513 緑の都市
緑色のドロドロになってると聞いて、最初はゾンビにでもなったのかな~ぐらいに考えてた。しかし現場に到着して飛び込んできた光景は、私の想像を遥かに超える惨状だった。
『イッショニシノウ……』
『トケル、マザ、ル……』
「相変わらず気持ち悪い……」
アールゲインの住人たちの体が溶け、緑色の粘液へと姿を変えていく。最低最悪の光景から目を背けたくなるものの、冷静に状況の分析を進める。
まず、漂っている気色悪い薄緑色の緑色ガスに少しでも触れると『緑の呪い』が発生する。長時間触れると呪いが進行してあのスライムのような姿になってしまうらしい。不死属性か闇属性、もしくはランク5以上の状態異常を無効化出来るならこれをレジスト出来る。
そして発生源、これは緑の手の構成員と思われる死体が身につけている緑色の鍵。あの鍵の先が小型のポータルと繋がっていて、そこから際限なく溢れている。幸いにも鍵を破壊すればポータルも閉じるみたいだけど、破壊するまでアンチテレポートや転移阻害系の魔術に引っかからずに作動し続けている。
恐らく、神器や将器などの域を超えた準ワールドアイテムクラスか、ワールドアイテムクラス。予想では前者、後者なら呪いの効果が不死や闇属性でも貫通してきておかしくないと思う。
そして問題なのはこの鍵の本数。この鍵が何十本ある? 百を超えているんじゃないかという程の発生源、しかもまだ生きている鍵の所有者までいるらしい。
『ァアアアアアアア!!』
『緑の呪い・ロザンナ(Lv.1300)が【毒酸呪液】を発射』
『オーレリアが【虚無の黒猫】を放ち、【毒酸呪液】が虚無に飲み込まれました』
『シャルナーデが【22ミリのノクターン】を発射、緑の呪い・ロザンナが破裂しました。緑の呪いが拡散します』
『ァアアアハハハハ、ヘァハハハハ!! ムダ、ムダ、ワタシ、タチハ、ヒトツニシテ、ゼ』
『レイジが【万物両断】を発動、緑の呪い・ロザンナが切断されました。緑の呪いが拡散します』
「いつかは残機も尽きるやろ。無駄っちゅうことはないで」
「レイジさん!」
「ほんまにすまん、メルメイヤちゃんを守れんかった……!」
「頭を上げてください。これは私の判断ミスです。こんなに強力なアイテムを所持していたなんて……」
「誰も悪くないよ~! 緑のオバサンがおうりょうぎわ?」
「往生際ですね!! ふふ~ん」
「往生際が悪いの! うんうん、ありがと~♡」
「あ、え、ど、どういたしまして……」
更にこれが最大の問題、緑の呪いに掛かってスライム化した死者は、このアイテムの発動者である緑のオバサンが自由に乗り移り本体を変えることが出来る。
巨大なブラックホールでアールゲインごとふっ飛ばせば良いかと言うと、そうは行かない。お昼寝さんとめーちゃんがスライム化してどこかに居るから、巻き込んでしまった場合は最悪ロストが考えられる。準ワールドアイテム、最悪ワールドアイテムだった場合……単純な死ではなく、ロストクラスの効力を有している可能性が否定できない。だから一掃するのは論外、最悪の手になる。
しかし不幸中の幸いなのは、お昼寝さんとめーちゃんをロザンナも取り込むことに失敗している。これは神の存在証明、もしくはメルティスの消滅攻撃対策に持っているお守りのおかげじゃないかと思われる。ロザンナが取り込もうとした時失敗したスライムがどこかに居る、その時あいつは物凄く焦っていた。あの必死さからしてブラフではないはず。
つまり私達の勝利条件は、ロザンナが乗り移るためのスライムを全て排除してトドメを刺すか、お昼寝さんとめーちゃんを割り出して回収してアールゲインを一掃すること。敗北条件はロザンナのスライムが……歓楽街や、偉大なる鋼鉄に到達してしまうこと。最悪なのは、お昼寝さんやめーちゃんの情報をロストすること……。
「甘く見ていました……。レギンさんやシャーリーちゃんに対抗出来る可能性があるということは、それだけの兵器を持っていてもおかしくなかったのに」
「誰もそこまで思いつかんかった。一人で背負い込んだらアカンで、俺達全員のミスや。ええな?」
「……ありがとうございます」
「まずは拡大を防がなアカン、この都市の外に出すのは絶対にアカン。後ろや!!」
『緑の呪い・ロザンナが【骸吐き】を発動』
『【魔狼掌底波】を発動、攻勢防御! 骸を全て弾き飛ばしました』
『オマエタチモ、ワガミドリノ』
『【姫千代一刀流・葬滅斬】を発動、即死! 緑の呪い・ロザンナが切断されました。緑の呪いが拡散します』
「喋るな。不愉快だ」
「あ~! また逃げた~! あのオバサンきら~い!!」
「……リンネちゃん、人の職業聞いたらアカンってわかっとるんやけど、死霊術師以外なにやっとん……?」
「今は姫千代無双流と、魔狼流破壊拳法です」
「は……?」
「あっ! 900レベルに到達して専用の異名や称号スキルを獲得すると、変更可能なサブクラスは……この話、後でします。今は敵に集中しましょう」
「あ、ああ、せやな、おおきに……」
専用の異名や称号スキルを獲得すると、サブクラスはセーフティーエリアで自由に変更出来る。ただし、マスターのような特殊クラスは最大レベルに到達する前に変更すると資質を失い、資質を再び得るまではもう一度就くことは出来ない。変更した場合は変更した分のレベルが一時的に下がり、再度レベリングの必要性が出る。この時既に授かっている異名や称号は取り消されることはない。
つまり、ベースである死霊術師以外はバビロン様達から異名を授かれば自由に変更が可能。ただし、制約としてその職でしか使えない専用スキルは変更後に継承できない。逆に言えば汎用スキルはいくらでも引き継げるし強化されるので、今までやってこなかった職業を総なめすればパッシブスキルがどんどん強化される。
ただし、マスターした職業が増えれば増える程、要求される経験値が馬鹿みたいに増加する。このシステムに気がついたのは、私だけ他の従者に比べて異名を授かったタイミングが早かったから。私だけ無慈悲ダンジョン皆勤賞だったから、レベルマックスになったのが早かった。だから従者に弟子入りして転職可能だったものは全てマスターしておいた。
今の私はガチガチの近接攻撃型死霊術師。生半可な遠距離攻撃ぐらい簡単に弾けるし、斬撃攻撃だってレイジさんに後れを取らない……はず。そこまでこの構成を利用したことないから自信がない。
「ほな、レベルドレインって何のためにあるんや……?」
「あ、それはレベルだけ上がってスキルを獲得出来なかった時用です。特定のクラスはあるレベル以下で特定のボスに挑むと、専用スキルを獲得出来る……らしいです。詳しくは後で教えますが、これは確定情報じゃないんです」
「お、おおきに……」
『(リンネ様~! 鍵持ちで生きてる人達は、鍵ごとやっつけ終わりました~! これで効果範囲内に全員捕捉出来ます! でも、めーちゃんは見つからないです~!!)』
『(ありがとう、それじゃあ……閉じ込めて)』
『(はい~!! じゃあ、閉じ込めます~!)』
『パーティチャットですみません、あいつに聞かれたくないので。ティアちゃんが生きてる鍵持ちを排除し終わって、領域範囲外になってしまうスライムは全て潰し終わり、現在黄金領域が展開されました。これでこの領域から逃走する手段がなくなりました』
『おおきに。これで遠慮なく暴れてええな?』
『攻勢に出つつ、お昼寝さん達を特定し次第、総攻撃に移りましょう』
『そっちは任せたで』
「リアちゃん、様子がおかしいスライムが二体居るはず。探し出せる?」
「四個!」
「三個」
「すっごく疲れるの! 四個!!」
「……四個ね。じゃあ、お願い」
「やった!!」
「何の話や……?」
「缶詰の、話ですね……」
「かん、づめ……?」
さて、様子見はこれでおしまい。今まではロザンナに完全に逃げられてしまう可能性と、お昼寝さん達を巻き込む可能性があったから下手に攻撃に出られなかったけど、ここからは一転攻勢よ。
向こうの逃走経路は黄金領域に閉じ込めたから潰した。ワールドアイテムによって展開された領域内から逃れるのは、満月の女王カーミラやバビロン様ですら不可能だと言っていた。これでもしも抜け出されたら……それはもう手に負えないレベルの相手ということね。
『ナニヲ、ヒソヒソト、スベテムダダト、リカイ』
『【紫電脚】【魔狼身弾】を発動、クリティカル! 緑の呪い・ロザンナが破裂しました。緑の呪いが拡散します』
『リカイデキヌトミエル』
「不愉快だと、さっき言ったのが理解できないと見える」
『ナニ?』
「シャーリーもオバサンのこと、す~っごく嫌いだから~……」
「この世から消えろって言ってるのよ。グリーンスライム」
全く、スライムはどいつもこいつも、私のことを不愉快にさせるのが得意で……この世から消し去ってやる。塵も残さず、完全に!!