532 ね、ちゅーしよ?
そうだよね、今日って7月19日火曜日。絶対に忘れちゃいけない大事な日なんだよね。いやいや、まさか『あ~メンテナンスか~。寝てないし落ちておこう~』って現実世界に戻ってきて、今日はなんか用事あったっけ~ってスケジュール見て顔面蒼白になんてなってませんよ? 本当本当、だってほら! 念のために一週間分のお着替えだって用意してあったし、他にもちゃーんと必要不可欠なものもまとめてあったし! いつでもお出かけできるようにしてあったんですからね!
「燐音様、少しお眠りになられては如何で御座いますか……?」
「え、あ、ああ大丈夫! 大丈夫ですから、黒田さんが運転してくださってるのにそんな、申し訳ないです!」
「燐音様、これは私の仕事ですので。お金を頂いて全うしている責務、申し訳ないなどと仰らないでください。ですから遠慮なく、隣のシートも倒して頂ければベッドにもなりますので……。あ、一応ベッド用のベルトをお締めくださいませ」
「あ……。ありがとう、ございます……すみません……」
いつも真弓のボディガードをしてくれている黒田さんはこうは言うけどね、こんな高級車に大変ラフな格好で乗っているだけでもかなり申し訳ないというのに、更にシートを倒してベッドにして寝る……!? 申し訳なさすぎて、もうね……あ……シートがふかふかで気持ちいい……。
ロードノイズも殆どなくて、エンジン音もとっても静かで、外の厳しい暑さなんか忘れちゃうぐらい快適で……。ああっ、黒田さんが後部座席に光が入らないように、なんか光を遮るやつも出してくれ、た……。これ、名前なんだっけ……? えっとね、えーっと……。えーーっと…………。
◆ ◆ ◆
「寝てますわね」
「昨夜、遅くまで起きていらっしゃったようで……」
「そうですわね! かなり遅くまで起きていましたわ。なんなら寝ていないのではなくって? そう、きっとそうですわ!」
「お嬢様、燐音様がお目覚めになられてしまいますよ」
はえ……? 暑い……。寝てないよ、だって……遮光カーテン!! そう、遮光カーテンだもん!!
「ひゃうみ……。まうみ。真弓、遮光カーテンだね!」
「は……? 黒田、燐音さんは寝ている時に頭をぶつけたりしていませんこと?」
「いえ、ベッド用のベルトは間違いなくお締めになられていました。それにかなりゆっくりと走っていましたので、揺れたりもしていないはずですが……」
「ん……! ふぁぁぁぁ……! 寝てないよ、頭もぶつけてない。元気だもん。暑いね……」
「あ、あら? あらあら……?」
「真弓、おんぶ!」
「おんぶですの!? 燐音さんが、望むなら……致し方ありませんわね……」
「ん…………。あ! 暑い、やっぱ無理……」
「ええ!?」
お外、暑い……。真弓に抱きつくともっと暑い……。溶けそう……。
「あ、荷物……」
「お荷物の中に、今すぐお使いになりたいものは御座いますか?」
「施設の中で使うのに便利かと思って、燐音さん用に防水ショルダーポーチを用意しましたわ! どうぞ使ってくださいまし?」
「ほわ……? あ、ゴスロリ社のブラックエレガンスだ!! 本物!? 本物だよね!? わあああ凄い、え……これ50万ぐらいしなかった……?」
「いくらだったかしら? 実用性も重視したと書いてあったのだけは覚えていますわ! でもどんな品であっても使うべき人が使ってこそ、でしょう? ね?」
「ひぇええ……! あ、ありがと、ま、まゆ、み。たた、大切、します。誓いまふ……」
「燐音さんがカタコトになってしまいましたわ!?」
うわあ……。きっとまだ夢の中にいるんだ……。う、ううん! 寝てないからこれは現実、夢じゃないもん! 認めない、高級車の快適なベッドシートに秒殺されただなんて認めないよ、負けてないもん……。
この、この手触り!! 高級感、可愛らしさと優雅さと気品、これからこのショルダーポーチを、リゾート施設で連れ回していいの……? 大事にしないと、丹精込めて作ってくださった制作者様に呪い殺されちゃうよ!! とりあえずスマホ入れておこ~っと。
「燐音さんは既に生体登録済みですから、施設内のものは全てタッチ決済か顔認証で利用可能ですわ。ですからお財布は持っていかなくて結構よ」
「…………へっ!?」
「それとこの施設はまだ一般公開前、わたくしのグループの関係者だけしかいませんから、変に気を使わなくて大丈夫。まあ末端の関係者となると、一般人と変わりないかもしれませんけれど。とにかく、変な人はいないから安心してくださいまし?」
「は、はい。わかりました……!」
「なんでわたくしに対して急に気を使いますの!?」
「急に真弓が凄く偉い人に見えてきて……」
「凄く偉い人ですのよ!?」
「あ、そうだった。ごめんね……?」
「燐音さん、まだちょっと眠いようですわね……? リフレッシュカプセルで一度スッキリしてくると良いですわ! どうせまだギルドのメンバーはほとんど誰もいらっしゃっていませんし。グループ企業向けにわたくしの退屈なスピーチと、記念式典が執り行われるだけですもの」
「真弓の格好いいところじゃん。それはそれでちょっと見たいかも……」
「どうして今日は色々とあべこべになるのかしら!?」
「えへへ……。あ、真弓! そういえば水着は? 用意してくれたんだよね!」
あべこべ? そんなに今日の私、変なのかな? 確かにちょっとぼーっとするけど、調子は全く悪くないんだけど……。むしろ調子がいい方だよ! オフ会が始まるんだーってワクワクして、楽しみで浮かれてるのかも!
「黒田、用意していたものは……リフレッシュカプセルで燐音さんがスッキリしてから渡して頂戴。それまでにまだ起きていなかったら、わたくしから直接渡しますわ!」
「はい、お嬢様。ではお荷物は他の者に運ばせますので、先にリフレッシュルームの方へご案内致します……。燐音様? 真弓お嬢様の手を離して頂かないと、お連れすることが出来ませんので……えっと……困りました……」
「あ、真弓の手をずっともみもみしてた。ごめんね?」
「あら、何の違和感もなくもみもみされ続けていましたわ? では燐音さん、しばらくゆっくりなさって? また後で」
「可愛いからちゅーしてあげよっか、いひひ……ね、ちゅーしよ?」
「へえ!? で、でしたら、ほっぺに……!!」
「やっぱり、後でね? 誰もいないところが良いなあ~……ふふ~」
「…………本当に燐音さん、今日はどうしましたの?」
どうしたもこうしたも、私は元気だよ? でも暑い、歩きたくない……。力が、入らない……。
「うん! 黒田さん、真弓のスピーチ録画しておいてねっ! 後で格好いいところ、見ちゃうから!」
「見なくて良いですわ!! 黒田、録画しなくてよくってよ!!」
「こ、困りました……。ど、どうすれば……」
「わたくしが主人なのを忘れたかしら!?」
「は、はい! お嬢様の命令が最優先です! 申し訳ございません!!」
水着~。リゾート~。真弓~。ゴスロリ~。オフ会~!! 暑い、暑い……。
「行こ、黒田さん! ばいばい真弓、また後でね!」
「ええ、また後で……。本当、今日はどうしたのかしら……」
「こちらです、燐音様」
おお~……。白い砂浜、青く透き通った海、煌めく日差しに心地よい風……いや、ちょっと暑い。ううん暑すぎる。喉乾いた、お腹すいた、ふわふわする。
「あ……。黒田、ひゃん」
「はい、どうなさいましたか?」
「のろ、かわいひゃ」
「え……?」
「おなか、へっひゃ……。ふあふあ、ふる……」
「え……? え……!? 燐音様!? 燐音様!!」
たのひい、たのひい、おふかいが、おなかがへって、のどがかわいて、ふわふわのどんたくんなんだよね。わんわんわ~ん、わおわお~ん…………?
熱中症には注意しましょう。寝不足、水分不足、朝食を抜く、寒暖差の激しい生活は要注意です。