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6 捜査

「そうですか。リフォームの相談に・・・。」

 わたしたちはまた小森さんのお宅の方に歩きながら、さっき公園で話していた内容を尾和利さんに伝えた。


「真犯人の逃走経路ですって!?」

「それをちゃんと捜査してほしいんです。これは警察の勇み足による冤罪ですよ?」

 尾和利さんは唖然とした顔で、足を止めた。


「わたしたちは、まだパトカーのいる事件直後に訪問してるんです。さっきも言いましたように、侑さんが事件を起こしたなら母親の裕美さんが引き戸の音を聞いてないはずがないと思いますわぁ。2年間外に出られなかった息子が外に出て、すぐ逃げ帰ってきて、気づかないはずがないでしょお?」

 輝子先生は尾和利さんがちゃんと聞いてくれることで、だんだん調子が出てきたようだった。


「引き戸の音とパトカーの音を聞いてなお、平然と今の家の不満なんか話してられますかぁ、ふつう・・・? 本人だって、あの時間にわたしたちが来ることは分かってたんですから、そんな時に合わせて事件なんか起こしますぅ?」

「ア・・・アリバイ作り、ということは・・・」

「それなら、わたしたちが来てから『ずっといました』と証言できる状況を作るでしょ? わたしたちは事件の後に来てますから、アリバイを証明することなんてできませんのよぉ? しかも偶然通りかかった車によって、犯行は途中のまま犯人は逃走してるんです。それは犯人にとっては計画外の出来事ですもの。」


「そ・・・その逃走経路・・・って、さっき先生はおっしゃいましたよね?」

「ええ、これから現場でそれを説明いたしますわ。」


 尾和利さんは黙ってまた歩き出した。

「しかし・・・」

と何かを言い淀む。

「これは私から聞いたって、絶対言わないでくださいよ。」

 尾和利さんはそう念を押してから、捜査の情報を少し漏らしてくれた。

「容疑者の部屋の中に、ドライブレコーダーに写っていた犯人が着ていたのとよく似た黒っぽいフード付きパーカーが有ったのを、捜査員が見てるんですよ。」

 輝子先生が、つと立ち止まった。


「部屋まで押し入ったんですの? 任意同行じゃなかったんですか?」

「い・・・いや、任意なんですが・・・。その、部屋から出てこなかったらしくて・・・」

「そりゃあ、引きこもりですものぉ。それって、違法じゃありません? 裁判になったら、そこ突かれると思いません?」

「そ・・・そんなこと言われても・・・。私、生活安全課ですから・・・。」

 尾和利さんは動揺している。


「それ、裁判で証言したりするんですか? 先生。」

「もちろん。無実の人が罪に問われるのを黙って見てはいられませんものぉ。」

「わ・・・私が言ったとは・・・」

「もちろん証言しますわぁ。」

 輝子先生は、朗らかな笑顔を見せる。

「そ・・・そんな・・・。私の組織内での立場は・・・。部署の違う者が首突っ込んで、しかも捜査情報を漏らしたことになってしまう・・・。」

 尾和利さんはかわいそうなほど狼狽えた。


 いや、先生・・・。それはまずくないですか?

 警察官とはいえ、尾和利さん家建ててくれた施主さんでしょ? しかも好意でここまで来てくれてるのに・・・。施主さんの立場をそこまで追い詰めちゃっていいんですか?


「だから、そうなる前にこの冤罪を防ぎましょ。」

 輝子先生は明るい声でそう言うと、前に立って歩き出した。その足取りは自信たっぷりだ。

 輝子先生には何が見えているんだろう?



 小森さんの家の前に来ると、マスコミ関係者らしい人が1人近づいてきた。制服の警察官が来たからだろう。


「何か捜査に進展が?」

 探るような嫌な目つきだ。

「あ、私は生活安全課でして。事件とは関係ありません。こちらの市民の相談に乗っているだけで・・・。」

 とりあえず尾和利さんは笑ってごまかす。マスコミ関係者らしき人は、やや不審そうな顔をしながらもカメラの方に戻っていった。


「ここ見てください。」

と先生がブロック塀の一ヶ所を指差す。

「何か硬いものをぶつけたような傷があるでしょ? しかも周囲と色が違ってきれいなグレー。ごく最近ついた傷ってことよぉ。」


 たしかに、ブロックの角に小さな欠けたような傷がある。

「普通に生活しててこんな傷がつくような場所じゃないわぁ。慌てて上ろうとして硬いものでもぶつけない限りねぇえ。」

 先生が昨日「あれ?」と言ったのはこの傷を見つけたからだったのか!


「そして、このブロック塀は真っ直ぐ裏の、北側の道路まで続いている。もし、犯人がここの上を走って逃げたのだとしたら?」

 先生が尾和利さんの方を見る。尾和利さんは口を半分開けて、先生の指差す方を見ていた。


「どうせマンションの防犯カメラには逃走する犯人の姿は写っていなかったんでしょ? ドライブレコーダーとマンションの防犯カメラの死角。そこにあるのは小森さんの家の玄関だけ。——とまあ、警察はそう考えちゃったんじゃないかしらぁ? この可能性はツブさずに。」


 輝子先生がそこまで話した時、車が2台、小森さんの家の前に停まった。

 ばらばらと人が降りてきた。たくさんの段ボールを抱えている。刑事らしい人物が門を開けて中に入り、玄関のインタホンを押した。

 張っていたマスコミが色めき立つ。


「ガサ入れ? いきなり?」

 尾和利さんが、驚いた表情でつぶやいた。


「あれ? 尾和利さん何やってんすか、こんなところで? 生活安全課じゃなかったでしたっけ?」

 若い刑事らしい男が、嫌味ったらしい声で尾和利さんに話しかけた。

「あ、いや・・・。俺はこちらの2人の市民の相談に・・・。」

「ああ、そう。なんか、古巣が忘れられなくて、刑事課の真似コトしてるんかと思っちゃいましたよ。あ、ひょっとして、そちらの若いお嬢さん、容疑者の第2の被害者だったりして?」


「誰が!」

 わたしは思わず大声を出してしまった。

 マスコミの人たちが一斉にこちらを見る。


 あ、ヤバっ・・・。


「ガサ入れの邪魔さえしなけりゃ、別に何しててもいいっすよ。」

「どうしてこんなに早く?」

 尾和利さんは若い刑事の嫌味な言い方をスルーして、そのことを訊いた。

 若い刑事は口の片方に手を当てて、さも重大な秘密を教えてやるとばかりに体を傾けて尾和利さんに囁いた。

「ここだけの話、ゲロったんすよ。容疑者が——。あとは裏付けとるだけ。」

「え?」


 若い刑事は颯爽と体を翻して、小森さんの家の中に入っていった。



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