486 難題
ヘクトールとデイポボスは礼儀を重んじる傾向が強いようですね。戦士と称するに値しない者や無礼な者へ対しては無言の排除、戦士と見込んだ相手へは礼儀を尽くして全力で屠る。驕りがなく逞しい、私の命令を最も忠実に守ってくれるいい子達。
パリスとドルスは圧倒的なパワー、圧倒的なテクニックで徹底的に、完全に排除することを楽しんでいる。少しだけ耐えた相手に執着心を剥き出しにして執拗に攻撃する傾向がありましたね。悪いことではありませんが、この二人を共に行動させるのは控えたほうが良さそうですね。
カサンドラとネメシスは他四人の良いところを足して割ったような性格。少しでもリスクが気になれば徹底的にリスクを減らし、安全マージンを確保した立ち回りを好む。しかし消極的過ぎず、力押しが出来るのであれば力に頼る。問題なのはこの二人は恐らく、黒き神が黄金の女王、もしくは狐の神、あるいは銀色の月と共に行動していた場合、単騎で勝てる見込みがないということ。基本を守り応用も臨機応変に可能、しかし奇手には間違いなく対応できない。それほどまでに黒き神と上位神達は……強い。
「ヘクトールは全体の関節部の柔軟性を向上させ、更に複雑な動きに対応出来るように調整しましょう。気になるところはありますか?」
「右斜め後ろ方向、背面への攻撃と防御手段に不安を感じました!」
「旋回機能の強化か、右腕の対応範囲を拡大するかになりますね」
「重みのある攻撃を受けておらず、どちらが良いか正確な判断が付きません!」
「パリス、ヘクトールの右背面への攻撃を。ハードヒットへの対処テストをしましょう」
「任せてくれ。行くぞヘクトール!!」
「速ッ……!?」
言うや否や、相変わらず手が出るのが早いですねパリスは……。しかし、これでハッキリしましたね。パリスほどの巨躯から繰り出される強打へ対処するには、右腕の対応範囲を拡大したところではどうにもならない。緊急回避の為のジェットスラスターを搭載しましょう。
「ジェットスラスターにしましょう、ヘクトール。パリス、ありがとう」
「その貧弱な右腕をさっさと直して貰うんだな、ヘクトール」
「言われなくてもそうする、だが次は当たりすらしてやらないぞ!」
「喧嘩はやめなさい」
「マザー、あれは喧嘩ではなくコミュニケーションの範疇です。問題ないかと」
「デイポボスがそう言うのであれば……」
面白い変化ですね、進化を感じます。以前の機械獣ではこのように柔軟な会話は出来なかったでしょうし、今のような多彩な戦術は取れなかったでしょう。もちろん、パリスが今実行した不意打ちに等しい強打攻撃も。規則的な攻撃しか出来ない機械獣では必ず黒き神に負ける。黒き神のデータを集めれば集めるほど理解出来なくなる……必勝法がない相手とどう戦えば良いのか、どれだけ強化を重ねれば良いのか……。
「マザー……。黒き神は今夜、狐の神と共に夜を過ごすようだ。狐の神の為に、特別な贈り物を幾つも用意している」
「ネメシス、それは狐の神が……強化されると言うことでしょうか?」
「いや、うむ……。なんと言えば良いか。愛を強化する……? 愛を育む、と言うのが適切か……」
「愛を、は、育む……?」
愛を育むとは、どのような強化なのでしょうか……? ネメシスの言う意味が理解できませんね……。
「明日は、黄金の女王と永遠の愛を誓い合うようだ。私の集めた情報によれば、これは祝福されるべき行事であり、これを侮辱した者はこの世界の宿敵として永久に赦されることはない、らしい……」
「永遠の、愛を、誓うとは……? 愛を育むとは、また違う強化なのですか?」
「マザー、グランドマスターも同僚達の永遠の愛を祝福したことがある記録があります。伝承によるデータしか存在しませんが、永遠の愛を誓った後、愛を育むことに成功した場合、継承者が誕生するようです」
「継承者……。カサンドラの情報が正しければ、黒き神と狐の神、それに黄金の女王の継承者が現れるということですか! それは絶対に阻止せねばならないでしょう!」
「マザー、落ち着いてください。この行為を侮辱した者は永遠に世界の宿敵として認定されます。我々は世界を守るために戦いに備えている、これを阻止した場合は我々の存在意義が崩壊します」
なんと、なんと……。このような非常事態を阻止する方法が無いとは……! 愛とは、この世界が守るべき尊きものなのでしょうか……? 愛とは、いったい……。
「愛とは、それほどまでに、尊いものなのですか……?」
「…………カサンドラ、どうだ」
「私は伝承でしか、どうですかヘクトール」
「愛……? 戦士達の成長を見守り、楽しみにする心ではないか?」
「実力の差を徹底的に示し、完膚なきまでに叩き潰すのも愛だろう!!」
「狙った獲物を逃さず、追い詰める。追いかけている時のこの気持ちもまた、愛だと思う」
「つまり、愛とは気に入った相手に対して向ける気持ちということではありませんか? どうでしょうか、マザー」
「デイポボスがたった今統合した情報が恐らく、愛なのかもしれませんね。つまり、永遠の愛を誓う行為とは、お互いに気に入っている相手に対して、それを契約する行為ということでしょうか。愛を育むとは、その気持ちを強化するということですね。理解出来ました」
「おめでとうございますマザー、また一つ感情を理解出来ましたね」
「おめでとうございます、マザー!」
「おめでとう、マザー!」
「おめでとうございます」
「おめでとうございます、素晴らしい成長ですね」
「流石マザーです。おめでとうございます」
「ありがとう、私も黒き神と同様に成長出来ていると実感が湧きました」
なるほど、愛とは気に入った相手に向ける気持ち。愛が相互関係である場合は愛を誓うことが可能であり、その愛を強化することで継承者が誕生する。そうして人々は増え、繋ぎ、発展してきたのですね。この尊き行為は世界に守られるべき行為であり、これを侮辱する者は世界の宿敵となってしまう…………?
「では、なぜ、天魔は戦を起こすのですか…………?」
「え?」
「理解不能な質問です、マザー」
「マザー?」
人々は愛を誓い合う存在ならば、それを侮辱するのであれば、世界の宿敵となるならば、なぜ天族と魔族は争いをするのですか……? 天族にも、愛を誓った者が居るはず。魔族にも、愛を誓った者が居るはず。お互いにそれを侮辱し合うのであれば、お互いに世界の宿敵として、排除されるべき存在で……。
「天族も魔族も、愛を誓った相手を侮辱するのであれば、世界の宿敵。天魔の戦が起きては、全員が世界の宿敵になってしまうのではありませんか…………?」
「確かに……」
「マザー、それには天族と魔族を良く知る必要があります。天族の愛と魔族の愛、それぞれが異なっている可能性があります」
「どういうことですか? 愛に、違いがある……?」
「このネメシスが集めた情報によれば、魔族の愛はお互いを尊重し、慈しみ、育むものだと認識しております」
「ネメシス、天族の愛も調査しなさい。私は知りたい、マスターが残した最期の言葉……天魔の戦に備え、牙を研げとは、世界の意思に反した命令なのかどうかを。マスターは私に世界を守るようにと仰った、私は命令の真意を知る必要があります」
私は知らなければならない。本物の愛とは何か、マスターの真意を、世界を守るとは何を指している言葉なのかを。
「黒き神と狐の神の今の映像も出しなさい」
「マザー、そ、それは、いけません。それに、見ることが不可能なエリアにおりまして……」
「では侵入して映像を出しなさい」
「そ、それは……」
「マザー、落ち着いて聞いてください……。ええと……」
「なんですか、カサンドラまで」
「マザー! 私は戦士達が今も尚、鍛錬していると信じています! つまり何が言いたいかと申しますと、信じて待つこともまた、愛だと思っているからです! 鍛錬を覗き見るのは無粋かと!!」
「そうですマザー! ヘクトールの言う通り、愛を育む行為というのは、決して覗き見てはいけないものなのです!」
「それでは私が愛を育む行為を理解出来ないではありませんか。詳細を知りたいのです」
「マザー、ええと、その、わ、私が、このネメシスが!! 私が魔族と秘密裏に接触し、愛を育む行為とは何かをまとめた資料を入手して参ります! それ故、小型の遠隔操縦用ボディーを、どうか!!」
「黒き神達の映像を出したほうが早いではありませんか」
どうしてこの子達は私の合理的な命令に従わないのでしょうか? 今すぐ、目の前にその光景があるというのに、なぜ資料などと……。理解に苦しみます。
「マザー、さっきからこいつらが言ってる通り、それは愛を侮辱する行為ってことだな! つまり、あー、なんだ! それにそうだ! サンプルが一つじゃ公平な判断が出来ないだろ!」
「パリスの言う通りです、マザー。サンプルは多いほうが良いかと、それにもしも最初のベースとなるサンプルが異常な愛であった場合、後々の判断材料が全てイレギュラーになってしまいますから」
「デイポボスの言う通り! そう、サンプルを多く入手して参ります! ですので、どうか今回は命令の取り下げを!!」
「…………わかりました。全員がここまで反対するのであれば命令を取り消し、ネメシスに小型の遠隔操縦機を与え、愛を育むことに関する資料の回収を命令します」
「ありがとうございます、マザー……!」
少しだけ、そうですね……モヤモヤする。何か引っかかるところはありますが、今回は私が引き下がるとしましょう。それにしても、愛とは難しい……。これは私の中でとても大きな問題となるかもしれません。しかし、マスターの真意に近づけるチャンスとも考えることが出来ますね。ああ、なんと楽しみなことでしょうか……。
まざー「愛を育む資料を回収してきなさい!」
ねめしす君「(エ■本回収だとぉおおお……!?)」
かさんどらちゃん「(エ■本回収とは、ネメシスも大変ですね……)」





