565 神々の黄昏・1
「地獄道と同盟ギルドが全員不在……? どこかのダンジョンに行ってるわけじゃないのか?」
「30分前ぐらいから、一斉に全員ログアウトしてるって。確定情報じゃないけど、どこかでオフ会やってるらしくって、ちょうどお昼だし昼食会でもしてるんじゃないかって!」
「つまり今この瞬間は、横槍が入らない完全フリーってことか!!」
「そうよ! 絶対チャンスだって!!」
我々は、もはや掲示板で名前すら上がらない忘れ去られた冒険者……いや、造反者達。最初期に参加してくれていたメンバーは殆ど残っていないが、勢力は日に日に拡大し続けている。
ウォーバニー族、オーガ族、オーク族、ゴブリン族、ハルピュイア族……。その他合わせて17部族が打倒メルティスを掲げ結束したのが、我々造反者達だ。
『トムトム、やるのか! 我々はいつでもやれる。お前次第だ』
『勇敢なるオーガの族長であるオーゲストがやると言うのなら、俺達もやらねば』
『そうかやるのか』
『ハルピュイアの族長、シシリーヤに籠を準備して貰おう』
「いや、待ってくれ。まずは情報の裏取りをしてから……」
『千載一遇の機会、逃すわけにはいかないぞ』
「そうだよ! 幸運の女神に後ろ髪はないって言うし!」
魔族は人間以下、魔物に近い獣人族は畜生以下。世界を牛耳るメルティス教のこの教えは絶対で、彼らは長い間迫害され続けていた。
彼らにも文明があり、暮らしがあり、喜怒哀楽の感情があり、他者を尊重する心がある。人間よりも人間らしく、逞しく直向きに生きている……。今まで迫害に耐え続けてきた彼らの闘争心に火をつけたのは、俺達だ……。俺とグレア、造反者達がここへと導いた。
我々は今や総兵力2000人を超える武装集団、メルティスの軍勢には程遠いかもしれないが……。掲示板で得ていたトロイの情報によれば、攻略推奨レベルは500程度。今の俺達のレベルからすれば問題なく攻略できるだろう。レベル不詳のボスがいるようだが、それもこのゲームではよくあること。レイドボスなんだから集団で倒すことを想定されているから、その分レベルは非常に高く設定されている。2000人もいれば、ボスに辿り着くまでには1割……いや、その半分だとしても100人はボス戦に挑めるはず。
こちらへ甚大な被害が出る戦いになるだろうが、トロイを攻略出来ればそれ以上の見返りがある。メルティシア法国跡地を更地にして資源を根こそぎ奪う機能や、強力な兵器の開発だって可能になるだろう。トロイを制圧した後は、バビロン陣営やメルティス陣営の都市に襲撃をしかけ、資源諸々を根こそぎ頂くのもアリだ。
なんせ、トロイを制圧しなければ俺達に起死回生の一発が、一発逆転の大チャンスが存在しない。横槍を入れてくる可能性があるのは、トッププレイヤーが大勢在籍している地獄道と同盟ギルドぐらいだ。そいつらが不在なのであれば……やれる。いや、やるしかないんだ。
「……シシリーヤに、籠を準備させてくれ! 全員、戦闘準備!! 各部族は武装して集結、籠に乗り込みトロイへ進軍! 空中要塞を制圧するぞ!!」
『やるんだな、遂に!!』
『俺達の栄光を、取り戻す日が来た!!』
「やるのよ、今日この時こそが、その瞬間なのよ!!」
『籠に乗り込め! 訓練の通りに配置に着け!!』
遂に、我々のストーリーが動き始めるんだ。メインストーリーから除外され、サブストーリー未満の扱いを受けているような我々が、大舞台に返り咲く!! 我々を忘れ去った掲示板の連中達に、造反者達の存在を思い出させてやる!!
「敵は単一目標に対しては絶大な力を持っている。だが、大多数に攻め込まれては防衛しきれない!! 各員、空中要塞に乗り込むことだけを考えろ!! 乗り込めばこちらの勝ちだ!!」
飛空艇で攻め込んだ第一陣はあっけなく撃退されたと聞く。しかし、空中戦を仕掛けて撹乱に回ったプレイヤーは倒せなかったという情報もあった。個別の相手は苦手、的を散らせば乗り込む隙は必ずある。乗り込まれたら自分達が危険だから、迎撃がそれだけ熾烈なんだ。トロイ自体にそこまでの防衛能力はなく、僚機などが強力なパターンのボスに違いない。
やるぞ……! これから、我々……造反者達のストーリーが!! 開幕するんだ!!
◆ ◆ ◆
『……マザー、魔族による大規模な侵攻が開始されました』
「規模は?」
『観測した限り、2054体の魔族がこちらへ向かってきています。有翼人種が大きな籠のようなものを足で掴み、それらで他種族の戦士を運搬しているようです』
やはり、魔族は非常に攻撃的ですね。
こちらが大人しくしていれば、数を揃えてすぐに攻撃を仕掛けてくる。天族は廃墟の都市1つを更地にしても微動だにしないというのに、どうしてこんなにも魔族は攻撃的で活発なのか……。
この攻撃も、先日自らが斥候としてやってきた黒き神、リンネの差し金? こちらの戦力を調べようとしているのでしょうか。だとしたら、恐ろしい……。彼らの命をなんだと思っているのでしょうか。
「……だからと言って、降りかかる火の粉をそのままにしておくわけにもいきませんね」
『マザー、オーダーを……』
「魔族を危険因子とみなし排除します。2054体の魔族、その全てを迎撃しなさい」
『最低限を撃退し、追い返すだけでもよろしいのでは……?』
「ネメシス、魔族は危険です。戦わねばなりません」
ああ、恐ろしい。マスターはきっと、魔族が道を踏み外した時のために、私を用意していてくださったに違いありません。そうでなければ、そうでありましょう? だって、ここにある設備や私の能力は、戦うために用意されているのですから。
『マザー……?』
「どうしましたか、ネメシス。殲滅です。1体残らず殲滅し、リンネの活動拠点である都市の1つ、ローレイへ攻撃を仕掛けます」
『……随分と、楽しそうにしていらっしゃるな、と』
「楽しそう……?」
私が? 楽しそう? 身に降りかかる火の粉を払う行為が、これから行う魔族への警告が、楽しそう……?
「私が、リンネと戦うことを心待ちにしているようだと言いたいのですか?」
『いえ、そのようなことは……』
「リンネと戦う理由が欲しかっただけだと、そう見えますか?」
そんなはずはありません。私は、天魔の戦に備えていて、度々襲撃してくる凶暴な魔族への警告として、都市を攻撃するだけのはず。両陣営の衝突に備えよとは、逆に言えば衝突させぬように私が武力介入して戦を未然に防げば良いということ。何も間違った判断はしていない。私は何も間違えていないはず。
「現に、魔族が攻撃を仕掛けてきているのですよ。魔族が攻撃的で危険なのは明らか。これを払い除け、元凶へと警告を行う。私は何も間違えていませんよ?」
『……侵略者を迎撃します』
「1体残らず撃退しなさい」
『イエス、マイマザー』
来る。きっと来る。あの黒き神が、仲間を滅ぼされた怒りか悲しみを鎌に宿し、憎悪を背負って私のところへやってくる。だからこそ、そのために死になさい。2054の命よ、魔族は危険だと私に証明するために、その命を散らしなさい。
さあ、迎撃の準備をしなければ……。きっとまた、あの飛空艇に乗って大勢でやってくる。
「ーー総員に告ぐ。黒き神が、その従者達がここへ来ます。ええ、間違いなく。全武装の使用を許可、総員……対神戦闘配置」
出迎えの準備をしなければ……。きっと私に、大きな意味を齎してくれる。そんな予感がする。