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2 リフォーム依頼

 新しく依頼が入った小森さんの家は、バスで10分ほどのところだった。

「このところ、リフォームの相談多いですね。」

「リフォームは大変だけど、面白いでしょお。今あるモノを活かすのは、環境への負荷も減らせるしねぇ。」


 聞いている住所はバス停から徒歩5分くらいの距離だったが、そのすぐ近くまで来ると閑静な住宅地の4つ辻にパトカーの赤色灯が光っていた。

 大勢の警察官がいて、交差点の道路上に何人もがしゃがみ込み、標識みたいなものがいくつも置いてある。

 黄色いテープのようなものが張られていて、交差点は通行止めになっていた。


「何かあったんですか?」

 この交差点を左に曲がってすぐのところが、目指す小森さんのお宅のはずだ。

「ちょっと事件がありまして。申し訳ありませんが、迂回してください。」


 わたしたちは1本手前の道を曲がって、回り込むようにして反対側から小森さんのお宅にアクセスすることになった。


 小森さんの家は東側にやや築年数の古そうな5階建てのマンションがあって、午前中の日当たりが悪そうだった。

 西側には工場か倉庫みたいなガルバリウム鋼板のグレーの2階建てがくっついて建っていて、住宅は挟まれたような感じで建っている。

 南に猫の額のような庭があったが、それがかえって住宅を奥に引っ込めたような形になって、両側の無機質な建物に挟まれた感じを強調していた。


「日当たりの確保が最初の課題になるのかなぁ。」

 輝子先生は、古い2階建て住宅を眺めながら、ほにゃ、とした顔で呟いた。

「まあ、南向きではあるけど・・・。」


 インターホンを押すと中年の女性が出てきた。

 庶民的な雰囲気で、いかにも主婦といった雰囲気の人だ。

「御堂寺設計工房の御堂寺です。」

 わたしも一緒にお辞儀する。

「ああ、こんにちは。よくいらしてくださいました。どうぞどうぞ、中にお入りください。今日は主人も同席したかったんですけど、仕事が休めなくて。」


 ああ、ご主人はあまり家には興味ないのかな? とわたしは推理した。


「一度リフォームか何かしてます?」

 輝子先生は玄関で靴を脱ぎながら、奥様の裕美ひろみさんに訊いた。

「え・・・ええ。ちょっと南の居間を・・・」

 裕美さんがちょっとびっくりして答える。

 私も少し驚いた。輝子先生、なんで外から見ただけで分かるの?


「南側の壁が少ないもので。以前あった壁を抜いたかなぁ、と。」

「ああ、ええ、そうです。東側にビルが建っちゃってから、日当たりが悪くなっちゃったものですから・・・。窓を大きくしてもらったんです。」

「耐震強度、足りてませんよぉ。たぶん。」

 輝子先生が、ほにゃ、とした顔で言う。

「もう一度、壁、ちゃんと作った方がいいと思いますわぁ。」

「また窓小さくしないといけませんか?」

「安全第一ですものぉ。でも、部屋の明るさって窓の大きさだけで出るものでもないんですのよ。」


 輝子先生の言うことは、今ならわたしにも分かる。ついこのあいだ、商店街の店舗の入り口が暗いという相談に、なんと窓を半分塞いで明るい印象にした実績があるもの。

 でもあれは、先生のアイデアが形になるまでわたしも半信半疑だったけど・・・。人間の目の錯覚って面白い。


 わたしたちは小森さんの家の中を見せてもらいながら、日ごろ問題に感じていることや要望なんかを聞いた。

 やはり裕美さんはキッチンが使いにくいことを何とかしたいようだった。特に、分別ゴミの置き場がないことが不満のようだった。


「階段がちょっと急でしてね。もう少し緩いと年取ってからも安心なんですけど。あと、けっこう2階の音が下に聞こえますね。」

 たしかに、昔の建売にありがちな急な階段だった。

「気をつけてくださいね。」

 先に登りながら裕美さんがわたしたちを気遣う。

「大丈夫ですよぉ。現場の足場はもっと急ですからぁ。」

 いや、それ、比較するものですか? (^^;)


たすくぅ。開けていい? 建築家の先生がみえてるの。」

 裕美さんが個室の扉を、コンコンとノックする。扉は引き戸だ。

「いいよぉ。」

と中から声がした。

 裕美さんが引き戸をガラガラと開けると、大学生くらいの男の子がTVモニターでゲームをしていた。

 コントローラーを持ったままこちらをチラと見て、無言で小さく頭を下げる。


「壁の1面を板張りにしてほしいんだったよね?」

 先に話し合っていたらしい。裕美さんが確認するように言うと、ひょこっと顎を突き出すようにして侑さんはうなずいた。

「どの面にするかは先生にお任せします。」

 裕美さんはそう言って、またガラガラと引き戸を閉めた。


 隣の個室の引き戸はノックせずに開ける。中には誰もいなかった。

「こっちは妹の由宇の部屋です。今は学校に行ってまして。高校生です。」

 ぬいぐるみがベッドの上に2つ置いてあって、壁にはアニメキャラのポスターみたいなものが何枚か貼ってある。

「由宇もポスターなんかが貼れるように、板の壁がほしいそうです。それと、おしゃれにして、って。」

 そう言って、裕美さんがちょっと笑う。


「それ、いちばん難しいわぁ。」

 輝子先生でも、難しいことあるんですね。

「娘さんの好きな写真をいくつか用意して見せてくださいな。それと、娘さんとも一度お話しさせていただけます? できればご主人とも。」


 これは輝子先生のいつものやり方だ。

 必ず家族全員と顔を合わせてから設計に取りかかる。


「あとは日当たりですねぇ。」

 裕美さんが少し困ったような顔で言う。

「2階はまずまずいいんですけどねぇ。居間がやっぱり・・・。」

「やっぱり、それですねぇ。」

「西の工場はもう使ってないので、ただの物置なんで壊せばいいんですけど・・・。でも、西陽ばっかり当たるのもねぇ・・・。」

 そうか。あれは小森さんの持ち物なのか——。だったら、なんとかなるかもしれないな。



 その日の打ち合わせは、ざっとそんなところだった。


 小森さんのお宅を出ると、輝子先生はすぐには帰らず、しばらく前の道で腕組みをして家を眺めていた。

 たぶん、日照をどう採るかを考えているのだろう。


 それから敷地境界を確かめるように、隣地との境界部分を確認した。

「あれ?」

 先生が、ふと声に出す。

「どうかしました? 先生。」

「ん? ううん。別に・・・」

 わたしの問いかけに先生は曖昧に微笑んで、別のことを言った。

「さて、周辺を歩いて環境を確認して帰ろう。輪兎ちゃん。」


 設計をするときには、輝子先生は必ずその敷地の周辺の街並みを歩いて確認する。

 建物は単体で存在しないから——というのがその理由だった。周りの環境の中で、形を考えてゆくのが輝子先生流だった。

 それは、リフォームといえど変わらない。

 交差点のパトカーは、もういなくなっていた。



「さあって。予算がどのくらい取れるかなぁ?」

 事務所(自宅?)に帰ってカモミールティーでひと息つきながら、輝子先生はちょっと眉を下げた。

「奥さん、何も言ってなかったもんねー。たぶん、ご主人がそのへん握ってるんでしょうねぇ。」

「そうですね。そういえば、予算のこと何も言ってませんでしたね。」

「でもお金はまあまあ、ありそうだった・・・。輪兎ちゃん!」

 先生は身を乗り出した。

「うんといいプラン作って、予算引っ張り出すわよぉ!」

 ・・・・・・・(^^;)


「それと・・・、あの子のことも考えてあげないとね。外に出るきっかけをつかみやすいように。」

「引きこもり、って言ってましたね。裕美さん。」

「2年くらい外に出てないって言ってたわよねぇえ。ただ・・・、わたしの見たところ、だけど・・・あの子、発達障害も持ってるんじゃないかしらぁ・・・。」


 そんな話をして、夕食を手抜きする支度をしてから、輝子先生は机に向かってすごい集中力でスケッチをやり始めた。

 わたしも考えるように言われてスケッチを始めてはみたけど、そもそもわたしには解決すべき課題が何なのかもよく分かっていない・・・。


 そうしてその日は暮れたのだ。

 まさか、翌日そんな電話が入るとは想像もできずに・・・。



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