私の求婚に応じてくださったという事で、宜しいのですか? セシル・ヴァレンシュタット卿」
ニコニコ笑ってる彼に思わず聞くと「セシルと呼び捨てにしてください」と返された。言葉足らずにも程があるが、このセリフからして彼は私の求婚に応じてくれたのだろう。彼の笑顔にじ―――んとした物が込み上げてきた。
生き延びてる、私! 凄い! 空気おいっし!
「――おい、大罪人を庇うとは何事だ!」
「アリアは今から僕の花嫁ですから。庇うのは当たり前でしょう?」
「お前は、大罪人を庇ったとして国家反逆罪に問うぞ!」
「そうですか」
淡々と王太子に答えながら、セシルは私の頭にキスを落とした。ちょ、頭洗えてなかったんですからやめてくださいな! 臭いとか言われたら生きていけません!
無表情ながらあま~いセシルの行動に顔を火照らせていると、今度は本物の聖女(笑)のミリア様が声を荒げた。
「ちょっと、なんで隠しキャラのセシルとくっついてんのよ! 私はセシル狙いだったのにぃッ!」
「はい?」
「え、ミリアッ?」
王太子が伸ばした手を、ミリア様は振り払った。あの可愛らしかった表情が、嫌悪に歪んでいる。
「触んないでよッ、あんたなんて踏み台としか思ってないもの!」
「なッ、俺と共に国を支えると言ったではないか!」
「そんなの嘘に決まってるじゃない! ばっかじゃないの!? あんたなんて、セシルと出会えたら直ぐに捨てたわよ!」
ミリア様の歪んだ顔が面白くて、セシルの頬にチュッとキスをすると彼女の顔はより一層歪んだ。ふふん、ザマーミロー。
王太子はミリア様の心変わりに追いつけて居ないのかまだ追いすがっている。
「せ、聖女なのも嘘なのか!?」
「予言だなんて、小細工でもしとけば簡単に出来るわよ! もう少し頭を使いなさいよ!」
「な、な……!」
震えた王太子は、怒りを隠すように手を上げた。
「この女を王族侮辱罪と国家反逆罪の容疑で捕まえろッ!!」
戸惑いながらも、聖騎士達はミリア様を拘束した。そこでようやくミリア様はハッとなったようだった。
「ち、違っ……なんで私あんな事っ。で、殿下! 私は貴方の事を愛して――!」
ミリア様の頬が王太子の拳で殴られた。何発も酷い音が響いて、目を向けられない。暫くして音が止まったと視線を戻すと、聖騎士によって王太子は押さえつけられ、ミリア様の顔は元の綺麗な顔が分からなくなるくらいボコボコになっていた。民も、その他の人も静まり返り、処刑場にはミリア様のすすり泣く声だけが聞こえる。
微かに震えていると、セシルが私を抱きしめている力を強めた。
「では、僕達はこれで」
「……!? おいセシル、この罪人を処刑しろ!」
「僕の花嫁が怯えているのでお断りします」
セシルのイケメンな台詞に心臓がドンドコドンドコと音を立てた。真面目になって私は考える。セシルといえば銀髪に青い瞳の眉目秀麗で、資産もたくさんある。何より、こうして私を助けてくれて、離婚するまで彼に害を加えられる心配はない。………………めっちゃ優良物件!!
あ、どうしよう。セシルがキラキラして見える。はわわ、私の優しくされると直ぐに好きになっちゃう悪癖が出てしまう! 駄目じゃん、本当は好かれてないかもしれないじゃん! ――でも、こんな薄汚い身なりの私をセシルは抱きしめてキスをしてくれた。信じても、いいのかもしれない。
「ではアリア。僕達の家に帰りましょうか」
「はい、私達の愛の巣まで、全速力でお願いします!」
私の言葉に目を見開いた後、セシルはフッと笑って「分かりました」と言い断頭台から飛び降りた。
そして私達は、騒ぐ外野を他所に愛の巣へと帰った。
◇◇◇
それから、私がこの国に居たくないと言った事が理由で、隣国に引っ越す事にした。私の事を王太子や他の人達が掌を返し引き止めてきたが、こんな者が王を務める国はいつか国は滅んでしまうだろうからサッサと見捨てるのが得策だ。
隣国では死刑制度が廃止されている為、セシルは医者になった。首を切るにも沢山の医療知識が必要だからとセシルは医師免許も持っていて、その優秀さから隣国では重宝されている。
屋敷の食堂で今日も今日とてお肉をぱくつく私に、セシルが食事をする手を止めおずおずと話しかけてきた。
「……実は、ずっと前からアリアの事が好きだったんです。だから助けてあげたかったんだけど、死刑が確定しているのに覆すのは容易な事じゃないから――」
諦めて殺そうとした、ッテコト!? 青ざめる私にふるふるとセシルは首を振った。
「中々死なないと処刑が延期されるから、切っても死なない部分を切って延期させようとしました」
……ある意味諦めて殺されるより恐ろしい。私は死ななくても苦痛に喘ぐ羽目になっていたかもしれないのか。
ブルリと身震いした私は、セシルの言葉に「ん?」となった。
「セシルって、私の事好きだったんですか?」
「……はい、大好きです」
照れたように頬を赤く染めるセシルに私のハートが射抜かれる。グハッと声をあげながら私は「どうして私が好きなんですか?」と尋ねた。
セシルは少しの間逡巡した末に、ゆっくり口を開いた。
「昔は、僕も学園に普通に通っていました。まぁ、ヴァレンシュタット家の者だからと差別と虐めがあったから、そうそうに家庭教師を雇って学園は辞めたんですけどね。
……虐めで、辛い事だらけでしたね。だけどね、アリア。14歳、まだ聖女に任命されていなかった頃の君だけが僕を何の曇りもない瞳で見つめてくれたんです。剣の練習と称され、毎日ボロボロにされていた僕に君は、ハンカチをくれました。それがどれだけ嬉しかった事か」
儚く微笑むセシルに、胸が痛いほど締め付けられる。
あぁ、どれだけの我慢を、貴方は重ねたの?
ヴァレンシュタット家の者は、差別や偏見が酷いからと家庭教師を雇うと聞いた事がある。つまりはセシルもそうなる筈だった。だけど彼は、最初学園に通っていた。それはつまり、学園に行きたかったという事なのでしょう?
貴方はあれ程の剣の腕前を持っているから、きっと暴力を振るわれても返り討ちにできた。それでも貴族に暴力を振るうのは厳しく罰せられるからと、家族の為にも我慢したのでしょう?
私は、肉を置き、セシルに駆け寄って力いっぱい抱きしめた。
「大好きよ、セシル。痛いの痛いの、飛んでいけ!」
――『痛いの痛いの、飛んでいけ』
「――あぁ、やっぱり君は、僕の大好きなアリアレインのままですね。ずっと、ずっと好きなんです。出来れば君の側にいたかった。だけど、処刑人の僕が求婚すれば聖女になった君の評判も落ちると思って、胸にしまってきました。
だけどもう、我慢しなくていいんですか?」
「当たり前よ! 逆に、我慢されたら私が悲しい!」
私の肩口に顔をうずめるセシルから、小さく嗚咽が漏れる。私ももう堪らなくなって、彼を抱きしめわんわん泣いた。
「私、私は誰にも好かれてないからっ、一生私を好きになってくれる人なんて、いないかと思ってた。だから、ありがとうセシル。私を愛してくれて。
……セシルも、もう敬語は、使わなくていいんだよ」
貴方を守る鎧は、私には必要ないの。
「……っ、僕の方こそ、君に愛してると言われて、愛してると言えて、とても幸せだ」
世界は私達に優しくない。だから私がセシルに、セシルが私に優しくするの。ずっと、ずーっと!
◇◇◇
あれから5年、ラグナ王国は崩壊し違う国に吸収されたらしい。
私は、この国に住まう神にも『愛子』と認識されたようでまた聖女という肩書きに就いている。まあ今の私は、神殿には身を置いていないのだが。
前回の反省を生かし、今回は結構真面目に祈ってるつもりだ。それにシスターや聖騎士の人もとても優しくて、こそばゆい毎日。うん、悪くない。
……とは言っても習慣は簡単には消えないらしい。
ふあぁ、と欠伸が一つ、二つ。三つ目、という所で隣に座って私と一緒に祈っていた娘に肘でこづかれた。そう、私とセシルの間に4年前に可愛い可愛い娘が生まれたのだ。4歳ながら聡い娘のリリーニアは、私よりも大人っぽい。
「お祈り中に眠るのはやめてくださいな。貴女の祈りは即ち神の食事なのです。この神まで力がなくなってしまいますよ?
……もう、貴女がちゃんと祈ってくれていたらあの時私の力でもっと的確に助けられましたのに。あの時は偽聖女の口を軽くする魔法が限界で。力尽きて今はこんな形です。情けないったらありゃしません」
「え、それって私の娘ちゃんは神の生まれ変わりって事……!?」
私が驚いて声を上げると、リリーニアはフフンと不敵そうに笑った。やだ、うちのコめっちゃ可愛い。画家、誰か画家を呼んできて!
「責任とって今度は大切に育ててくださいね? 私の愛子」
その言葉にコクコク頷きながら、私はこれからの生活に想いを馳せた。
顔がだらしなくなってしまう。
その嬉しさを噛み締め、この国の神に『こんなきゃわたんな娘と巡り合わせてくれたのは貴方様のお陰ですか!? ほんっとうに嬉しいです。まじ可愛すぎて嫁に出したくないです。ありがとう、ありがとう。
これからも私とセシルとリリーニアを見守ってください。あと民も。ハートフルな生活をお届けします。私、この国に骨を埋めるつもりなのであと80年はよろしくおねがいします。お祈りパワーまっしましで行かせてもらいますね! 本当に、本当に、本当にありがとうございますっ!!!』と全身全霊で「破ァッ」と祈った。
その瞬間、何処からか「ケプッ」と可愛らしいゲップ音が聞こえた。リリーニアが呆れ顔で「お腹いっぱいだそうですわ。どれだけ祈ったんですかお母様?」と呟いた。
お腹いっぱいだから3日位祈りに来るなとも言ってるらしい。酷い。
最後までお付き合いいただき、ありがとうございました! 広告下にある★★★★★を押してもらえると次回作の励みになります