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8 輝子先生の推理

 北側のT字交差点まで歩きながら、輝子先生は蜂辺刑事に話し続けた。

「被害女性はおそらく、毎日同じ時間にあそこを通ってたんじゃありません? それを毎日窓から眺めているうちに、劣情をもよおして犯行に及んだ——と、侑さんは『自供』したんじゃないですか?」

「ど・・・どうして、それを・・・」

 若い日寄見刑事が、頭のてっぺんから出るような声を上げた。


「おそらく警察が拾った事実から作ったストーリーに合わせて問い詰めたんでしょ? 侑さんは引きこもりで、わたしの見るところ自閉スペクトラムも持っているようです。そうした人の中には、状況によっては相手に迎合してしまうタイプがあるんですよ。」


 蜂辺刑事が、じろりと尾和利さんを見る。

「俺は何も言ってないぞ。第一、そんな情報、俺は知らんよ。全部先生の推理だよ。当たってるのか?」


 全て当たっているらしい。蜂辺刑事の顔つきが変わった。今度は畏怖の色を浮かべた目で、もう一度輝子先生を見る。


 輝子先生は、ほにゃ、と笑った。

「他に、合理的に考えて説明がつく『侑さんが自供した状況』が思い浮かびませんものぉ。そもそも、引きこもりの彼が突然スタンガンを持って交差点まで出ていって犯行に及びます? 違和感あり過ぎじゃないですか?」


 蜂辺刑事は視線を道に落とし、誰に言うともなく低く呟いた。

「あいつ・・・、佐藤のやつ・・・。少し突っ走り過ぎなんだよ。まるで昭和の刑事デカだ・・・。俺も詰めがズサンだとは思ってたんだ・・・。」


「いちばん違和感があるのは、犯人は『性的暴行目的』だそうですが——警察がどうしてそれを断定したのか知りませんが——そうだとするなら、白昼堂々、道路の真ん中でコトに及ぼうとするでしょうか? いくら人通りが少ないといっても——。」


 たしかに、それはおかしい。

 どうしてわたしは今までそのことに気づかなかったんだろう。


「スタンガンで動けなくして、その先を犯人はどうするつもりだったのかしらぁ?」

 先生は蜂辺刑事の小さな目を見た。

「もし侑さんが犯人だとしたら、彼は気を失った被害女性を家まで担ぎ込むつもりだったのでしょうか? そのすぐ後にわたしたちが訪問することを知っていて——? 面妖おかし過ぎると思いません?」

 蜂辺刑事は、唖然とした表情で輝子先生を見ている。なぜ捜査会議でそのことをもっと問題にできなかったのか・・・という決まり悪そうな色が目の中にあるように見えた。


「ならば、犯人の計画はどういうものだったのでしょう?」

 輝子先生はT字交差点の真ん中で立ち止まった。

「この辺り一帯、防犯カメラの死角になっているのは、警察も把握してらっしゃるでしょ? 防犯カメラの映像、調べたはずですもんねぇえ?」


 先生はスタスタ歩いて行って、T字交差点の南の角の家のフェンスの前に立った。草が生え放題になっていて、どうも空き家っぽい。

「ここにワンボックスのような車を停めておいたら? 気絶した被害女性を担いできて、車の後部に押し込むのは、若い男性ならさほど大変な作業じゃありません。停めてある車も、一連の犯行も、全て防犯カメラには写らないのです。犯人はたしかによく下調べをしているか、土地勘がありますね。」

 輝子先生は目をくりっとさせて、蜂辺刑事を見た。

「これなら合理的でしょ?」

 蜂辺刑事は、ポカンと口を開けてしまっている。


「ところが、犯人にとって予想外の事態が起きてしまいます。普段、人も車もほとんど通らないこの道に通報者の車が通りかかってしまった。その車は、おそらく北からこう来たんじゃありません?」

「そ・・・その通りです・・・。」

 蜂辺刑事の声がかすれている。

「だから犯人は、東、つまり小森さんの家の玄関がある方に逃げざるを得なかった。だって、車の置いてあるこの場所と犯行現場の間に、その車の人物がいるんですものぉ。」


 蜂辺刑事はかすれた声を絞り出した。

「は・・・初め、その第一通報者は、黒いパーカーの男が倒れた女性を介抱してるんだと思ったそうです。それで車から降りて声をかけたら、いきなり逃げ出したそうです・・・。」

 蜂辺刑事はもう、明らかに畏怖の表情を浮かべて輝子先生を見ていた。自分が捜査情報を漏らしている、ということにどうやら気がついていない。

「あなたは・・・まるで見ていたみたいに話す・・・。」


「すごいでしょ、この先生? 本職は建築家なんですけど、名探偵でもあるんですよ。」

 尾和利さんがまるで自分のことのように、得意げに自慢した。

「あらあ、単なる趣味ですわぁ。」

 輝子先生が、ちょっと照れた顔をする。


「えと、それでねぇえ。防犯カメラの下調べをちゃんとしてあった犯人は、マンションのカメラに写らずに逃げるのにはこのブロック塀の上を走ればいい——と知っていた。あるいは、咄嗟に気がついたんだと思います。」

 先生は少し東に歩いて、ブロック塀のところまで行く。

「ここまで走って来れば、車は目の前ですから。」


「おい、日寄見。」

 蜂辺刑事が若い刑事を呼んだ。

「はい!」

「お前、ちょっと上って調べてみろ。何か、犯人が残した痕跡がないか。」

「はい!」

 日寄見刑事は、もうすっかり真剣な顔になって、ブロック塀にひょいと跳び乗った。

 あ、けっこう身軽——。

 そして上がるとすぐ「あっ」という声を出した。


「あります! 平家の軒の上に手をついたような感じで、埃がこすり取れた跡が・・・!」

「スマホでいいから、写真撮っとけ!」 

 蜂辺刑事がその小さな目を険しくして、吠えるように言った。

「雨が降る前でよかった・・・。」


 先生は蜂辺刑事の顔をまっすぐ見て、ゆっくりと言った。

「防犯カメラの映像を、もう一度当たってください。おそらく犯行時間直後に、東に向かって走るワンボックスが写っているはずです。さらに周辺の防犯カメラを当たってもらえれば、犯行前にこちらへ向かっている同じ車が写っているはずです。」


 蜂辺刑事が小さくうなずくと、輝子先生はもう1つ推理を付け加えた。

「向かっている映像の時刻と、東へ走り去る映像の時刻の間に空白の時間があるはず。それが、その車がここに停まって待ち伏せていた時間です。」


 蜂辺刑事は真剣な顔で手帳に何かを書き込んでいたが、やがて子どもみたいな目になって輝子先生を見た。

「先生! いや、尾和さん! よくこんなすげぇ先生連れてきてくれた。危うく刑事課は大恥かくところだったぜ。」


 それからすぐに、ブロック塀から下りてきた若い刑事に指示を出した。

「おい、日寄見。すぐ戻って、防犯カメラの映像をもう1回見直しだ!」


 蜂辺刑事は車の方に行こうとしてから、またくるりと向きを変えるとその小さな目をまん丸に開いて輝子先生を見た。

「なんとお礼を言っていいか分かりません、御堂寺先生。先生がこの家のリフォームの相談に来ていらっしゃったのは、天の采配と言うしかない!」


 輝子先生はいつもの、ほにゃ、とした顔に戻った。

「そう思われるなら、侑さんをすぐに帰してください。長引くと、後の心理的影響が心配ですからぁ。」




次の回は『崩れた推理?』です。


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