508 夢か幻か
まさか、俺が地下迷宮に篭ってる間にシャルナーデが全兵力を動かすとは……。遊んでこいってそういう意味ではなかったんだがな……。
「で……チャットヴァーリ、エーカムとの通信は?」
『繋がりません』
「シャルナーデは?」
『生死不明です』
「くそっ……」
そして更にまさか、だ。シャルナーデが負けた? 俺を除けばアールゲインで最強の黒兎が? 信じられないが、通信が一切繋がらないこの状況からしてそうだ、これが現実だ。シャルナーデは俺に新しい都市で遊んでこいと言われ、全兵力を動かし、敗北して……まあ、死んだだろう。死んだんだろうな……。アレを生け捕りに出来るとは思えない。
「俺のミスだ、しっかりどう遊ぶのかを伝えるべきだった……」
『ビッグボス、自分を責めないでください』
「しかし、シャルナーデの仇だ。こちらから仕掛けておいて酷い話だが、やることはやらねばならない」
『幹部全員を招集しますか?』
「俺だけが行く。シャルナーデが負ける相手だぞ? 俺以外の誰が行っても同じことだ」
『…………了解、ご武運を』
「ああ」
最悪だ……。こんなことなら無理にでも地下迷宮に連れていけば良かった。シャルナーデは狭苦しい地下迷宮は嫌いだって言うから、それなら遊んでくれば良いと……失敗だ、最悪だ、これで幻龍会の地位は一気に地に落ちるだろうな……。
シャルナーデと俺のどちらかが目を光らせているのが抑止力に繋がっていたのに、俺だけならどうにか出来るかもしれないと暴れ出す奴も現れるだろう。気が付かれる前に、本拠地を新興都市に移して距離を取るのもありかもしれない。
まずはそうだな、こちらから仕掛けておいて悪いが、仇は取らせて貰うぞ……。シャルナーデを倒した仇敵よ。
◆ ◆ ◆
なんだ、あれは…………?
『ウェルカム、ビッグボス!!』
『シャルナーデちゃんがお待ちです!!』
『チャットヴァーリさんもおいでよ、皆で待ってるよ!!』
なんだ、あれは……? なんだあれは……!? なんなんだ、あの熱烈歓迎的雰囲気の看板は……!? 誰かが捕虜になって情報を抜かれたか? いや、情報を渡すぐらいなら自害するはず、ありえない。
『ん? あ! ビッグボスが来ました!! こちらエーカム、ビッグボスが月光の歓楽街南門に到着!』
「エーカム……?」
なんで、防壁の上にエーカムがいるんだ……? 誰かが化けているのか、俺は亡霊にでも化かされているのか? チャットヴァーリは最終決戦に向かったと言っていた。もし制圧出来ていなければ負けだと、通信途絶が敗北を示していると……これは、なんだ!?
『ビッグボス!! この街は良いところですよ、チャットヴァーリは来ていないんですか!!』
「待て、お前達……通信機はどうした!!」
『ドンタクンなる巨大な魔狼の咆哮で全て破壊されてしまいました! これは、マリアンヌ博士から頂いた通信機です!』
「はあ……? はあ……??」
頭が痛い、どうなっているんだ……? まさか、生きているのか? あのシャルナーデが負けた上に捕まった? 生け捕りにするのは殺すよりも難しいことだ、ありえるのか? いかん、冷静になれ……まだ誰かが化けているだけという可能性がある……。
まずトラップの気配は全く無い。地雷の一つすら埋まっていない。防壁内部に殺気はない、伏兵の気配もない。逆にうちの連中の気配を大勢感じる、戦闘が起きている雰囲気もない。むしろ宴会じゃないか? 宴会が開かれている気がするんだが?
「チャットヴァーリ、聞こえるか……」
『はい、ビッグボス! いつでも駆けつけられる距離にいます!』
「お前も待機していろと、はあ……。まあ良い、ちょっと現地に来い」
『了解、全員で』
「お前だけ! お前だけとりあえず来い!!」
『りょ、了解、ビッグボス!』
どうすればいい? ここで棒立ちしていては、相手に度胸のないボスだと思われる。しかし無策で突っ込めば簡単に騙されるボスだとも思われる。俺はここに来た時点でアホだと確定したと言っても過言でないのでは? そもそもここに来たのが失敗だったのか? いや、シャルナーデの仇を討つにはこれしか……。冷静に考えて、まずチャットヴァーリに様子を見に行かせるべきだったのか……?
『ビッグボス、中で全員待っていますよ!!』
「ああ、わかった! 少し待っていろ、チャットヴァーリに連絡を取っている!!」
『びーーっぐぼーーーす♡ 早く来てーー!! きゃーー楽しーー!!』
「…………はぁ」
生きてるわ。シャルナーデ、生きてるわ……。もう考えるのが嫌になってきたぞ、ここまで手の凝った罠だったらそれはそれで称賛したい。黒兎兵団の全員を真似て俺を誘き出す罠をこの短時間で作れるほどの相手なら、そりゃあもう勝てっこないさ。行こう、この目で確かめよう……。
◆ ◆ ◆
「あ! ボスボス、ビッグボス~♡ やっと来た~!!」
何、食ってんだこいつ……。美味そうなのバクバク食いやがって……。格好つかないからって、甘いものを人前で食わないようにしてる俺の苦労を踏みにじりやがって……。
「レギンさん、ですね? 初めまして、私はリンネと言います。どうぞお掛けになってください」
「あ、ああ。もう知ってるようだが改めて、レギンだ。よろしく頼む」
「シャーリーね、お姉さんに負けちゃった! ごめんなさ~い……」
この女が、シャルナーデを……。とてもそんなことが出来るようには見えないが、力を隠しているのはわかる。しかし明らかに格下、俺もシャルナーデもその気になればいとも容易く倒せる程度の相手だ。何かあるな、強力な手札が……。
「……お互い戦死者が出たはずだ。こんなに和気藹々としていられるはずがない。これは、どういうことだ?」
「お互いに戦死者は出ていません。厳密にはこちらに死者は出ましたが、全員蘇生しています。被害を受けた此方側としては赦せないという者もいましたが、地下探索と都市開発に協力して頂くことを条件に、矛を収めて頂きました」
「そんなもので被害を受けたそちらが納得するはずが……これは、なんだ?」
「契約書です。強力なものですから、万が一にもこの契約書に干渉しようものなら、無事では済みませんよ」
「シャーリー死んじゃうから、絶対悪いことしないでねっ!!」
たった一枚の契約書で縛り付けられるはずがないだろ……。一応内容を確認するか……?
幻龍会所属黒兎兵団団長フィーナ・シャルナーデ及び、黒兎兵団所属団員総員は、月光の歓楽街の都市開発、及び旧ヴァハール神龍王国領である地下空間の探索と採掘業務に協力するものとする。期間は偉大なる鋼鉄の調査隊、ローゼス隊とゼイルマン隊の調査採掘期間と同様のものとし、これらに全面的に協力するものとする……? また、フィーナ・シャルナーデは死霊神リンネの命令に応じ、その命令を最優先のものとする。契約不履行が認められた場合や、フィーナ・シャルナーデが命令に反した場合、対象者は即座に死亡する……!?
「シャルナーデに何をした」
「いえ、特に何も」
「何もされてないよ? 一緒にケーキ食べよって言われただけ~♡」
「は?」
は? じゃあ、この物騒な最後の一文は……?
「シャーリーちゃん、ドラゴンバンバン楽しかった? フリオニールって人とマリアンヌって人、上手かったでしょ」
「うんっ!! もう一回やりたーい!! あ、でもね、でもね、リアちゃんの魔導書作りも見てたい!! 凄いんだよ、綺麗な魔術の陣がね、ぶわーーって広がって!!」
「ほら、ぴょんぴょんするとケーキ落としちゃうから、ケーキ食べてからね?」
「は~い♡」
いかん、俺より、懐いてないか……? なんだこの懐き具合は!? ああ、頭が痛い……。変になりそうだ……。
「レギンさんもどうぞ、うちの料理人さんの作ったケーキは、魔神様もお認めになられる素晴らしい逸品ですから」
「いや、俺は甘いものは……」
「ビッグボスが要らないなら、シャーリーが食べた~い♡」
「…………いや、頂こう。神様が認めるほどの逸品、頂かないわけにはいかない」
「シャーリーちゃん、もう一個欲しいならまだあるからね」
「やったぁ~~!! お姉さんだぁ~い好きっ♡」
もう毒物が入ってようが幻覚剤だろうが何でも良い、いや、どうでもいい。どうでもよくなった……。今まで常に張り詰めていた緊張が、プライドが、ガラガラと崩れていくのを感じる……。
「あ、うんっめぇ~…………なにこれぇ…………」
「ビッグボス……?」
あ、脳が溶ける。死ぬ。死んだ。俺の好きな甘さ、いやらしくなくて変に主張が強くないくせに、後からもう一口欲しくなるタイプの、すっきりしていて爽やかな甘さの後に忘れられない尾を引くしっとりとしたクリームが…………。
「…………レギンさんのも、もう一つお持ちしますね?」
「あ~……」
もうだめだ、俺に至っては戦わずして負けた。完全敗北、幻龍会は完全敗北だ……。アールゲインでどうなろうがもう良い、こっちに全員呼ぼう……。あそこで気を張り詰めて生活してるのがアホらしくなってきたわ。
「シャルナーデ」
「どうしたの、ビッグボス?」
「俺がビッグボスを辞めて、この都市でのんびり暮らしたいって言ったら怒るか?」
「怒んない! シャーリーね、ここに住みたーい!!」
「そっか、そっか~……」
ここで暮らそ、毎日ケーキ食ってさ? 地下の探索で汗水たらしてさ? 報告書でしか見てないカジノで遊んでさ? すげえ健全な生活じゃん、最高。幻龍会解散! うん、そうしよ……。他の奴ら、怒るだろうなあ~……。怒ってる口にケーキ突っ込んでやれば、全員納得するよな。そうしよ……。
はぁぁあああああ~~………………。アホくさ………………。