490 一歩前進
滅びと砕きの槍、この槍自体には状態異常を撒き散らす効果や魔族への特効などは無かった。問題だったのはカードの代わりに付与できる特殊な能力【滅魔の光】、これが槍にエンチャントしてあった為に、魔神殿前が状態異常の大洪水と化し、ローレイに展開されていた防壁もいとも容易く打ち破り、カーミラさんをも消滅寸前まで追いやったらしい。
滅魔の光はその名の通り魔族殺しのエンチャント、滅びと砕きの槍自体の性能と合わさって、魔族を殺す、消す、滅ぼす、打ち砕くのに特化した性能になっていた。これを気軽に投げつけてくるということは、この槍と同等の物はいくらでも用意が出来ているということだろう。
しかし、二度目はない。既にティスティス様がジュエリアと協力して【冥宝のお守り】を大量に生産して、魔神殿などの女神を祀る施設で配布を開始している。これさえアイテムインベントリに入れておけば、滅魔の光などの攻撃に対して絶大な防御性能を発揮出来る。問題なのはワイパーニの句のお守りと枠が被るから、一般フィールド上ではワイパーニの特殊装備が使えないってこと。まあこればかりは仕方ないから、自力で対抗手段を獲得出来ない人は諦めるしかない。
「……そういうわけで、このお守りは全員持っておくように。武器、防具、アクセサリー、どこでも良いから必ず身に着けておいて」
以前は特殊装備を従者に与えても効果はなかったけれど、今はあの時よりも全員強化された影響でスペシャル装備枠や特殊装備枠が解放されて、お守り系のアイテムの効果が出るようになった。冥宝のお守りさえ身に着けていれば、滅魔効果が発揮されずに消滅や完全ロストを防ぐことが出来る。
「はい、カーミラさんはブレスレットにして貰いましたよ。これを手首に着けておけば、また暗いところで迷子になることはなくなりますから」
「あ、りがとう、ございます。リンネさん……」
それにしても、カーミラさんをローレイの魔神殿の2階、私達のギルドハウスまで連れて来るところから大変だった。まず立ち上がり方がわからない、歩き方がわからない、どうやって立ったままでいられるかわからない。抱っこしてここまで連れてきても良かったけれど、歩行訓練がてら3階から2階へと降りるぐらいは頑張ろうって、文字通り手取り足取り歩行訓練を行った結果……2階に降りてくるまでに30分以上もかかった。本来なら1分か2分ぐらいで移動できる距離を、約20倍の時間を要してしまった。
それほどまでにカーミラさんの記憶は欠落している。私とティアちゃん、バビロン様達四姉妹が好き、特に私とティアちゃんが大好きという記憶以外ほぼ全てが欠落してしまっている。言語の発声に関する記憶は残っていたけど、文字に関する記憶は欠落しているから、読み書きをすることも出来ない。それでもお話が出来る、それだけで幸運なことだと思う。
「リンネさんの手、温かくて、好きです」
「皆を沢山撫でて、温かく成長させましたからね」
「私も、撫でてくれますか?」
「訓練を沢山頑張ったら、撫で撫でしますね」
「嬉しい……。頑張ります、まずは何をすれば良いですか?」
「まずは補助なしで歩けるように、頑張ってみましょうか」
「は、はい……頑張ります……」
いつも不敵な笑みを浮かべて、私を手玉に取ってくる妖艶なお姉さんだったカーミラさんが、何をするにも不安そうに怯えている姿はあまりにも痛々しくて……。つい目を背けてしまいそうになるけど、私はカーミラさんが元のカーミラさんに……いや、それ以上になれるって信じてるから。
「お姉ちゃん、カーミラ様を支えるのに何か魔術を使いますか?」
「ううん、皆は見守ってて。絶対に一人で出来るって、信じて応援して欲しいな」
「カーミラ様の右手は、ティアが支えます~!」
『リアちゃん、信じて見守ろう。それが俺達に出来る、最大限の応援だ』
「こういう時ばっかり喋るのズルくないですか?」
『(´・ω・`)』
「……我も、アルテナを解除したら正常に歩けるか心配だ」
『マリアンヌ嬢も歩行訓練をしてはどうか? 本来の自身の身体性能を再確認した方が良いと思うが』
「まさか、まあ歩けないなんてことがあるはず…………うわぁあ!?」
「わあ、本当に歩けないですか? 足が生まれたてのお馬さんです!」
「マリちゃんってば、普段からアルテナにべったり甘え過ぎ~!」
「マリアンヌさん、さあ手を。一緒に歩行訓練を頑張りましょう」
「う、嘘だ、あ、歩ける、歩けるはず……!」
マリちゃん……。急激な肉体の成長を補助していたアルテナを解除した途端、まさか歩けなくなるなんて……。さすがのカーミラさんも険しい顔で見ていらっしゃるよ……?
「それじゃあ、マリちゃんに負けないように歩いてみましょうか。右足から前に出してみましょうね」
「はい……ああっ! 手を、離さないでください、怖い……!!」
あのカーミラさんが、歩く時に手を離されそうになるだけで怯えてる……。一つ一つ確実に、恐怖を自信に変えてあげないと。過去の私も、真弓からしたらこんな感じだったのかな……。真弓が私のことを守ってくれてた気持ち、凄くわかる……。
「カーミラ様、さっきより上手に歩けるようになって来ましたねっ!」
「マリにゃん、エスちゃんに支えて貰わないと歩けないの恥ずかしくないんですか? カーミラ様のほうがお上手ですよ?」
「そんなはずはない、そんなはずは……!!」
「ほら、カーミラさん。うちのマリちゃんの貧弱なもちもちあんよより、ずっと上手く歩けてますよ!」
「本当、ですか……? 歩けてる、歩く、歩く、歩く……」
さすがカーミラさん、少し自信がついただけでしっかり歩けるようになってきた。マリちゃんと違って元から歩くのには問題ない身体能力はあるから、歩き方のコツさえ掴めれば歩けるようになるのよ!
「歩く、歩く……右足、左足……」
「ア、アルテナ、助けてくれ……」
『拒否』
「そんな……!?」
『体力だけはあります。トレーニングをすることを推奨』
「ほら、いつの間にか支えなしで歩けてますよ、カーミラさん」
「え……? あ、ああっ!! 置いて行かないで、リンネさん……!!」
「大丈夫、落ち着いて。ここまで頑張って歩いて来てください。そしたら、いっぱい撫で撫でしますから!」
「撫で、撫で……あ、歩いて、そこまで……」
ああ、カーミラさんだ……。負けず嫌いな、満月の女王の目をしている……。
「カーミラ様、もう少しですよっ!!」
『(*´∀`*)!』
『わう~っ!! (頑張れ~っ!!)』
「やれる、成し遂げられると信じて!」
「私は、やれる……。私は、一人で、歩ける……!」
そう、自信を取り戻して。その一歩、その一歩が、カーミラさんが満月を取り戻す一歩になるから。
「リンネ、さん……!!」
「もう少し! もう少し!!」
「リンネ、さん……撫で、て……!!」
「わあ~~!! 一人で歩けるようになりました!! おめでとうございます、カーミラ様~!!」
「う~~……!! カーミラさん、偉い……! 怖かったですね、でも一人で歩けるようになりました! 偉い、偉い……!!」
「…………はい。はい……!」
どうしよう、泣いちゃいそう。でもまだまだスタートラインから一歩踏み出しただけ、ここからまだまだ沢山大変な試練が待ってる。一つ一つ確実に、乗り越えていきましょうね! カーミラさん!!
「リンネ、我も撫でてくれたら、多分歩け……あだっ!?」
「甘えたこと言ってるマリにゃんには、私のデコピンをあげま~す」
「リアちゃん、今凄い音だった~! べちって鳴った!」
「マリアンヌさん、こんなに太い脚をしていらっしゃるのですから、頑張って御自分を支えてください」
「我が気にしていることを!?」
『気にしているなら改善すべきだろう……』
『(;´∀`)』
「マリにゃん、早く立たないと、次のデコピンが待ってますよ~?」
「酷い、我の味方は居ないのか!?」
『不在』
「酷い……」
マリにゃんはまあ、運動性能のほとんどをアルテナにサポートして貰ってる状態でレベル上がったから、こうなっても確かに不思議ではないかも……。強化された肉体を支える力がアルテナだったから、自分だけで支えるのはちょっと難し…………いや、普通に立つとか歩くぐらいは出来なきゃおかしいでしょ。やっぱ甘えすぎだわ。
「千代ちゃん」
「此処におります」
「マリちゃん、とりあえず蒸し風呂連行で」
「御意に」
「嘘だろう……!? 歩けないんだぞ……!?」
「あらら~本気で頑張らないと、蒸し風呂で蒸しにゃんヌになっちゃいますね~」
「はいっ! 黄金郷直通便です~っ!」
「ティアちゃん!? ティアちゃんまで我を見捨てるのか!?」
「ティアは応援しているから、サウナに案内していますっ!」
出た、ティアちゃんのナチュラルサディスティック正論パンチ……! これを食らったら並大抵の相手は反論できずにひれ伏すしかない。これが黄金の女王がもつ、黄金の正論ストレート……! まあとりあえずマリちゃんは、たるんだお体を少し引き締めたほうがよろしいよ……。
「んっ……」
「歩けるようになったから、次はどうしようか……」
「次はモンスターさんを倒しますっ!」
待ってティアちゃん、段階っていうものがあってね!? そんなニッコニコで超が何十個も付くぐらいの難題をかるーく言い放たないで!?
「モン、スター……?」
「ええと、滞留したマナが腐敗して、何かしらの生命と融合して生まれる……」
「倒したほうが良い、悪さをする生き物さんです!」
「悪い、生き物なのですか?」
『きゅぅ~ん…… (皆が悪いわけじゃないよう)』
「皆が悪いのでは、ないのですか」
「まあでも、大体は悪い生き物ですね。人を襲い、食べる。そんな怖い生き物です」
「怖い……」
もう、完全にモンスターを倒しに行く流れになっちゃったよ!? いやいや、それはまだ早いから! 話を戻そう!
「まずカーミラさんは武器の扱い方もわからないから、そこから! まずは武器を持つ練習とか、そこからだから!」
「はいっ! なので、ティアが作りますっ!」
「へえっ!?」
まさか、武器の話題に持っていくとわかってた上で、自分が作るって話に持っていくつもりだったの、ティアちゃん!?
「ティアはカーミラ様から槍を頂きました。だから今度は、ティアがカーミラ様に武器を差し上げたいです……。ダメですか……?」
「はい、良いです! カーミラさん、ティアちゃんがモンスターと戦う為の武器を作ってくれるそうなので、それまでもうちょっと歩行訓練を頑張りましょう!」
「わかりました。ティアさん、ありがとうございます。嬉しいです」
「もっともっと喜んで貰えるように、立派な武器さんを作りますっ! ヴァルさん、フリオニールさん、一緒に来てくださいっ!」
『え? え?? えっ!?』
『(;´∀`)!?』
あ、黄金回廊でヴァルさんとおにーちゃんが連れて行かれた!? ティアちゃんの積極性が、ここ最近とんでもない勢いで跳ね上がってない!? ま、まあ、もう連れて行かれたし、信じて待ってるしかないか……。
「応援団が少なくなって寂しいですね……。あ! 猫さんを出して応援させますっ!」
「猫……? まあ……!」
「がんばれーっ! がんばれーっ!」
「エスも、応援します。ふれー。ふれー」
「デロナも応援するね!」
『わう~! わう~っ!』
「皆さん、ありがとうございます。ええ、頑張ります……!」
おおう、気がつけば可愛い系の従者ばっかりしか残ってない……! それじゃカーミラさん、可愛い応援を頂けましたし……もうちょっと、頑張ってみましょうか!





