9 崩れた推理?
「輪兎ちゃん、もう少し付き合って。建築の仕事じゃなくて、申し訳ないけど・・・。たぶん家宅捜索なんか受けて、裕美さん、ショック受けてると思うから。」
輝子先生はそう言って、小森さんの家の方に歩き出した。
「侑さんは容疑者から外れるだろう、って伝えてあげましょう。」
「そうですね。」
尾和利さんもそのままついてきた。
「警官もいてそう言ってあげられれば、さらに少し安心できるかも・・・。」
わたしたちが小森さんの家の門を通ろうとすると、マスコミの関係者が2人ほど近寄ってきた。
「すみません。何か警察とお話しされたんですか? どんなことかお聞かせいただけませんか?」
言葉だけは丁寧だが、まるでハイエナかハゲタカみたいな空気をまき散らしている。わたしは思わず睨みつけてしまったが、尾和利さんが間に入って彼らをやんわり追い返した。
輝子先生が玄関のインホンを押した。が、反応がない。
無理もないかもしれないな・・・。
それでももう一度押すと、警戒した男性の声が聞こえた。
「はい。」
ご主人がみえるようだ。
「御堂寺です。」
「今は、少し取り込んでおりまして・・・。」
「侑さんは犯人ではありません。その証拠を今、警察の方に話してきました。ご心配ではあるでしょうが、警察は無能ではありません。必ず真犯人を探し出してくれると思います。それだけをお伝えしたくて——。」
それだけを伝えて帰ろうとしていたら、玄関のドアが開いた。裕美さんがすがるような目を先生に向けて、それから制服姿の尾和利さんに気がつくと恐怖の色を目に浮かべた。
「ああ、この人はわたしの施主さんで、生活安全課のお巡りさんですの。今回は助けてもらいました。」
わたしたちはドアの中に迎え入れられたが、玄関から上がることは遠慮した。立ち話で先生の推理を伝え、刑事が調べてくれると約束したと話した。
それだけで、裕美さんはその場に泣き崩れてしまった。ずっと不安だったんだろう。
わたしたちは小森さんの家を辞して、帰路についた。蜂辺刑事が真犯人の捜査を約束してくれたことで、ほっと胸を撫で下ろす気分だった。
1回会っただけの人であっても、施主さんの身になってできることを全てやろうとする輝子先生の姿に、わたしは少し感動を覚えていた。
「もう大丈夫よねぇえ。さぁて、帰ってリフォームの案でも考えましょう。お仕事、続くといいわねぇ、輪兎ちゃん。侑さんにとってこれがマイナスにならずに、引きこもりから抜け出す奇貨になってくれるといいけど。」
わたしたちは、夕焼けに染まってセザンヌの絵みたいになった建物の壁を眺めながら、バス停まで歩いた。
尾和利さんは「これから一度、署に帰る」と携帯で電話をしたあと、バス停まで歩く間中、輝子先生の推理を褒めちぎっていた。
輝子先生は、体をくねらせるようにして照れまくっていた。
こういうとこ、先生けっこうかわいいよね。(^^)
* * *
ところが——。
問題はそれで解決しなかったのだ。
その日の夜、御堂寺設計工房から帰って遅い夕食を食べながらニュースを見ていたわたしはその報道を見て仰天した。
——有力容疑者を確保。近隣の10代、引きこもりの特定少年。——
テレビのニュースは、警察発表としてそう伝えていた。地方版のニュースで、まだ個人名は出されていなかったが、近隣の人ならすぐに小森さんの息子さんだとわかるだろう。
なんで?
あれだけの輝子先生の推理を聞いておきながら、なんでまだ警察はこんな発表してるの?
わたしは輝子先生にすぐ電話をしてみたが、話し中だった。
いったい、どうなってるの?
ニュースはそれだけだったが、蜂辺刑事はあれほど真剣に輝子先生の話を聞いていてくれたのに、なんで警察はこんな発表を?
わたしが頭を混乱させていると、しばらくして輝子先生から電話がかかってきた。
「ごめんねぇ、輪兎ちゃん。尾和利さんと話してたもんだからぁ。」
「あ、すみません。先生の方から折り返しさせてしまって。」
「いいのよぉ。それより、輪兎ちゃん。ニュース見た?」
「見ました、先生! なんで警察はあんな発表を・・・」
「蜂辺さんが帰った時には、もう本部長が記者発表しちゃってたんですって。」
「訂正はしないんですか・・・?」
ふう・・・という小さな吐息が電話の向こうで聞こえた。
「それだけじゃなくって・・・」
そう言ってから、輝子先生は少し言い淀んだ。
しばらくの沈黙の後、輝子先生の口から出てきた言葉は、わたしにとっても衝撃的なものだった。
「押収されたものの中に、スタンガンがあったんですって。」