539 水底都市アトランティス・2
さて、工事のほうだけども……。コンクリートで埋めて海水に強い素材で覆えば良いじゃないというプランは見事にハマった。なかなか進まない工事がサクサクと完了し、なんなら海中トンネルのデザインに凝る余裕まで生まれたほど。今は割った海を戻す前に、コンクリート壁が妨げている海流を解決するためにどこへ穴を空ければ良いかとか、コンクリート壁を覆うコーティング剤の上にペイントを施して巨大壁画を描くだとか、浮いた材料費を流用してトンネルの上半分を透明な素材に変えて景観を良くしたいとかそんな工事へ切り替わっていった。
つまり簡単に言うと、アトランティスまでの道がおおよそ完成したということ! 残りのデザイン工事はやりたい人達に任せて、私は一足先にアトランティスに入場させて貰うことにしました! だってだって、私は工事よりもこっちのほうが楽しみだったんだも~ん。
私と同行してるのは腹ペコ勢とその付き添い、工事の続きをやっているマリちゃんを除いてカーミラさん、エスちゃん、めーちゃんしか居ないんだけど……。まあ、初心者から遊べるよって触れ込みのイベント会場に初手から超強い敵が居るとは考えにくいし、このメンバーでも大丈夫でしょ!
「さてさて、ようやくアトランティスに到着だねえ~」
「遠目に見ても荒廃しているのがわかりますね……」
「酷い破壊の跡ですね……」
「リンネ様、わたくしメルメイヤがまず安全を確かめるべく先に……わあっ!?」
「はいはい、めーちゃんは気合い入れすぎよー。ピクニックに来た気分ぐらいで良いのよ~」
『きゃう!(僕も抱っこ~!)』
「ジャンボは私が抱っこしてあげましょうね」
「霊体なのに掴めるのがなんとも不思議だね……」
気合い入れすぎなめーちゃんをお姫様抱っこしつつ、遂に水底都市アトランティスの地へと足を――――お……? この感覚、もしかして……?
「い、今の光景は、いったい……?」
「全盛期の姿、でしょうか。この地に残された記憶のようですね」
「元は美しい都市だったのですね。今や見る影もありませんが」
「どうしてここまで破壊されてしまったのかが気になるね……。手がかりを探してみようか」
「あ、あの、リンネ様……。そろそろ降ろして頂きたいです……!」
「え~? どうしよっかな~? なんてね、ちょっとは気が楽になった?」
「え、えっと、はい……。いえしかし、逆に少しドキドキします……」
ギルド単位で入場できる施設、幻想郷でもこんなことがあったなあ~。あの時も全盛期の幻想郷が少しの間姿を見せて、すぐに荒廃した今の光景に切り替わったよね。この手の演出が結構好きなのよね~……。なんというか、直してあげたいなって気分になるよね。
「これは、防衛に使われた兵器の残骸でしょうか……。水中でも使える魔導大砲のようですね? あ、砲身の中にお魚が住んでいました。お邪魔してしまいましたね」
『ぴゃう!(美味しそうだった!)』
「こら、食べようとしないの」
「激しい戦闘があったようです。抵抗虚しく蹂躙されてしまったようですが……」
「水の底にある都市なのに、対空設備が足りないような……?」
「争い事とはあまり縁がなかったのかも。それか、個々の能力で防衛してたのかもしれないね」
「ふぅむ、僕は後者だと考えますねえ。それも術師が多かった、杖の残骸が多く残っていますし」
「なるほどね……。は?」
え、嘘。今の声は誰? トンネルは一応工事中で、アトランティスまで微妙に距離があるからまだ立入禁止にしてるはず……。ギルドメンバーにこんな声の男性は居ないし、第一ここに居るメンバーの誰も……そもそも向こう側に居たメンバーの誰にも気が付かれずにここまで……!?
「――オラクル。ふむ、なるほど……何もかも都合が良い……! おっと、気が付かなかったのも無理はありません。こちらは神の目すら欺けるアイテムを持っていますから、まあこちらも色々と制限を受けるので暗殺し放題というわけでもないのですが」
「誰、何者!?」
「いけません、いけませんよ……。どうぞ武器を下げてください、武器を出されたら……ああ、ああああ……興奮する……! 今すぐ貴方と、殺し合いたくなるじゃないですか……!!」
うわ、ヤバい、なんだこいつキモッ……!? 名乗ってこないからもうこっちが勝手に呼び名を決めて良いですか? 今ね、丁度良い感じの名前が浮かんだのよね!!
「気持ち悪いから5メートル、いや10メートルは離れてよ、紫わかめ!!」
「紫わかめ!? んん、んんんんっ!! 良いッ!! すぐにその名前に改名したいッ!!」
うひゃあ、やだこいつ気持ち悪い~!! 同じ勢力の人だとしても嫌だ、どうしよう、サクッと殺して良い!? なんかこう生理的に無理、ドゲルの100倍ぐらいキモい!!
「名乗らないなら、今すぐ真っ二つにするよ!!」
「おおっと! ここが既にオラクルが届かない場所だというのは確認済み、つまりメルティスが感知できない領域……。初めまして、我が麗しの女神……僕の名前はマルデ・マーゾ……。メルティシアで貴方に真っ二つにされた日から、貴方を忘れずには居られなかった!!」
「メルティスの犬か!! 死ね!!」
「おおおおっと!! まだ、まだです。殺して頂くのはまだ早い!!」
私の殺意メーターが急激に振り切った。メルティスの犬!! こいつは今すぐ殺して良い奴だ!
「――空中要塞トロイ。メルティナの設計図」
「うっ……!?」
「早速切り札を使いましたが、どうやら効いたようで安心しましたよ。そんなものは不要だとぶった切られたらどうしようかな~なんて思っていましたからねえ……さあ、どうぞ御覧下さい」
『プレイヤー【マルデ・マーゾ】が 【(W)空中要塞トロイの設計図】を譲渡しようとしています。受け取りますか?』
『(リンネ様、罠では……? 怪しすぎます……!!)』
『(多分そうだと思う。でも、本物の設計図なのは間違いなさそう……)』
ワールドアイテム……!? こんなのを軽く『ほら、あげるよ』なんて渡してくるなんてどういうつもり……? 全く殺意、敵意は感じられない。ただ純粋にキモいだけ……。ええい、罠だとしてもこれを見ずには居られない! トロイ攻略の糸口になるのであれば、少しでも情報が欲しい!
『【(W)空中要塞トロイの設計図】を受け取りました』
「そこから、動かないで! 少しでも変なことをしたら、えっと……」
「リンネ様が手をお汚しになることはありません! メルメイヤが真っ二つに致します!」
「すまないが、僕は麗しの女神以外に負けるつもりはない。それに、君じゃ僕には勝てない」
「むっ……!!」
「確認したら返すから、ちょっと待ってて……!」
『【(W)空中要塞トロイの設計図】を開封し、情報を表示します』
これが、トロイの設計図……。自己改造機能が備わっているけど、最も強いプロテクトによってトロイには改造出来ない区域が存在している。恐らくトロイのマスターであるアルスさんとマグナさんの祖父が、緊急時に中枢部へと向かうために用意した秘密の管理用通路……。ここを通れば、トロイの中枢部に……。中枢部の設計図が、ない……?
「これが、中枢部の設計図さ」
「…………なるほどね。何が目的?」
「それは勿論、貴方と殺し合いたいがために僕はここに来た!! 最強の従者と、いや! 従者全員でも良い……。貴方に殺されたい、殺したい!! 殺しながら殺されたい!!」
大した自信、でも底知れない何かがある……。全く感知不能だった隠れ蓑の存在だけでも既に脅威、何かしら制約があるから暗殺し放題ではないとは言っていたけど、それはあくまで自己申告であってブラフである可能性は高い。
それにあの杖のような装備、術師と見せかけて恐らく……近接特化。距離の取り方がどん太や千代ちゃんの間合いの取り方に似ている。スピードタイプ、パワーも相当なもののはず。明確な殺意を向けてもステータスダウン効果が発動しないから、デバフに対するレジスト能力も高い。
「めーちゃんじゃ勝てないとか言ったな」
「それはそうだ、能力差がありすぎるだろう?」
「能力の差が勝敗を分ける絶対的な要素でないことを思い知らせてやる。お前を殺すぐらい、めーちゃんと私だけで十分だ」
「…………甘く見られては困るね、僕だって」
「夜に喧嘩を売ったのを後悔しろ」
「!!」
『メルメイヤが【五重分身】【闇遁・月影】【月夜の忍び】を発動、自身と複数の分身が月影状態になり姿を隠します』
『【シャドウウォーカー】を発動、メルメイヤの影に潜伏します』
『(エスちゃん、カーミラさんを連れて遠くへ!)』
『(ご武運を)』
だからめーちゃんぐらいじゃ相手にならない。余裕で勝てる。そう思って余裕ぶって居られるのは今の内だけよ。今すぐそのニヤけた気持ち悪い顔をイケメンに変えてやる。恐怖に歪め!!
「甘く見ないで欲しいと、言っただろう?」
『マルデ・マーゾが【超激震!】を発動』
ダイブ系のスキルは地震系の衝撃攻撃がフルヒットする。しかも上位のスキルは強制的にクリティカルになるので出し得、出さないほうがおかしい……普通ならそうする。誰だってそうする。
『(アンチダイブ抵抗セット!)』
『メルメイヤが【土遁・共鳴振】【闇遁・重力波】【闇遁・音無】を発動』
『衝撃緩和! 衝撃相殺! 【超激震!】を無効化しました。詠唱不可フィールドを展開』
「――……!?」
共鳴による相殺を返されたことがないなら、誰だってそうするんだよ。ダイブへの対抗策として地震系の衝撃攻撃を放った時点で、こいつの戦闘能力の底が知れた。こちらが術師だから詠唱不可のフィールド効果は出さないと思った? 私とめーちゃんはね、詠唱不要の魔術が使えるんだよ!
『刻印魔術【虚無の黒猫】を発動』
『メルメイヤと分身が【六道輪廻】【風魔忍法奥義・怒地獄幻牙の術】を発動、【虚無の黒猫】が36匹コピーされました』
本来取るべきだった初動は、めーちゃんの分身を消すべきだった。忍術の恐ろしいところはね、きぬちゃんを知っていれば嫌と言うほどわかる。忍者系、特に忍術はね、バカみたいな燃費の悪さを代償に、圧倒的なDPSの高さと脅威的な手数があるんだよ。甘く見たのはお前の方だ。
――――穴空きチーズになれ。
書籍活動で大変遅れました。
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