10 刑事 × 建築家 + おまわりさん
「蜂辺刑事は防犯カメラに写ったワンボックスの——やっぱりワンボックスだったそうよ——映像も確認したって。ナンバーも写ってたから、そっちのセンも捜査は始めたそうだけど・・・」
輝子先生はちょっと言葉を切った。
「スタンガンのこともあって、そのセンもまだ消せないから侑さんを帰すわけにはいかないって・・・部長が言うらしいの・・・。蜂辺刑事はかなり一生懸命話してくれたらしいんだけど。」
「それって、メンツじゃないんですか? 発表しちゃったから。」
「それもあるわねぇ。きっと・・・。」
真犯人が見つかるまで、侑さんも拘束されたままなんだろうか?
「任意なんでしょ?」
「尾和利さんの話では、侑さん、帰ったらもう聴取に応じないって言っちゃったらしいの。それでなんでもいいから勾留理由を見つけようとして、家宅捜索にも踏み切ったみたい。佐藤刑事っていう人がかなり強引らしいのよぉ。」
翌日わたしが御堂寺設計工房に出勤すると、輝子先生はティーカップを4つ用意してお茶の準備をしていた。
「おはようございます。」
4つ? と思いながらわたしが挨拶すると、輝子先生はちょっと情けなさそうな顔で、ほにゃ、と笑った。
「おはよう、輪兎ちゃん。蜂辺さんと尾和利さんが、もうすぐ来るって。」
「え? ここに、ですか?」
「うん。2人とも、侑さんの拘束をすぐに解くことができなかったことに責任感じちゃってるみたいで・・・。」
そう言って輝子先生はまた、ほにゃ、とした苦笑いを見せる。
「蜂辺さんは、何かアドヴァイスを欲しがってるみたい・・・。」
それは、すごい。——とわたしは思う。
だって、本職の刑事が意見を聞きに来るんだよ?
もう、すっかり『名探偵』じゃないですか。
「でも、わたしだってあれ以上何もないわよぉ。まあ、捜査の状況が分かれば、何か思いつくことがあるかもしれないけどぉ・・・。」
「スタンガン、持ってたんですか? 侑さん・・・。」
わたしは先生に、いちばん気になっていたことを訊いてみる。
「うん。詳しい状況は2人が来てから話してくれると思うけどぉ・・・。」
9時少し前に玄関のインタホンの音がして、蜂辺刑事と尾和利さんが一緒にやってきた。
「面目ないです。あれほどのヒントをいただいておきながら、侑さんをすぐ帰すことができなくて・・・。」
蜂辺刑事が本当に申し訳なさそうに、深々と頭を下げた。尾和利さんも一緒に頭を下げる。尾和利さんはすごく口惜しそうな顔をしている。
「今日は若い刑事さんは一緒じゃないんですのね。」
どうせまたあいつは部長の側についたんだろう。とわたしは思ったが、それは邪推だった。
「日寄見には、白っぽいワンボックスの方を追わせてます。とにかく、そっちのガラを押さえなきゃ、上は侑さんを放してくれなさそうなんで・・・。」
蜂辺刑事も口惜しそうな表情をする。
「とりあえず、玄関では何ですから、お上がりくださいなぁ。」
輝子先生が2人を打ち合わせテーブルに案内している間に、わたしはいつものカモミールティーを淹れるためにミニキッチンへ行った。
今日は4人だから茶葉も2倍、ポットに注ぐお湯もいつもの2倍。輝子先生は、きっちりここまで準備しておいてくれている。
ポットを持って打ち合わせテーブル(元はダイニングテーブル)のところまで行くと、蜂辺刑事が相変わらず口惜しそうな顔で、ぼそりと呟くように言葉を発したところだった。
「絶対メンツなんだ、あんなの——。ガサ入れまでやっちまったから・・・。誰が考えたって、白いワンボックスの方が有力に決まってる・・・。」
わたしがカップにお茶を注ぐと、それが合図だったみたいに蜂辺刑事は話し出した。
「先生のご意見がお聞きしたくて、尾和さんに無理を言ったんです。何かいいアドバイスが頂ければ——と。多少捜査情報を漏らすことにはなりますが、そんなもん、クソ喰らえだ。先生は、佐藤や部長みたいに不用意にマスコミにリークしたりしないでしょ?」
か・・・かなりヘソ曲げてるな、この人・・・。(^^;)
「わたしみたいな素人に何か分かることがあれば、ですが・・・。」
「ご謙遜。昨日の推理は、まるでシャーロック・ホームズか、エルキュール・ポワロだった。」
それから蜂辺刑事は、現時点で分かっていることを大まかに説明してくれた。
まず、白いワンボックスは東に逃げたあと、2つ目の交差点で北に曲がり、大通りまで出てさらに東に走ったこと。
そこから先は足で稼いで、防犯カメラの映像をチェックさせてもらう地道な捜査になっているから時間がかかること。
ナンバーから持ち主は特定できたが、盗難届が出ていたこと。
そして侑さんに関しては、家宅捜索で見つかった侑さんに不利な『証拠』について。
見つかったのは、濃紺のフード付きパーカー、ネットで購入したと本人が供述したスタンガン、スマホにパスワードがかかって保存されていたエロ動画・・・など。
輝子先生は、最後のところを聞いて「ぷふっ」と笑った。
「健康な若い男子ですのねぇ。ちょっと安心したわぁ。」
「いや、笑い事じゃないです。佐藤刑事なんかは、それも傍証だと考えてるんですよ。」
蜂辺刑事は苦虫を噛みつぶしたような顔で言った。
「被害女性の写真はありました?」
「いや・・・。それはまだ見つかってないです。」
「でしょうねぇ。見つかりませんわよぉ、たぶん。それがなければ決定打にはなりませんわぁ。——被害女性は? 何か言ってないんですか?」
蜂辺刑事は、ふうぅ、と息を吐いた。
「未だ意識不明のままです。」
「そう・・・。」
輝子先生はそれだけを言うと、しばらく両手を合わせて何かを考えているように中空を見据えていた。
「スタンガンはなぜ持ってたのかしら? 外に出ることもないのに・・・。」
この質問には蜂辺刑事が答えた。
「中学の時に買ったそうです。いじめを受けてたんで・・・。実際に使ったことはないそうですが。一応、話の辻褄は合ってんです。ただ・・・」
と蜂辺刑事は眉を寄せた。
「再度確認しようとすると、彼は敵対的な目をして黙っちまうんです。」
「任意から拘留に切り替えられたのは、なぜですのぉ?」
「最初の日にあいつ、佐藤刑事に殴りかかろうとしたらしいんですよ。もちろん、すぐ押さえられて何もできませんでしたが。それで公妨(公務執行妨害)で逮捕。その他にも中学の時にスタンガン持ち歩いてたとかで、軽犯罪で逮捕。まあ、書類のための半分以上でっち上げですよ。」
蜂辺刑事が吐き捨てるみたいに言う。
「佐藤のあのやり方見てたら、俺でもぶん殴りたくなる。」
「部長もさすがに佐藤が暴走してると思い始めてるようですがね・・・。マズいことに白いワンボックスの情報の直前に、記者発表しちまってるもんだから・・・。そっちがある程度形になって見えてこないと、引っ込みがつかなくなってんですよ。」
そう言って、蜂辺刑事はなんとも居心地悪そうな顔をした。
「要するに、メンツですな——。」
「むーん・・・・」
と先生は手のひらを合わせた。
「じゃあ、侑さんの早期救出のためには、侑さんが犯人ではないっていう決定的な証拠を見つけるしかないのね・・・。」
「そんなもん、あるんでしょうか? ガサ入れまでやったのに・・・。」
蜂辺刑事が輝子先生にすがるような目を向ける。
輝子先生はテーブルに肘をついて手のひらを合わせたまま、じっと宙を見据えていたが、突然、あっ、という表情で目を見開いた。
「侑さんは、毎日同じ時間に通る被害女性を窓から見ていて犯行に及んだ——って『自供』したんですよね?」
「え・・・ええ、そうです。でもそれは、先生が昨日言われたようにほぼ佐藤の誘導だと思いますし、だいたい『自供』しちゃってるんですから不利な証拠ですよ?」
しかし、輝子先生はそれを聞いても目を輝かせたまま、自信たっぷりの微笑を見せて蜂辺刑事を見た。
「建築家——特に住宅をやっている建築家には、空間に関するかなりシビアな寸法感覚があるんですのよ。」
輝子先生が突然あさっての方向みたいなことを言い出したので、わたしも含めてその場にいた3人が思わず怪訝な顔をしてしまった。
「私の記憶が正しければ、侑さんの部屋に行けばその証拠があるはずです。侑さんは犯人ではあり得ない、という——。」