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5 無名の探偵

「え? 分かってるんですか、先生? 真犯人がどう逃げたか・・・。」

 わたしは思わず聞き返してしまった。

 だって、わたしだって先生と同じものを見てるんですよ?

 警察なんか、もっとちゃんと捜査して・・・・。


「うん。でも、推理と証拠は違う・・・。警察が今、どんな証拠や情報を持ってるのかも分からないわけだから、わたしが持ってる小さな証拠と推理だけじゃ覆せるとは思えないのぉ。」

 輝子先生は情けなさそうな顔をした。

「第一、わたしたちは事件があってから小森さんの家に行ってるんだから、アリバイ証明さえできないのよぉ?」


「尾和利さん・・・。」

と、わたしはその名前を言っていた。

「尾和利さんに相談してみたらどうでしょう、先生。」


「尾和利さんは生活安全課よぉ?」

「でも、同じ警察・・・。」

「課が違うんだから、情報なんか無いわよぉ。」

 先生はわたしの顔を見て苦笑いした。

「それにね、輪兎ちゃん。たとえ情報を聞いてたとしても、捜査中の案件の情報は外へは漏らせないわ。」

「でも・・・、マスコミなんかは・・・。『関係者によると』なんてのは、ツテとか上手く使ってるんじゃあ・・・」

「あれは、世論を誘導するために、わざとリークしてるのよ。捜査本部も承知の上でねぇ。」


 それから輝子先生はちょっと黙って何かを考えているようだったが、そのあと、ぽつりと呟くように言った。

「そうねぇ。尾和利さんをツテにしてみるかぁ・・・。」


 先生はその場で尾和利さんの勤める北警察署に電話をかけた。

「あ、もしもし。わたくし御堂寺と申しますが、生活安全課の尾和利さんいらっしゃいますか?」

 しばらくしたら、尾和利さんが出たらしい。

「あ、昨日はどうもぉ。実はちょっと相談したいことがありましてぇ。これから北署に伺っても良いですかぁ?」


 輝子先生、さっきは情報を得るのは無理だって言ってましたよね?

 何を尾和利さんに相談するつもりなんだろう?

 相変わらず、わたしの頭では輝子先生の考えについてゆけない。


「いえ、おいでいただけるんでしたら、うちじゃあなくって、羽土尊町の、ほら、昨日の事件の現場まで来ていただけたら助かるんですけどぉ。できれば、捜査本部のどなたかと一緒に・・・」


 え? 尾和利さん、来てくれるんですか?

 そうか! 尾和利さんをツテにして、捜査に関わってる刑事にこちらの推理を伝えるつもりなのか!


「いや・・・、とりあえず、尾和利さんに話を聞いていただくだけでも・・・。それで、もし・・・。ええ。はい。分かりました。少し離れたところで待っています。」

 電話を切って、先生は「ふう・・・」と息をついた。

「やっぱり、そう簡単にはいかないわぁ・・・。」

 そう言って先生はわたしを手招きすると、バス停の方に向かって歩き出した。


 現場からバス停に向かって歩いて200メートルくらいのところにある小さな公園のベンチに、わたしたちは腰を下ろした。

 日は西に傾いて、空気に肌寒さが加わってきている。


「尾和利さんねぇえ。部署の違う人間が捜査に口出しすることはできないって・・・。」

 わたしは顔を上げる。

「でも、生活安全課として市民からの情報提供があれば、それを刑事課の方に伝えることはできるって・・・。」

 輝子先生は、ふうっと1つ息を吐いて、わたしに向かってちょっと無理やり感のある微笑みを見せた。

「とりあえず、課の窓口は他の人に任せて来てくれるそうよ。」


「ねえ、先生。」

 わたしは尾和利さんを待っている間、先生はなぜ真犯人が別にいると分かったのか聞いてみることにした。

「先生はどうして、真犯人は別にいると推理したんですか? その逃走経路まで・・・。」


「ああ、それはそんなに難しい話じゃないの。逃走経路に関しては、尾和利さんが来てから一緒に現場で説明するわぁ。2階の部屋、引き戸だったでしょう?」

「ええ。」

「あれが侑さんが犯人じゃないと強く推論できる理由なのよ。お母さんの裕美さん、2階の音がよく聞こえて困るって話してたでしょう?」

「ええ、そう言ってましたね。」

「今どきの吊り戸じゃあない。床のフラッターレールの上を戸車で走るから、ガラガラと大きな音がしたのは輪兎ちゃんも覚えてるわよねぇえ? わたしたちが2階に上がった時には、侑さんは引き戸が閉まった状態でゲームをしていたわぁ。つまり・・・」


 事件があったのは、わたしたちが訪問するほんの20〜30分前だ。もしその時間に侑さんが家に逃げ帰ってきたのだとしたら・・・。

「仮に侑さんが事件を起こしたとして、彼はどうやって音を立てずに事件現場の交差点まで出てゆき、慌てて逃げ帰った後も音を立てずに部屋の引き戸を閉めたんでしょう?」

 輝子先生はちょっとドヤ顔でわたしの顔を見た。

「ね? 決定的でしょお?」


「なのに、なぜ警察は・・・。裕美さん、それ、言ってないんでしょうか・・・?」

 わたしはもし裕美さんがそれを言ってないなら、警察に伝えるようアドヴァイスした方がいいんじゃないか、と思った。

「言ってないわけないと思うけど、基本的に身内のアリバイ証明は証拠としては弱いのよねぇ。庇ってる可能性もあるわけで・・・。」

「そんな・・・。」


「うん。わたし達が行った時も、2人とも何の動揺も見せてなかったわよねぇ。裕美さんはそんな平然と嘘をつけるような人じゃないと思うのよぉ。」

「わたしもそう思います!」

「わたしたちが証言できるとしたら、今のところそれだけね。2人とも全く動揺もしてなかった。普通にリフォームの話をして、今の家の不満を話していた。侑さんの部屋の引き戸は閉まっていた。」


「それを、尾和利さんを通じて刑事さんの方に伝えるつもりなんですね?」

 ところが輝子先生はくるっと目を丸くして、小さく息を吐いた。

「たぶん聞かないわよぉ。有力な容疑者がいない状況なら、一般市民のそんな些細な情報でも欲しがると思うけど・・・。今は有力な容疑者を確保しちゃってるんだもん。そっちのセンで突っ走ってるんだもん・・・。」



 30分くらいそうして待っていると、尾和利さんがバス停の方角から走ってくるのが見えた。


「お待たせしました、御堂寺先生。」

 尾和利さんは肩で息はしているが、さほど苦しそうではない。やはり、警察官。日頃の鍛え方が違うんだろう。

「いや、先ほどは失礼しました。組織の中ではその・・・いろいろと立場ってものがありまして・・・。先生がたぐいまれな推理力を持っていらっしゃるってことは、私は分かってるんですが・・・。」

 そう言って尾和利さんは、ちょっと愛想笑いしながら頭をかく。


「で、先生はこの件にどう関わってて、何を見つけられたんですか?



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