4 証拠
バスに乗っている間も、輝子先生はずっと無言で厳しい顔をしていた。わたしもまた、同じだったと思う。
わたしだって、あの侑さんが、こんな乱暴で大それた犯罪をやるようには思えない。
違和感はいくつもある。
だって、もし彼が『犯人』だとするなら、わたしたちが訪れる少し前にこの事件を起こしていたことになるよね? それで、あんな普通の顔してゲームやってるだろうか?
しかも、お母さんの裕美さんだって、わたしたちが家の中を見に行く前なのだから、それなりに片付けや掃除だってしてただろう。
もし、侑さんが出ていったり逃げ帰ってきてたりしてたら、気づかないはずはない。2階の音がよく聞こえるとも言っていた。
でも、わたしたちが行った時も、裕美さんは動揺したような感じは全くなかった。事件があったことすら知らないみたいだった。
警察に侑さんが連れて行かれた、という現実との違和感があり過ぎだ。
わたしの心象でも、侑さんが犯人だというのはあり得ない。
だけど・・・、警察だって、いくらなんでもドライブレコーダーに写った犯人がそっちの方に逃げた、というだけで侑さんを疑ったりはしないはずだ。
わたしたち一般人には分からない、何らかの決定的証拠を掴んでるのかもしれない。それはいったい何だろう?
それを、覆すだけの証拠なんて・・・見つけることができるんだろうか? ただの一般人のわたしたちに・・・。
バスに乗っている間中、わたしの頭の中では決定力のない推理と不安が繰り返されていた。
バスから降りて、わたしたちは昨日警察が封鎖していたあの交差点にやってきた。
小森さんの家の前に、何人かのマスコミ関係者らしい人たちがカメラを持ってたむろしていた。
わたしは、なんだか腹の中から怒りのようなものが込み上げてきたが、だからといってできることがあるわけでもなかった。
輝子先生は、というと、交差点の真ん中に立ち止まってあたりを見回していたが、やがてまたもと来た道の方に戻り始めた。
わたしは慌てて先生の後に続く。
「どこへ行くんです? 先生。」
「うん・・・。」
先生は曖昧な返事をして、むつかしい顔のまま先に行き、最初に小森さんの家を訪ねた時に曲がったT字の交差点のところまで来て、また立ち止まった。
やはり、あたりを眺め回している。
何をしているのだろう?
輝子先生はまた歩き出した。
最初に小森さんの家にアクセスするためにわたしたちが通った『回り道』だ。その道を今日は、あちこち眺め回したり、しゃがみ込んでみたりしながら、ゆるゆると歩いてゆく。
そうして道の中ほどまで来たあたりで、ふう、と息を吐いて天を仰いだ。先生は浮かない表情をしている。
何も見つからないんだろう。
そりゃそうだ。もう事件から1日経ってしまっているのだ。今ごろ道に何か落ちているわけもないし、たとえ犯人が何かを落としていったとしても、そんなものは警察が発見しているだろう。警察だって、B級探偵小説みたいに無能ってわけじゃないはずだ。
だいたい犯人はこちらの方に逃げたんじゃなく、小森さんの家の方に逃げたんだよ? その様子はドライブレコーダーにしっかり写っていた。
先生・・・。無理ですよ。
わたしだって、侑さんが犯人なわけがないと思いますけど・・・。でも、真犯人の手がかりをわたしたち捜査の素人が見つけるだなんて・・・。
わたしは悲しくなりながら、そんなことを思った。
「輪兎ちゃん。」
「はひ!?」
輝子先生から突然呼びかけられて、わたしはビビった。
内心を読まれたのかと思ったのだ。
「警察がなぜ侑さんを容疑者と考えたのか、およそのことは分かってるの。」
「え?」
しかし先生の顔は相変わらず浮かない。
「防犯カメラの映像を調べたのよ。まあ、当然の初動捜査ではあると思うけど。」
そう言って、先生はまたT字交差点のところまで戻って立ち止まった。
「あの日、帰りに周辺環境を見たよねぇ、輪兎ちゃん。」
「あ、はい。」
「わたしはそういう時、必ずどこに防犯カメラがあるかもチェックするの。建物の防犯計画を作るときの参考にするためにね。それをさっきもう一度確かめたのよ。」
「いぃい? 輪兎ちゃん。」
輝子先生はT字交差点から事件のあった交差点に向かって歩きながら、わたしに説明をしてくれた。
「このT字交差点と事件のあった十字路の近辺には、今歩いてるこの道も含めて、防犯カメラの死角になってるのよ。つまり、ドライブレコーダーの映像がなければ、犯人はどっちへ逃げたかも分からなかったはずなの。そして・・・」
と、十字路に立って小森さんの家の方を指差した。
「小森さんの家の東側のあのマンションの玄関には防犯カメラがあった。それはあの日にわたしが確認してる。おそらく・・・」
輝子先生は浮かない顔のまま、また、ふう、っと息を吐いて続きを話した。
「ドライブレコーダーに逃走する姿が写っている犯人は、マンションの玄関の防犯カメラには写っていなかったんでしょう。」
そこから先は、わたしでも分かった。
ドライブレコーダーの守備範囲と、マンションの防犯カメラの守備範囲。その間の死角にあるのは・・・。
小森さんの家の玄関——。
「どうしよう?」
輝子先生は、小森さんの自宅前にたむろするマスコミ関係者らしき人たちを遠目で眺めながら、困った顔をした。
先生が困った顔をしたところ、というのをわたしはあまり見たことがない。
でも今回だけは、輝子先生は困った顔をしている。
「これは警察の思い込みによる冤罪よ。それは分かってる。真犯人の逃走経路も・・・。」
えっ?
「問題は、それを証明する決定的な証拠が、今のところ見つからないってことなの。」