509 奇想天外
レギンさんとお茶をしながら、アールゲインがどんな場所なのかについての話を聞いた。曰く、アールゲインは絶妙なパワーバランスで成り立っている、砂上の楼閣のようなブラックマーケットらしい。
その中でもレギンさんが長を務める幻龍会は最も巨大な組織で、シャーリーちゃんとレギンさんがいる限り、他の組織は勝手なことが出来ないという抑止力に繋がっているんだとか。
つまり、シャーリーちゃんもレギンさんも離れている今この瞬間、アールゲインは最も不安定な状態と言って過言ではない。
「えっと……? マズいのでは……?」
「遅かれ早かれアールゲインは崩壊するさ。それが早まっただけの話、それになんだか……疲れた。毎日ドンパチドンパチ、誰かがぶっ殺されただの殺しただの、報復しただのされただの、何の生産性もない抗争の繰り返しに疲れた」
「ビッグボスが作った街だったのにね!」
「えっ」
「まあ、昔の話だ。元はあの場所にある地下迷宮を探索する為に拠点を構えたのが始まりさ。それがいつの間にか冒険者が増えて小規模の村になり、ならず者が仕切るようになってクソデカいスラムみたいになり、それを俺達がぶっ殺して回って正常化してる内に街みたいになり、自警団が結成されたと思ったら権力と財力を持ち始めて幻龍会に対抗する組織として対立してくるようになったり……。そんなのの繰り返しで、今に至るってわけだ」
「レギン……。ああ! 頭文字をそのまま読んで後ろをくっつけると……!」
「若気の至りさ。今では恥ずかしくてこの話はしたくない」
ん~……なるほど、アールゲインの名前の由来はそういうことだったんだ。それにしても地下迷宮、ダンジョンのことなのかな? 興味はあるけど、私達が乗り込んだら目立つだろうし絶対にどこかの組織に絡まれるよね。面倒くさいなあ~……。
ん~~…………。ん? いや、逆に考えてみよう。むしろそんな面倒くさいアールゲインが崩壊したところでデメリットはあるの? レギンさんがちょっと悲しむぐらいなだけで、幻龍会派閥の人達をこっちに逃がしておけば別にどうでもいいのでは?
「アールゲインを一度更地にすれば良いのでは?」
「そうは言ってもな、幻龍会は大所帯だ。一斉に移動したらすぐ他の連中にバレるし、そんなに身軽には動けない。俺もその方が良いとは思っているが、俺とシャーリー以外はそこまで能力が高いわけじゃない。そう簡単じゃないのさ」
「じゃあ、バレないようにこっちに移動すれば良いんですね?」
「まあそうなるが……。ああ、言っておくがアールゲイン内部はアンチテレポートが馬鹿みたいに張ってある。転移魔術で奇襲ってのが多発したからな。テレポートは無理だぞ」
「なるほど。じゃあテレポートで移動しましょう!」
「…………話、聞いてたか?」
「ええ、聞いてましたよ。ほぼ全域にアンチテレポートが何重にも張ってあるんですよね。じゃあテレポートで移動しましょう!」
「…………シャルナーデ、このお嬢さんの言ってる意味、理解できたか?」
「うんっ! シャーリーにはわかるよ!」
「なるほどな。多数決により俺のほうが馬鹿ということが決定されたな」
「あ、ああ! いえ、うちにはアンチテレポートに引っかからない転移が使える子がいるんです! すみません、シャーリーちゃんは戦ったことがあるから知ってるだけで……」
「ちょっと待ってくれ。アンチテレポートに引っかからない転移だと? ありえるのか?」
アンチテレポートが何重に張り巡らされてても別に関係ない子がいるんだよね。場所を変えて何回か移動すれば十分に引っ越し可能だと思うのよ。
「テレポートの原理は点と点を線で結ぶように移動する魔術なんです。アンチテレポートはこの線を断ち切って別の場所に転移させる、いわば網ですね。魚を網で捕まえるように通り道に設置してある網なんです。これに引っかからない転移は網を掻い潜るような高度なテレポートか、もしくは……網に穴を空ければ通れますよね」
「前者は理解できる。だが後者は世の理を捻じ曲げるような、世界のルールを破るような行為だ。そんなことが可能なのは」
「ワールドアイテムだけ、ですよね?」
「…………持っているのか」
「うんっ! 持ってる人いたよ!」
「驚いた。そんな恐ろしい転移に関するワールドアイテムが……。文字通り、世界を変える道具だな……」
あ、ごめんなさい。別に転移のほうはオマケ機能っていうか……。ま、まあ、全部を説明することはないよね。武具の変質や再構成、新たな生命の創造、性別や種族を変更出来る程の転生能力まであるアイテムなんです~なんて言うわけにはいかないし。
まあその代償として、毎回毎回恐ろしい額のシルバーを消滅させるんだけどね!! エルドリード金貨高すぎるのよ、ティアちゃんはニコニコしながらパーっと使うけど!! なんならマリちゃんよりお金使ってるんじゃない? うちで一番お金がかからないの、多分リアちゃんだけだよ!? だってリアちゃんむしろお金稼ぐ方だもん。スクロールとか、魔導書とか……。しかも小食だし……。
「ふっ……」
「え? えっ? どうしました?」
「いやなんだ、色々と考え事をしているんだろうが、表情がパーっと明るくなったと思えば急に青ざめたり、ムスッとしたり笑ってみたり、忙しいお嬢さんだなと思って」
「え、そ、そんなに顔に出てますか!?」
「出てる! 見てて楽しい!」
「シャルナーデも顔に出やすいが、同じぐらい出やすいな」
「え、き、気をつけます……」
「気をつけてても出るだろう」
「うっ……」
そんなに顔に出る方なんだ、私……!? 今度からポーカーフェイスを意識して頑張らないと、私の顔よ! 真顔になれ!! あれ、真顔ってどんな状態だっけ……?
「ふっ……」
「あははは!! お姉さんのお顔、忙しいね~♡」
「真顔を意識すればするほど変な顔になってるぞ。もう気にしないで顔に出してくれ、こっちのほうが落ち着いて会話が出来ない」
「す、すみません……」
もうダメだ、真顔がわからない……。私にポーカーフェイスなんて無理なんだ。うう、私もレーナちゃんやグリムヒルデちゃん並みに硬い表情筋が欲しい、この瞬間だけ!! ああ、頭の中で真顔でドヤ顔ダブルピースをしてくるレーナちゃんとグリムヒルデちゃんが煽ってくる!! まっが~お~。へんが~お~……。脳内のレーナちゃんが煽ってくる!!
「ぐ、はは……!!」
「あ! ビッグボスが笑ったの初めて見た!!」
「すみません、今顔を戻しますから……!!」
「ここまで表情が迷子になる奴は初めて見た、俺の前だと笑顔なのはシャルナーデぐらいだから新鮮だ、いやいや面白い。ここに来て本当に良かった……さて、顔が落ち着いたら幻龍会側が提示出来る報酬の話をし……ぐっ……さっきの顔、最初の顔で良いんだぞリンネさん……」
「最初の顔!?」
いけない、最初の顔とか言われてもわかんないです! 私のデフォルト顔ってどんな顔!? 最初の顔は、バビロン様!? バビロン様に会った時のことを思い出せば良いのでは!? あ゛あ゛~……。バビロン様の仄かに香るローズの香りを思い出して落ち着くのよ……。すぅ~~……ふぅぅ~…………。んっ……。
「はい……。もう、大丈夫です」
「うわ、急に落ち着くな」
「まず、アールゲインに事前に潜入して作戦に問題がないかのテストをしましょう……。レギンさんをアールゲインに一度送って、幻龍会内部でのお話もあるでしょうから、テストのついでに移動出来ればと……」
「そうだな、いくらワールドアイテムとは言えども、本当に問題がないのかの確認が先だな……。シャルナーデが負けた理由が、ほんの少し理解できた気がする。この奇想天外っぷりが原因の一つか……」
「シャーリーは2秒先ぐらいしかわからないけど、お姉さんは2分も3分も、もっと後の局面まで戦略を立ててたんだよ! 凄いよねっ! ねっ!」
まずはアールゲインにめーちゃんとティアちゃんを向かわせて、黄金回廊のテストをしよう……。十分に脱出が可能だと判断出来たらレギンさんに幻龍会のメンバーを説得して貰って、数カ所のランデブーポイントを設定。幻龍会のメンバーをこの夜の間に全員月光の歓楽街に移動させる。
そうしたら後は、アールゲインの更地化を実行するだけ。アールゲインが砂上の楼閣だと言うなら、崩しちゃえば良いじゃない。一夜の内に砂の城を元の砂場に戻してやれば良い。面倒な駆け引きなんて、面倒ならやらなければ良いんだから。
色々リアルがゴタゴタしたり、書籍の作業で更新が遅れちゃいました! でも書籍の出来は非常に良くなったと思います。お楽しみに!!