543 神木の迷宮・1
ラビリンス・オブ・レイヴスラシル。
最大20名で挑めるこのダンジョンはパーティを3分割して攻略するダンジョンで、それぞれのパーティが別の入口から入場してボスやギミックを攻略し、中央の転移ポータルを目指すダンジョンとなっている。
面白いのがプレイヤーが最低1人で入場可能なところ。私のパーティ以外はNPCで埋めてオーケーで、もしもパーティメンバーが足りなければ『ギミックだけ攻略してくれる調査隊NPC』を1人雇うことが出来る……まあ黒兎兵団の人達なんだけどね。この場合だと他のパーティが倒すはずだったボスが全部プレイヤーに回ってくるから、相当辛い攻略になるのは目に見えてる。
さて、迷宮内部がどうなっているか。まずは初期位置、ここは安全地帯になっていて『知の間』か『武の間』の部屋のポータルを選ぶことが出来るようになってる。他のパーティと連絡を取ることも出来るから、どちらを攻略するか相談することも可能。
知の間を選んだ場合はいわゆるパズル部屋、難解なパズルギミックをやらされてボスの攻略をカット出来る。アイテムの報酬は増えない代わりに、パズルギミック成功時に他のパーティへ強化バフが付与される。ただし、知の間は全体で合計2回までしか入場出来ない。
武の間はその名の通り戦闘部屋で、環境がその都度異なる部屋に転送されて、ボスも何が来るのかわからない。迷宮を彷徨っている者同士がばったりと出くわす部屋って設定みたいね。この部屋はどこかのパーティが必ず攻略しなければならなくて、しかもパズルギミックをやったパーティの数に応じてボスが増える。
「リンネ様、カーミラ様! 準備完了です!」
「オーケー。今回も最後まで気を抜かずに頑張ってね!」
「もしものことは考えず、存分にぶつかってください」
『きゃうーっ!(がんばってーっ!)』
「はい! 全力で参ります!」
つまり、他のパーティにギミックをやらせれば、うちのパーティだけがボスラッシュを楽しめるってこと! 私とカーミラさんが隠れてめーちゃんだけが表に出てボスと戦えば、経験不足なめーちゃんにハードな実戦経験を積ませられるのよ!
え、カーミラさんはやらせなくて良いのかって? いや、だって、ステータスにいつの間にか『失伝魔術』とか『月の女神の権能』とか増えてるんだもん……。多分だけど、未熟な肉体には負荷が激しいからって、再び成長するまで色々なものを封印してたんじゃないかな……。私が育ててくれるだろうって前提で、絶対そうだよこの人。でも記憶が戻ってますよねって言っても『なんのことでしょうか、ふふふっ……』って言われるのよね。絶対戻ってるよ……。
『武の間へ入場します。第2パーティと第3パーティは知の間を選択しました。ギミック攻略時、第1パーティに強化効果が付与されます。ペナルティとして武の間にボスが2体追加されます』
ところでなんでこんなハードな実戦をしてるかというと、めーちゃんの自信のなさの克服のためだったりするのよね。めーちゃんがあと一歩ってところで手が止まるのは、強敵に対しての勝利経験のなさが原因だと思ったのね。実際それは殆ど当たりで、強敵と対峙したときにいつもトドメを刺すのはメギド達や配下の兵士だったせいで、どういうタイミングで押し切れば良いのかが理解出来ていなかった。だから今が押す場面なのか、それとも引く場面なのかがわからずに手が止まってしまう。
じゃあもうそんなこと考えてないでオーバーキルしちゃいなよってことで、後先考えずに本気で戦いなさいってめーちゃんに指示を与えた。どのぐらい殴れば勝てるのか、どれだけ手札を消費したら後がなくなるのか、頭じゃなく体で理解出来るまで強敵と実戦を繰り返せばいいのよ。残ったボスは私とカーミラさんとジャンボでなんとかすればいいんだから。
『WARNING!! フィールド【市街地エリア】、ワールドボスエネミー【緋影之猛虎】【緋影御前】が選ばれました!』
『緋影御前(Lv.1200)が【殺神の権能】を発動、権能を無効化出来ないメンバーのステータスが半減!』
「うっ……!?」
あ、これはどうにもならないタイプだわ。流石に加勢しないと倒せないボスね、舐めて掛かったら全滅必至……ん?
『(リンネさん。どのような結果になったとしても、1人で戦わせるべきですよ)』
『(いやでも、絶対負けそうだし……)』
『(これからも負けそうな相手はリンネさんが全て倒してくださるのですか?)』
確かに……。めーちゃんじゃ勝てないだろうって決めつけて、その度に私が倒してたら……。これからもずっと出来るわけじゃないんだ、私が信じてあげられなくてどうするのよ。
それに、よく見れば本体のボスであろう緋影御前は余裕の微笑み、こちらを下に見ていて本気じゃない。奇策だろうが強襲だろうが、やりようはいくらでもある。更にこちらは他のパーティがギミックを終えれば強化バフが貰える……。それまでの辛抱、絶対に勝てないなんてことはない。
『殺れ、食い殺せ。妾に血を見せよ』
『ガァアアアアアア!!』
「リンネ様……あ……っ!!」
めーちゃんが助けを求めるようにこちらを見たけど、私達の様子を見て加勢するつもりがないことを悟った途端に覚悟を決めたように表情が変わった。カーミラさんの言う通り、これが正しかったのかもしれない。可愛がるだけが愛情じゃない、獅子が我が子を崖から突き落として試練を与えるように、時には従者に厳しい試練を与えるのも…………い、いや、これは厳しすぎるんじゃないかな。多分、とんでもない強さだと思うんだけど……。
『緋影之猛虎(Lv.1000)が【緋影・猛虎身弾】を発動』
『メルメイヤが【多重分身】を発動』
速い、でもどん太や千代ちゃん程じゃないな。どん太や千代ちゃんと模擬戦をやってるめーちゃんなら回避は楽々、むしろ反撃のチャンス……。それにしてもレベル1000にしては単純すぎる攻撃、何か裏でもあるの? どうにも腑に落ちない。
「これなら……!」
『これなら、なんじゃ?』
『全ての分身が破壊されました。メルメイヤが774Gダメージを受けました。HPブレイク!』
「か……は……っ!?」
『グガァアアアアアアアア!!』
まだ突進攻撃は届いていなかったのに、何に当たったの!? まさか、シャーリーちゃんみたいな時間差攻撃!? 間違いなく着弾まで1秒以上は余裕があった、めーちゃんに届かない攻撃のはずだった。それが回避をする前に直撃、しかもこの威力……いや、そうだ……!! この、この名前!! 緋影は!!
まだ本当に序盤も序盤のうちに偶然出来てしまったあの妖刀、緋影御前!! 千代ちゃんの次の武器の融合素材となって、今の神刀の土台になっている刀の持ち主……。一度血を見るまでは鞘に収まらない、その持ち主……!! まさかこんなところで出会うなんて、すっかり名前を忘れてた。ということは今の攻撃、緋影を飛ばしてくる攻撃だ。もしかしたら好きなタイミングで好きなだけ、好きな方向に緋影を飛ばせる……? だとしたらあまりにも相性が悪い! 分身を出す度に緋影で全て分身を破壊されて、ついでに本体まで攻撃される。
「まだ、まだ……!!」
『おお、そうでなくては。この程度で死んでは物足りぬ、もっと苦しめ。もっと血を流せ!!』
『メルメイヤが【多重分身】【闇遁・死返しの術】を発動』
『馬鹿の一つ覚えじゃ、馬も鹿も虎に食い殺される哀れな肉よ』
「そう、かな……」
『ああ、そうだとも。殺れ』
『緋影之猛虎が【緋影・猛虎身弾】を発動』
忍術は資質を得ているなら、手で印を結ぶことで対応した術が発動可能になる。死返しは効果時間中は他の忍術が使えない欠点があるものの、受けるはずだった大ダメージを跳ね返すカウンター忍術。多重分身と死返しの印を見分けられるなら突っ込んでこないけど、猛虎は全く止まる気配がない。それにさっき使った緋影をまた使うのなら……!
『む……! いかん、下がれ!!』
『ガアア!!』
『全ての分身が破壊されました。メルメイヤが775Gダメージを受けました。HPブレイク! 最終ゲージに突入しました』
『死返し発動! 緋影之猛虎が合計44,540Gダメージを受けました。HPブレイク!』
「たとえ馬や鹿でも……!!」
『メルメイヤが全ての条件を満たし、奥義を閃きました』
『メルメイヤが【絶命一閃・滅流冥夜】を発動、絶命! 緋影之猛虎が死亡しました』
「簡単に食い殺されてたまるかという、意地がある!!」
『なんと……』
『メルメイヤが【忍耐】【刹那の殺意】【最後の闘志】に目覚めました。HP最終ゲージの条件を満たし、最後の闘志発動! 殺神の権能を打ち破り、全ステータスが向上しました!』
『オーレリアが知の間の難題を攻略しました。武の間の挑戦者にバフが与えられます』
『マリアンヌが知の間の難題を攻略しました。武の間の挑戦者にバフが与えられます』
くっ……。カーミラさんが『ほら、言ったでしょう?』みたいなドヤ顔をしてくる……! 何も言ってこないけど、このニヤニヤとしたドヤ顔は間違いなくカーミラさんのそれだよ、いやらしい笑顔め……! しかし、遂にめーちゃんが殻を破ったというか、自分を手に入れた。進化や神化とは違う、絶対的に不変なるものを手に入れた感じがする!
『おのれ……』
「馬や鹿に食い殺されたなら、そちらは雑草以下か!」
『おのれええええ!!』
『緋影御前が【怒髪天】状態になりました』
『赦せん!! 赦せん!! 赦せん!! 万死に値する!!』
おお、言うねえ……。全く、誰からそんな言葉遣いを学んだんだか……。え、なんでカーミラさん私のことジトーっとした目で見てるの? 私、別に何も悪いことしてませんけど?
『薄汚い忍び如きが……! 妾の剣の錆になれること、誉れと思え……!!』
『緋影御前が【緋影抜刀】を発動』
さて、しかしてここからが本番。めーちゃんはステータス半減効果を打ち破り、バフは特盛。相手は怒り心頭で冷静さを失っている。めーちゃんは攻撃を受ければまず命はない、一撃で死ぬ状況……。猛虎のように自分を犠牲にして死返しというわけにもいかない、そもそもそれは一度見せてるから流石に対策されるはず。ここからどう出るか、まだ突破した壁は一つ……。この苦しい状況をどう突破するか、さあ……第2ラウンド突入よ!! 頑張れ、めーちゃん!!