498 嘘
厳冬龍姫さんを殺さないように降参させるのは難しかったですね~。でも長く戦ったおかげで、空間ごと物理的に凍結させてくる相手との戦い方、上手い立ち回りを学ぶことが出来ましたし、殺魔さんの凶悪な奥義である絶命渦も見ることも出来ましたから、得られたものはとても大きいですね。
『止まれ。ヘルミナ様は今、誰ともお会いにならない』
「ヘルミナ様~! ユキノが来ましたよ~!」
『今は誰とも会わないと』
――――ギィィ…………。
「ほらほら、邪神殿の大扉が開きましたよ~?」
『こ、これは、いやしかし……』
せっかく邪神殿の大扉を開けて招いてくれてるのに、物わかりの悪い牛魔人さんですね~……。お肉にして焼いて食べちゃいますよ~??
『うっ……!?』
「通してくれますよね~?」
『あ、ああ、そうしたほうが良さそうだな……』
『おい、良いのか……?』
『わ、わからない、だが……!』
急に物わかりが良くなりましたね~? でも揉め事なく通れるならユキノは嬉しいです! さてさて、ヘルミナ様はお元気でしょうか? バビロン様に切り離されてからお元気がないみたいで、前に話した時も凄く寂しそうだったんですよね。
「ヘルミナ様~! ユキノが来ましたよ~!」
『別に、来なくても良かったのに』
「また明日って言ったのに、夜遅くまでお待たせしてごめんなさ~い!」
『別に、待ってなんていません』
「は~い」
『いつまでそんなところにいるの、もっと近くに来なさい』
「は~い」
やっぱり寂しかったんですね、ヘルミナ様~! 口ではあーだこーだ言ってくるんですけど、本心では結構真逆のことばっかり思ってるんです。ちょっと面倒な性格で、不器用で、悩める寂しい女の子なんです!
『ねえ』
「はい?」
『ユキノは、あのつくねとか言う娘が好きなの?』
「大好きです!」
『どのぐらい? お友達? 恋人? 結婚したいぐらい?』
「うーん、素敵なお友達で、お近づきになりたいなって思います~」
『異常なことだわ。女同士だなんて』
「何もおかしなことじゃないですよ?」
『…………だって』
「だって?」
ヘルミナ様、前もこの話題でこれ以上何も言わなくなっちゃったんですよね。ゲームだからきっとイベントに進行なフラグがあるってつくねちゃんは言ってましたけど、難しい専門用語がいっぱいでよくわからなかったので簡単に説明してもらったら、とりあえず進展を得る為には何かアクションを起こさないとダメだって言ってましたね~? じゃあ、次の言葉を待たずにユキノの方から話しかけてみましょう!
「たまたま好きな子が女の子だっただけです。だからおかしなことじゃないです。性別なんて簡単に乗り越えられます!」
『そんな簡単に、私は異常だって! おかしいって! 皆、皆そう言うのよ……! だから同性愛だっておかしいの、異常なの!!』
わあ、進みましたね……? 本当は同性愛を異常だと思ってなくて、むしろ大好きで、でも周りの言葉に縛られて本当の自分を殺してるんですね。
「邪神様なんですから、異常なことを愛してもいいじゃないですか~。なんで邪神様なのにそんなにお利口さんのフリをするんですか~?」
『…………私、ユキノのことが嫌いだわ!』
「嫌いなら早く追い出してくださ~い」
『そういうところも、嫌いよ!!』
「じゃあせめて離れておきますね~?」
『ダメよ、傍に居なさい。ユキノは私から離れないの、ユキノは私のものよ』
本当に不器用で嘘が下手で、わがまま駄々っ子な女の子ですね~……ヘルミナ様は……。どうしてこんなに、自分を抑圧するんでしょうか?
「カーミラさん、記憶を失ってもリンネさんにベッタリでしたね」
『嫌いよ、カーミラなんて……。エクリティスの生まれ変わりなんて、認めないわ』
「まっさらなカーミラさんなら、今度は曇りのない目で見てくれるかもしれませんよ~?」
『嫌よ、絶対に嫌! そんな目で見られたら、私……! 耐えられない……!』
これは本当に嫌な時の反応ですね~……。
『ユキノだって、私を邪悪な神だって、異常だって思って見ているでしょう!!』
「ユキノは本当は目が見えないので~」
『え……え?』
「その代わり心の目を通して見えるヘルミナ様は……そうですね~……。思春期の悩める可愛い女の子に見えますね~」
『ユキノは、目が見えないの……?』
「ええ、本当の世界では何も見えませんよ~? 誰かが作った映像を頭で感じることで世界が見えるだけ、ユキノの世界は真っ暗で何もないんです」
『…………真っ暗な世界は、怖い?』
「怖いですよ~。手探りで掴んだものがナイフだった時に手を怪我した時とか、夜中にお手洗いにと思って、でも誰かを呼ぶのは恥ずかしかったから一人で歩いていたら階段から落ちて大怪我をしたり、誰の名前を呼んでも返事が返ってこなくて世界にユキノだけ一人ぼっちになっちゃったって思って泣いたこともありましたね~」
『…………耐えられないわ』
「耐えるしかないんですよ~? だって、どれだけ望んでも手に入らないんですから」
ヘルミナ様がユキノに興味を持つなんて珍しいですね? 大体ヘルミナ様が悩みや恨みをつらつらと言い続けるのを聞くばっかりだったので、こうして自分の話をするのは……あれ……初めて……? 初めてです! ユキノの嫌な話を誰かに聞いてもらうのは! 結構、楽しいのですね!
「でも、真っ暗な世界だからってなにもないってことではないんです。ナイフだって階段だって、ユキノの両親も使用人さん達も、牛や馬、豚や羊、色々なものがあるんです。真っ暗な世界の中に。それぞれが奏でる心臓の音も、呼吸の音も違う。一人一人同じ作業でも作り出す音が違う、リズムが違う、他の人が気にしない塵芥のような情報が、ユキノの世界の情報の全てなんです」
『…………ごめんなさい』
「ユキノはこの目の話をするのは、ヘルミナ様が初めてです。でもなんだか、聞いてもらってちょっとスッキリしました! 聞いて貰って嬉しかったです。だからごめんなさいなんて言わないでください。え~っと……。ヘルミナ様も、スッキリしてみてはどうですか?」
『…………』
「ヘルミナ様は、ちょっと溜め込みすぎなんだと思います。定期的に吐き出さないで全部溜めるから、爆発も出来ずに膨れるばっかりで身動きが取れなくなっちゃったんじゃないんですか?」
『知ったようなことを言わないで』
「はい、ごめんなさいヘルミナ様」
『いいの、謝らないで』
本当に天邪鬼というか、捻くれたお方ですね~……。でもなんとなくわかる気がします。ユキノは昔、目が見えなくて虐められたことがあるから……。怖いですよね、皆と違うことを理解して貰おうとするの。ユキノの袖を掴む手の震えから、なんとなくわかります。
『…………』
「…………」
『……ッ!』
ヘルミナ様の手、小さくて冷たいんですね~。勇気が出るように、ユキノが温めてあげますね!
『…………皆が、大好きなの』
「はい」
『私は、他の神々とは、違うの。無から生まれた、邪悪な女神だから……』
「…………」
ヘルミナ様の冷たい手が握り返して来て、痛い。
『否定されるのが怖いの。皆と一緒、私はおかしくない、認めて欲しい、愛して欲しい、私だけは嫌なのよ。私も、私も……!』
「エクリティス様は、受け入れてくださったのですか?」
『そう、そうね、そう……。私のことが好きだって、色んなところを褒めてくれて、愛してくれた。その時、愛を知った時から、私はね……? 愛の、虜になってしまったの。ああ、愛ってこんなに甘美なものなんだって。素晴らしいものなんだって』
痛い、ヘルミナ様の思いが伝わってくるのがわかる。悲しい、寂しい、痛い……。
『皆に、愛を振りまいたの。皆を愛したら、もっと幸せになるって。もっと素晴らしくなるって。でもそんな、私を……!! 私は……!!』
「大丈夫、大丈夫。ユキノはここにいますよ~……」
『誰彼構わず愛する私は、異常だって……!! 皆に否定されて、わからなかった!! だって、エクリティスだけじゃ、もっと皆に愛されたいの!! どうして、どうして!!』
「…………エクリティス様はそれでも、お怒りにならなかったんですね」
『それも私の魅力だからって、そこが好きだって、でもメルティスはそう言わなかった!! メルティスは怒り狂ったわ、自分は授かれなかったのにって。私にも、私以上にエクリティスに!!』
「それが……」
『愛が崩れ行くのを、ただ呆然と見ているしかなかった……。破滅の瞬間、心に大きな穴が空いたのを感じた。愛が流れ出て、でも辛いのも全部全部流れ出して、破滅の瞬間に解放感が得られて……。こんなに愛が辛いものなら、破滅したほうが良いって……』
「でも、バビロン様達は……」
『愛しているの、それでも愛しているの。愛することが止められないの。私、壊れてしまったんだわ。愛の行く末は破滅よ、辛いことなの。解放されるには終わらせるしかない、でも自分で終わらせるのは怖いの……!! だから、だから、否定して欲しい。否定して欲しくないの、愛しているの……!! でも解放されたい、おかしいのよ、異常なの!!』
こんなに、どうしてこんな、終わらない苦しみの連鎖になってしまったんでしょう……。
『お願いユキノ、傍にいて。もう愛してしまったの、ユキノも愛してしまったの。皆大好き、皆愛しているの……』
「ヘルミナ様は、優しすぎたんですね……。皆、優しすぎるヘルミナ様に、耐えられなかったんです。きっと……。ユキノは、傍にいます」
『否定して欲しいの、嫌いだって……。ユキノから離れるのに、解放されるのに、否定されたい』
「嫌です。否定しません、ユキノは面倒くさくて不器用で優しくて素敵なヘルミナ様が大好きです」
『嫌いよ、大嫌い……!!』
終わらせてあげたいですね、この苦しみの呪縛を。ヘルミナ様が誰をどれだけ愛しても良い世界にしてあげたい。ああ、だからきっと、メギドは間違ったんですね。愛する相手がいない世界なんて、ヘルミナ様は心の奥底でそんなこと絶対望んでないのに。言葉通りに受け取ったんですね~……。
『嫌いよ、嫌いなの……大好きなの、愛してるわ……』
「今日は、お眠りになられたほうが良いですよ~……」
『眠るまで傍にいて、ずっとじゃなくて良い……。ここに居たら、ユキノは冒険できないもの……愛しているから、離れることを許すわ……』
「また来ますね、ヘルミナ様。おやすみなさい……」
『おやすみ、またよ? また来るのよ……? 来なかったら、赦さないわ』
「絶対来ますよ~」
おやすみなさい、ヘルミナ様。またお話しましょうね。今度はきっと、ヘルミナ様が笑顔になれるような……そうだ、ドラゴン食べ比べセットとか持ち込んで、お肉焼いて食べましょう~! 美味しいものを食べたら元気が出ますから、満たされることのない心の代わりに、お腹を満たすところからですね~!
『…………愛しているわ、可愛くないユキノ』
「ユキノも、愛してます。可愛らしいヘルミナ様」
『嫌いよ……』
私は大好きですよ、ヘルミナ様のこと。