511 相手が誰であろうとも
心に深刻なダメージを受けたけど、みんなから慰めの言葉を頂いてどうにか立ち直れました。その間にレギンさんが帰ってきて私の様子を見て困惑してたみたいだけど、お昼寝さんから事情を聞いて苦笑いしてた。広めないで。
地下迷宮で起きたトラブルの方も無事に解決したみたい。詳細については後で纏めて報告するって言われたけど、とりあえず気になってたモンハウのことだけでも知りたかったから聞いたら、どうやら歓楽街の地下迷宮は床や壁にトラップが自動生成されて、このトラップの中にモンスターハウスコールってものがあるらしい。しかもテーマに沿ったモンスターを召喚する、通称特殊ハウスって呼ばれるモンスターハウスで、今回は『マッチョハウス』が呼び出されたんだって。なんか……物凄く行きたくない名前をしてるね。現地に行かせちゃった皆、ごめんね……。
「さて、と……だ。幻龍会総勢2449名は無事アールゲインから脱出した。これだけの人数が動けば普通察知されるものだが、今回はオーレリアちゃんがアールゲインを闇の深い夜に沈めてくれたおかげで、我々の姿を見た者はほぼ存在していないと言って過言ではないだろう。一時間足らずでこの有り様、事情を知らない連中からすればかなり不気味な状況だ。テレポートが使えないはずの街で2500人弱が忽然と姿を消したこの状況、奴らはパニックを起こしているだろう」
「このまま放置していれば新たなパワーバランスの形成の為にちょっとした小競り合いが何度か発生した後に、事態の収束の為に各組織の長が話し合いをして、アールゲインは落ち着きを取り戻すと思います」
「話し合いに使われる言語は、肉体言語だろうな」
とりあえずアールゲインの話に戻って、これからどうするかについて。幻龍会の末端まで合わせて総勢2449名は全員歓楽街へ移動が完了した。ティアちゃんが黄金回廊を4回開いただけで全員移動出来た辺り、普段からどう逃げれば良いのかとかは訓練されてたんだろうなって。
そんなわけで幻龍会が居なくなったアールゲインは現在大パニック。外が真っ暗な闇に包まれたと思ったらドタバタ物音がして、何があったのか見に出てきてみれば幻龍会が居ない。まるで蒸発してしまったかのように、血痕も死体も存在せず誰も居ない。
これを不気味がって行動しない者、これをチャンスだと思って幻龍会の拠点を荒らす者、騒ぎに乗じて暴れ出す者、それを鎮圧する者……現在のアールゲインは混沌としてはいるものの、まだギリギリで『ルールを守って暴れている』という状態。つまり、これ以上やったら取り返しがつかないというような戦闘はしていない。小競り合いの範囲で収まっている。
「しかしこの状態になるのは望ましくありません。我々は出来る限り楽にアールゲインを手に入れたいので、次の一手を打とうと思います」
「だが、どうやってルールを破らせる? 下っ端同士が数人死んだところで奴らは特に何も気にしない。幹部クラスはそもそも暗殺するのが難しい程度には強い奴らばかりだ」
「ええ、ですからうちのギルドマスターとサブマスターが現地に行ったんですよ」
「どっちもリンネさんより強いようには見えなかったがな」
「今回の仕事に関しては右に出る人はいないかと」
「期待通りの結果になると良いが」
私は大規模な破壊なら得意だけど、小さな火種を大きな炎に成長させるのはちょっと苦手。だからそれが得意なお昼寝さんと、自信満々だったレイジさんに現地へ向かってもらった。
「それじゃ、作戦が成功する前提で私達は準備をしますので」
「万が一に失敗したら……ああ、やることは変わらないのか」
「楽になるか、ならないかの違いぐらいです。結果は変わらないと思いますよ」
「シャーリーも行って良い!? 行って良いよね!?」
「ああ、シャルナーデも行って良いぞ。前から気に入らなかった連中を好きなだけボコボコにして来い」
「本当!? 本当にやっていいの!? やった~!!」
「その代わり、リンネさんの命令をちゃんと聞くんだぞ。言うことを聞かない悪い子は……」
「組織に要らない! うん、シャーリーね、お姉さんの言うことちゃんと守るね♡」
「シャーリーちゃん、お借りしますね」
それじゃあ、私の得意な仕事をしに……。
『(反応しなくて良い。そのまま歩きながら聞いてくれ)』
これは、レギンさんから……念話? なんだろう、急に内緒話なんて……。
『(シャルナーデを外の世界に連れて行ってくれ。そいつはアールゲインみたいなゴミ溜まりで生きているべきじゃない、もっと明るく広大な世界で生きるはずの子だったんだ。今からでもまだ遅くない、外の世界に連れ出して欲しいんだ。問題児を押し付けるようなことになってすまない。だが、俺ではその世界に連れていけないんだ。俺をいつまでもボスと呼ばせていては、歩くゴミ溜まりのような俺では……。ゴミがいつまでもシャルナーデに付き纏うだけで)』
「シャーリーちゃんを侮辱するな!!」
『【魔神拳】を発動、漆黒の絶・レギンに199Gダメージを与えました』
「…………は? は……!?」
ちょっと渋くてイケメンだからって、格好つけて勝手なことばっかり言って!! そんな気障ったらしい行動、私が許すと思ったか!!
「お姉さん何やってるの!? ボスを虐めないで!!」
「ま、待て、シャルナーデ! これは理由があるんだ、落ち着け!!」
「これまでシャーリーちゃんがどんな辛い人生を歩んできたか、それは出会ったばっかりだから私にはわからない! それでもこれまであんたを尊敬して、どんな辛いことがあってもボスのためならって生きてきた! 何か違う!? あんたはシャーリーちゃんにとって永遠のボスなの、神なの、最高の存在なの!! 見ろ、今だってどんな理由があるかは知らないけど、シャーリーちゃんは私に武器を向けて止めようとしてる!! シャーリーちゃんの崇拝する存在を、勝手にゴミとか肥溜めとかにするな!!」
「…………悪かった」
「謝る相手が違うでしょうが!!」
「シャルナーデ、悪かった……」
「う、う……? どういうことなの、シャーリーね、何もボスに嫌なことされてないよ……? どういうこと? シャーリー頭悪いから、わかんないの!!」
ボスに疲れて幻龍会を潰す、それは別に構わない。これまでそれだけの努力を重ねてきたんだから。でもその努力を自分で否定するようなことは赦せない。ビッグボスと慕って付いてきた2500人弱のことまで否定するのは、どうしても赦せなかった。
「シャーリーちゃんのボスはね、自分はクズでゴミでどうしようもない肥溜めを擬人化したような人間だから、もう自分のことはボスと呼ばないで欲しいって私に押し付けようとしたんだよ! 念話でこっそりと、私に全部押し付けようとした!!」
「ボスはゴミじゃないもん!! そんなこと言わないで、やだ、シャーリーを捨てないで……!」
「捨てるわけじゃない、ただ、俺は……」
「まだ言い訳するなら次は本気で殴るよ!」
「……シャルナーデ。お前は俺達の、そうだな……裏社会か? 裏の世界を十分に学んだから、今度は表の世界も学んで欲しいんだ。言ってること、わかるか?」
「うん……うん……」
最初からそう言えば良いんだよ。自分を最低最悪の人間だとか、それじゃあそれに付き従って生きてきた連中は最低最悪以下の何かじゃない。裏世界の最高だ、頂点だ、神だぐらい言いなさいよ。実際にそうなんだろうから。
「つまり、そうだな……。狭い狭い裏世界は今日で卒業だ。今度からは、もっと広い表の世界を学んで欲しい。それは俺が学ばせることは出来ない、俺は表の世界を知らないからな……。だからリンネさんから」
「じゃあ、ボスもお姉さんから表の世界を学ぼう!? シャーリーと一緒! 表の世界の下っ端から始めよう!?」
「え、あ……?」
「ボスは裏の世界ではボスだけど、表の世界は知らないから、まだシャーリーと同じ下っ端からなんでしょ? じゃあ、シャーリーと一緒にお姉さん達のところでお勉強しようよ!」
「参ったな……」
「あ、時間が……。そこで頭を冷やしていると良いわ、私達はもう時間だから一旦アールゲインの殲滅に行く。帰って来るまでに答えを出しておくと良い。行こう、シャーリーちゃん。ボスのこと殴っちゃってごめんね」
「ううん! ボスが悪かったから大丈夫! もうシャーリーのこと勝手に捨てたり、自分のことをうんちマンだなんて言わないで!!」
「ああ、悪かった……もう言わない、約束だ」
全く、これまでその世界の頂点で生きてきたのは間違いないんだから、もっと自信を持って欲しいよね。シャーリーちゃんだけじゃない、幻龍会の全員に対して失礼でしょうが。
まあとりあえずスッキリしたし、後はアールゲインをスッキリさせるだけね。それじゃあアールゲインには更地になって貰おうか。
◆ ◆ ◆
「よう、うんちマン。ケーキでも食うか?」
「やめてくれよハッゲさん、結構傷ついたんだ」
「傷ついたのはシャーリーちゃん達の方だろ。もっと自信を持て、情けない姿を見せたって良いんだ。だが自分を否定するな」
「…………難しいな」
「自然体で生きてりゃ良いんだよ。うちのリンネちゃんを見て理解出来ただろ? 考えてることは顔に出るし、気に入らない相手は誰であろうとも殴る。一度認めた相手の為なら何だってする。それこそ、手が汚れるのを覚悟でうんちマンを殴ることだって躊躇わないぜ」
「うんちマン……」
「ケーキを食ってる姿がダセえから人前では食わないとか、格好つけるためだけにスーツを着てるとか、まずは……そういうのからだな」
「……ありがとう」
「後でリンネちゃんにも感謝するんだな。他人のためにあそこまで怒れる子はなかなかいないぜ」
「誰かに怒られたのなんて、ガキの頃以来だ……」
「大人になったつもりだったのか?」
「…………はは、はは……!! そうだな、まだガキのままだ。はあ……ありがとう、改めてお礼を言わせてくれ」
「気にするな。男の子ってのは、死ぬまでガキンチョなんだ。同じ男だ、気持ちはわかるぜうんちマン」
「それだけはどうにかやめてくれないか」
「おう、考えといてやるよ」