華胥の夢
生きる意味なんてない。
刹那的に、衝動的にその日を生きて、いつもの時間に寝て、いつもの毎日が同じ時間に始まるだけ。
私の顔が凍りついたあの日から、パパとママが死んじゃったあの日から、ずっとそう。死ぬまでずっと、何も変わらない。
そう思ってた。リンネに出会うまで。
「あ、レーナお姉ちゃんもうログインしてたんだ。おはよう~」
「ん、おはよ」
最初にリンネと出会った時、何かが始まる予感がした。私の中で凍りついた何かが動いたような、強烈なトキメキを感じた。
でも、気のせいだと思った。私の顔はいつもの表情のまま。凍りついて、動かない。可愛げのない、無表情な顔。
違う。気のせいだと思いたかっただけ。いつもの日常が終わる、退屈な日々が終わるのを、なぜかそんなことを恐れていただけ。でも、リンネは私の気持ちなんてお構い無しに、私達を大きな渦の中に巻き込んでいった。
それが、堪らなく嬉しかった。くだらない私の、くだらない毎日を。消耗するだけの日々を終わらせてくれたことが、とっても嬉しかった。
「…………リンネ」
「ん? どうしたの?」
「私がお姉ちゃんだなんて、気持ち悪くない?」
「え!? どうしてそんなこと言うの!? こんなに可愛くて最高のお姉ちゃん、世界中探しても何処にも居ないよ!? 最高だよ!?」
「…………そう。うん、良かった。私も、リンネが妹で良かった」
「そう!? むしろお姉ちゃんは可愛いのに、妹の様子がおかしいって言われるほうが心苦しいよ~」
「そんなことない。世界で一番可愛い妹」
「えっへへへ……ふへ……」
私はリンネと同じ遺伝子を持つ、腹違い……。ううん、試験管違いの姉。パパとママと、その他大勢のエゴによって作られた、異常な生命体。
それを知ったのは、家族で日本に旅行へ行った日の飛行機墜落事故が原因。私だけ生き残って、その時に見せた異常な身体機能の回復能力が原因。骨折がたったの1週間で治り、再起不能と言われた臓器が自然治癒し、脳の損傷さえも回復した。その時、私はバケモノなんだって気がついた。診断結果を見る前に、確信した。
世界でたった1人、生き残ったバケモノ。人の形をしたナニカ。本当に人間として暮らしていて良いのか、わからなくなった。そう思い始めてから、私の表情は一切動かなくなって、歳も取らなくなった。それがますます、自分がバケモノなんだっていう自覚に繋がった。
「今日の服、ナオミちゃんが作った服だね」
「あ、そうなんです! さすがレーナちゃんの娘って感じの、今風なイケイケ感が出ててこれはこれで好きなんです!」
「私の服、キライ? ダサい?」
「な゛ん゛て゛そ゛ん゛な゛こ゛と゛い゛う゛の゛ぉ゛ぉ゛ぉ゛お゛お゛お゛お゛お゛!!」
「はわわわ……。お婆ちゃんなんだから、そんなに揺すらないで~」
「見た目が15歳ぐらいのお婆ちゃんなんだから大丈夫でしょぉ!!」
「はわわわわわ……」
時折、私は夢の中に居るんじゃないかって思う時がある。実はあの飛行機事故で私は死んでいて、これは私が見ている都合の良い夢なんじゃないかって。自分がおかしいのを他のなにかのせいにして、ただただ自分を庇っているだけで、慰めに見ている甘くて長い夢なんじゃないかって。そうじゃなかったら、リンネみたいな都合の良い妹が居るはずがない。
私を支えてくれる、私を肯定してくれる、私と同じように誰かのエゴで作られた、異常な生命体が……こんなに居るはずがない。みんな、みんな夢なんだ。いつか眠りから目が覚めて、実は脳だけ生きている植物人間が私なんじゃないかって、怖くなる。だから、刹那的に生きてきた。それでも私が生きていたという痕跡を残したくて、いろんな服を作った。ロリポップクラッシュなんて会社まで立ち上げて、今ではこの業界でトップブランドにまで成長して…………。こんなに都合が良いはずない。全部、全部夢。
「…………リンネって、本当に居る?」
「リアルで何回も会ってるのに!?」
「私、今この瞬間も、実は夢の中に居るんじゃないかって。ずっと思ってる。ずっと不安で、ずっと、ずーっと怖い」
「夢でも良いじゃない!」
「えっ……?」
「夢でも、良い夢だったな~って! 起きた時に、この夢を現実のものにすれば! もしも本当にこれがレーナちゃんの夢で、何もかもが偽りだったとしても、私はまたレーナちゃんに出会って、お姉ちゃんって呼びたい!! それがまた夢だったとしても、また出会いたい!! 私は、レーナお姉ちゃんが大好きだから」
「…………」
どうしよう、顔が。今だけは、いつもの顔じゃない気がする。
「私だって、随分昔に記憶喪失になって、今のこの世界はもしかしたら、私が見ている都合の良い世界なのかも? って思うことがあったよ。多分ね、真弓もそう思ってる。私達はあのスキー合宿の日の事故で、本当は植物人間になってしまって、これはその日から見続けている泡沫の夢なんじゃないかって」
「怖くないの?」
「怖いですよ。でも、だったらその夢から覚めたら、現実にしてやろうって! 事故に遭う前の世界でもあれだけ技術が発達してたんですし、脳だけになったとしてもきっと新しい体で動ける! 真弓はお嬢様だし、絶対誰かがそうして助けてくれる。これが泡沫の夢だとしても、よい夢なんですから! だったらこれを現実にしないと。なんたってこのギルドの名前は、華胥の夢なんですからね!!」
「…………うん。ありがとう、あり、がと」
「どういたしまして。はい、ハンカチ」
「胸が良い……」
「ナオミちゃんの服が鼻水でべちょべちょになるじゃないですか~!!」
「するもん。娘のデザインのふぐぅ、べちょべちょにするぅ~……」
「酷いママだ~!」
そっか、泡沫の夢でも良いんだ。
もしかしたら、今日寝て起きたら覚めてしまう泡沫の夢だったとしても、これはよい夢なのだから。
もしも、本当にそうだったとしても……。私は華胥の夢のギルドメンバーなんだから。今見ているこのよい夢を、現実にすれば良いだけのことなんだ。
本当に、リンネが妹で良かった。もしも、次に目が覚めて全てが夢幻だったとしても………。また、私の妹になってね。その時はまた、一緒に遊ぼうね……。ずっと、ずっと一緒だよ。
「…………? レーナちゃん?」
「…………すぅ…………」
「あれ、寝ちゃった……?」
『わう~……――――(昨日珍しく夜更かししてたのよ~……――――)』
おやすみ、私の大好きな世界。
あ、死んでませんよ。ガチで夜更かしし過ぎて寝ただけです。まだまだガキンチョなんでね、このお姉ちゃん!
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