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世界で二番目に強い猫と女の子  作者: ひなたひより
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第5話 問題の女の子

 トラオから話を聞いて、情報収集係を買って出た恭子は、山田風香が二宮君に好かれているどころか嫌われていることを知った。

 見事に泥沼に片足を突っ込んでしまったことに気付いた恭子は、憂鬱な気分をミースケと持ち帰ったのだった。


 そして、そこそこ晴れた土曜日の午後。

 本当はもう手を引きたかったが、トラオに泣きつかれて、恭子は今、神社の境内で山田風香が現れるのを待っていた。

 二匹の猫と共に、大体風香が現れるであろう時間になるまで待っていると、睨んでいたとおり、風香は姿を現した。

 恭子はミースケと先日練っておいた計画どおり、風香よりも先に社殿に向かうと、賽銭を入れ、鈴をガラガラと鳴らして、わざと願い事を聴こえるように口にした。


「どうかこの恋が実りますように」


 ミースケを抱いたまま深く一礼して振り返ると、案の定、少し後ろにいた風香は、恭子のことをガン見していた。


「あっ、ごめんね。今場所を譲るね」


 猫を抱いたまま場所を譲ってくれた年上のお姉さんに、風香は注目したまま少しだけ会釈した。

 そして今日も風香は、賽銭を入れずに鈴をガラガラと鳴らし、しっかりとお願いする。


「どうか二宮君が振り向いてくれますように」


 切実にそう言った女の子に、恭子はちょっとキュンとなったような表情を見せた。

 そして手を合わせ終えた女の子に、恭子は優しく笑顔を作って話しかけた。


「もしかして恋の悩み?」

「うん。おねえさんもだよね」

「あ、聴こえてた? 実はそうなの」


 よし。餌にかかった。ここまではシナリオどおりだ。


 ミースケと恭子の立てた計画。名付けて「謎の美少女との共感作戦」は乙女の心理をうまく利用した隙の無い作戦だった。

 まず謎めいた美少女? (恭子)が目の前に現れ恋の成就を願う。

 当然風香は今まさに関心のある恋というものに食い付いてくる。

 そして魅力的な笑顔で語りかけてきた謎の美少女に、はからずとも胸の内を打ち明けてしまうわけだ。

 おまけに猫を抱いて心の垣根を取り除いているので、自然と仲良くなっちゃうのだ。

 二宮君に好かれていない状況を打開するには、風香の意識をどうにかするしかない。

 わざわざ嫌われるような行動をとってしまっている風香の意識を変えてやり、男の子に好かれるような気遣いの出来る女の子になれるよう、恭子が導いてやる。それが苦し紛れに絞り出した今回の作戦だった。

 的確なアドバイスで二宮君との仲を改善し、今後も偶然を装ってここに来て、進展を聞いてやる。一粒で二度おいしい、気の利いた作戦だった。


「お姉さんの猫?」

「うん。ミースケっていうの。時々こうして散歩してるの」

「いいなー。うち、猫駄目なんだ。団地だから」

「そうなんだ。良かったら抱いてみる?」

「いいの? やった」


 計画どおりだ。猫好きの女の子にはたまらない餌だろう。

 風香はあまり慣れていない手つきでミースケを抱き上げると、嬉しそうに頬ずりした。


「私は片瀬恭子っていうの。良かったらお名前聞かせてくれる?」

「山田風香。つばめ台小学校二年生です」

「風香ちゃんかー。いい名前だね」

「お姉ちゃんの名前は普通だね」


 なかなか素直に返されて、恭子は一瞬戸惑った。

 しかし、この年頃のチビッ子が空気を読んで気の利いた会話をする方が不自然なのだと、すぐに開き直った。


「ハハハ、まあ普通だよね。ありがちな名前だと自分でも思ってるし」

「うん。でも気にしなくてもいいよ」


 なんだかちょっと小憎たらしい気がしてきた。


「ええと、風香ちゃんは猫好きみたいだね」

「好き。お姉さんの猫、柔らかくって気持ちいい。それとちょっといい匂いもする」

「シャンプーの匂いかな。週一回だけどお風呂に入れてるの」

「お姉さんと一緒に入ってるの?」

「そうよ。私が洗ってあげてるの」

「いいなー。風香もやってみたいなー」


 しばらく猫に関する雑談をしたあと、恭子は本題である二宮君のことを切りだした。


「さっき聴こえちゃったんだけど、二宮君って風香ちゃんのお友達?」

「ううん、一応彼氏だよ」

「えっ! 彼氏なの!」


 おかしい。どう見たってそんな感じではない。恋愛関係どころか友達同士にすら見えない。


「えっと? 一応確認しておくけど、彼氏ってことは、相手も好きってことだよね」

「うん。まあそんな感じ……」


 思い込み? いや見栄を張っているだけか? どうも根本的に何かおかしいようだ。


「つまりは付き合っているということよね。告白したりされたりしたのかな?」

「うん。年中さんの時、保育園の砂場で私から付き合ってって告白したの。そしたら二宮君は、いいよって言ってくれた」

「へー」


 何だか少し話が見えてきた。

 年中さんといえば四歳か五歳だ。付き合っての意味を二宮君はきっと理解してなかった。彼氏だと思い込んでいるのは風香だけで、当人は欠片も思っていないのではないだろうか。


「話を戻すけど、風香ちゃんの彼氏の二宮君はもうすぐ引っ越すんだよね」

「あれ? お姉さんに引っ越しのこと言ったっけ?」

「えっと、何だかそんな気がしたのよ。私こう見えて勘が鋭い方なのよ。はははは」


 マズい。見事に地雷を踏んでしまった。


「フーン。まあお姉さんの言うとおり、来週の日曜日に引っ越しするんだ」

「離れ離れになるって、きっと嫌だよね」

「そりゃもう、あり得ないわ。だからこうして毎日神様にお願いしてるのよ。お姉さんの願いは行動次第で何とかなりそうだけど、あたしのは、そんな単純な問題じゃないのよ」

「そ、そうよね。けっこう深刻な問題だよね」


 ちょっと上から見られてる。恭子はそろそろ帰りたくなってきていた。

 そこをグッとこらえて、色々聞いていくと、ようやくその全貌が見えてきた。

 今から十日ほど前に、風香は母親から同じ団地に住む二宮君が引っ越すことを聞かされた。

 風香の話だと、二宮君はイケメンなうえシャイな性格らしい。

 そのシャイな性格の二宮君は、風香が言うには、別れが辛くて自分から引っ越しの話を出来なかったのだそうだ。

 母親から話を聞いた積極的な性格の風香は、早速二宮君を問い詰めた。

 すると、母親から聞いた通りの返事が返ってきて、風香は途方に暮れたそうだ。

 そして引っ越しをやめて欲しいと二宮君の両親に直談判しに行った結果、相手にしてもらえず唾を吐いて帰って来たのだという。

 そして全くいい考えが思いつかず、こうして神頼みをしにここへ通い始めたのだった。


「引っ越しの当日大騒ぎして邪魔してやろうかしら……」


 どうやらミースケとトラオに近い思考回路みたいだ。

 なんだか怖い人だった。


「あ、あのさ、その二宮君ってどの辺に引っ越すのかな?」

「綾南市、かさぎ台三丁目、五十四番地の一戸建てだよ」

「詳しっ! え、でもそれって隣町でしょ。会いたくなったら会いに行けない距離でもないと思うけど」

「無責任なこと言わないで!」


 突然声を荒げた風香に、恭子はビクッとなった。


「二宮君はイケメンなの。今はあたしが目を光らせているからいいけど、別々の学校になったら変なのが寄ってくるかもしれないじゃない」

「いや、彼を信用してあげなよ。きっと大丈夫だって」

「あのね、二宮君はホントモテ顔なの。だけど性格が大人しいからズカズカ割り込んでくる図々しいどっかのブスに迫られて、押し切られるかもしれないのよ」


 なかなか生々しい発想だ。今時の小学生を舐めてたわ。


 聞いてくれる相手ができたからか、風香はさらなるエピソードを語り始めた。


「実際、最近になって、お邪魔虫が現れてさ」

「お邪魔虫?」

「いっこ上のブスなんだけど、やたらと二宮君にベタベタしてくるのよ。二宮君もなんだかあいつと仲良くしだしてさ」


 トラオの言っていた可愛いポニーテールのことを言っているのだろう。

 ブスと言い切った風香は、なかなか図太い神経をしていた。


「それにさ、最近ずっとあたしと口きいてくれなくって。ちょっと心配でさ」

「そうなんだ。何か思い当たることとかない?」

「泥団子、投げた……」

「それは良くないよね」

「だって二人で仲良くしていたから、頭に来たんだもん。あと、あのブスの頭にカマキリ乗っけてやった。それから泥んこの手で、二宮君のTシャツに手形つけてやった。ランドセルの中に私の写真も入れたし、遠足の時、二宮君のジャイアントコーンとあたしのうまい棒をこっそり交換した」


 完全にやらかしていた。

 この調子なら、他にも余罪が色々ありそうだ。


「あのね、カッとなって突っ走るのは良くないよ。それよりも相手にわかるように気持ちを伝えようよ」

「わかるように?」


 よし食いついてきた。ここからがお姉さんのレッスンの始まりよ。


「例えば風香ちゃんが二宮君にして欲しいことって何がある?」

「うーんとね、一緒に遊んだり、お喋りしたり、手を繋いだりしたい」

「じゃあ、まずはそのことを素直に伝えたら? 仲良くしたいって伝えるのが一番だと思うよ」


 想ってるだけでは駄目なのよ。相手にわかりやすく伝えてあげないとね。


「じゃあ、お姉さんは伝えたわけ?」

「え?」

「いや、お姉さんの成功体験からアドバイスしてくれてるのかなって」

「いや、私はまだっていうか何というか……」


 痛恨のツッコミだった。しどろもどろになってしまったのを風香は見逃がさない。


「それならお姉さんがまず実践しないとね。こんな所で願っているだけじゃ駄目だよ」

「そ、そうね……」

「ちゃんと想いを伝えるよう行動しないといけないのは、お姉さんの方なんじゃない?」

「はい……おっしゃるとおりです」


 なかなか的を射たアドバイスだ。

 いつの間にか主導権を奪われてしまっていた恭子は、ここへ何しに来たのかをしばらくの間、完全に忘れてしまっていた。

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