476 緊急事態
『緊急事態よ、燐音さん!!』
夏休み最初の日、目覚めの一発がまずこれから始まった。連絡を受けた時の時刻は朝の9時過ぎ、正直もう少し寝ていたかったのだけども、丁度家政婦さんがお掃除に来てくれたこともあって渋々起きることに。とりあえず家政婦さんに朝の挨拶と簡単な会話をしたら、なぜか死ぬほど驚かれたんだけど、そんなに酷い格好してたかなと思って鏡を見ながら身支度を整えて遅い朝食を済ませても、驚かれた理由についてはよくわからなかった。
まあそんなこんなで朝やることを済ませながら情報を確認してみたら、どうやらバビロニクスにワールドボスモンスターが出現していたらしい。レベル300前後のプレイヤーがやっとダメージを与えられるかどうかぐらいの超装甲をした巨大なモグラだったみたいで、とにかくバビロニクスへの侵入を阻むのに頑張っていたんだって。
そう、私が焦ってない理由はまさにこれ。過去形なのよね、残念ながら。もうギガントジュエルビーストは討伐が終わってて、参加したメンバーが貢献度に応じて報酬を受け取ってウハウハやってたみたい。参加したかったなーという気持ちと、たまには私が居ないほうが一般プレイヤーが良い思いを出来るから良いかという気持ちが半々。結局私は、不健康な生活はよろしくないとリアルを優先して、ゲームよりもトレーニングをすることを選択しちゃった。お陰様で朝からさっぱりしたよ、その後お風呂掃除終わった家政婦さんにお礼を言って、使わせて貰いますって伝えたらまた驚かれた。もしかして私、家政婦さんに嫌われてたりする? そうだったらちょっとショックかも。まあとりあえず、お風呂~!
『――えーここで速報です。ジョニーエンターテイメントの社長と思われる男性の遺体が、東京湾の無人倉庫の中で発見されました』
ええ……お風呂上がって来て早速これよ、こっちのほうが大ニュースだわ。テレビでこういう速報見るの久しぶりかも? 政治家の遺体がーとか、行方不明でーとかはよく見るけど、企業の社長が遺体でーってニュースは本当に久しぶりに見た。よっぽど業界から恨みを買ったか、踏んではいけない相手の尾を踏んだのかな。
『この件について、どう思われますか北村さん』
『まあ相当に恨みを買っていた人物でしょうからね、誰にやられても……って感じはしますけどねー』
『いろんな相手に借金をしていた噂や、各業界を荒らし回るような稼ぎ方、所属タレントも所謂炎上系タレントが多い会社の社長でしたからね。いやあ~怖いですねぇ~』
『まあ遺体で見つかったってだけで、もしかしたら偶然迷い込んだ無人倉庫で突然死ってこともありますから。憶測で言うのは止めておきましょうか』
『そうですね~。あ、では次のニュースです。新上野海の生き物館がリニューアルオープンです。昔は美しかった海の世界を堪能できる――』
そういえば、何トラだっけ……? なんか問題を起こしたプレイヤーの祖父の方がうちのギルドに居たけど、いつの間にかお昼寝さんが最近になって追放してたっけ。まあリアルの事情が色々あるにしても、ログインして来ないのは意欲がないのと同じだから当然だよね。そもそもオフラインからでも掲示板にはメッセージ書けるんだから、連絡ぐらい入れられるでしょ。こっちからしたら外部の人に、意欲がないプレイヤーでも所属できるギルドって思われるのは嫌だし、こういう場合は追放が妥当だね。
「あの……天音、様?」
「あ、七瀬燐音に改名しました。役所で正式に」
「あ、あっ! こ、これは、お、おめでとうございます……!?」
「えっと、ありがとうございます……?」
「こ、これで終わりましたので、今日は失礼致します。何か至らない点がありましたら、ご連絡の程よろしくお願いいたします」
「はーい! いつもありがとうございます」
「いえ、仕事ですので……。あの……失礼ですが、随分と……お変わりに、なられましたね……? あ! いえ、たいへん良い意味で!! とても明るく、お綺麗になられましたので……」
「そうですか? 明るくはなったかもしれないですね、多分根っこの方は変わらないですけど!」
「笑顔が素敵になられました。本当に、驚きました……。へ、変なことを言ってすみません、では……」
笑顔……? それに驚いてたってこと? あ、確かに前までは家政婦さんに挨拶する時も小声でボソボソだったし、部屋を真っ暗にして引きこもるような生活をしてたから、確かにそこから比べると変わったかも! 良い方向に変わったって言われたし、なんか嬉しいかも!
「よーっし! じゃあ、バビオン……あっ! もう12時過ぎか~……どうしよ? お昼、食べちゃってからにしようかな? ちょっと早いけど!」
ここでご飯を食べないうちにバビオンをし始めると絶対にお昼ご飯を抜いちゃうから、まずは食べてちょっと食休みをしてから始めようかな。せっかくだから、休んでる間に千代ちゃんのネイルデザインとかしちゃおっかな~? 千代ちゃん、前までは絶対手を見せたくないって感じだったのに、今はネイルをして気を引いて手を見て貰おうとするなんて……。カーミラさんより乙女してるじゃん!
それはそうと、カーミラさんはもうちょっと恥じらいを持とうよ、乙女じゃなくてあれじゃ肉食獣だよ。肉食獣と言えばどん太だけど、どん太みたいに待ても出来ないし、カーミラさん……調教しないと駄目? 鞭でペチンペチンってする? 今までは振り回されっぱなしだったけど、今度からは逆に振り回してやろうか。
『――燐音さん、緊急事態ですわ!! 今度こそ本当に!!』
えーまたー? どうせワールドボスモンスターがまた見つかったとか、そんな話でしょ? 満月の日はエクリティス様の残滓の影響を受けるモンスターが居るとか言ってたから、ガッツリ影響を受けて超パワーアップしちゃったモンスターが居てもおかしくないよね。特にヘルミナ様も顕現したことだし、影響が強くなっててもおかしくないっちゃおかしくなーい。
『リンネ、ヤバい。めちゃヤバ激ヤバマックス。へるぷへるぷみー』
『リンネちゃん、ちょ~っと助けて欲しいんだけどな~』
『リ、リンネちゃん、出来れば、本気で助けて欲しい、なーって……』
『リンネさーん! とっても大変なことになってますよ~!』
いやいやいやいや、レーナちゃんにお昼寝さんに、つくねちゃんにユキノさんまで? これは絶対何かあったわ、本当に緊急事態の可能性が高いわ。いやあ~千代ちゃんのネイルのデザインだけでも、せめて食休みだけでも……!
『ご飯食べたばっかりで、まだ横になりたくないんだけど』
『では、どうにもならなそうですから、皆でランチを済ませて現実逃避してから再集合しますわ! ゆっくりおいでになられて?』
『え、そんな手がつけられないレベルなの』
『手も足もドリルも出ませんわ!』
『それは、緊急事態だわ……』
どうにもならないから現実逃避にランチタイム……? いやあーもうーー!! 気になってデザインが全然出てこないよー!! しょうがない、今回は安直に桜の花びらが舞ってるようなデザインにしよう! 加賀利っぽさが出るようなデザインね、千代ちゃんのクールでセクシーでキュートな容姿に、奥ゆかしい可憐さをプラスしていくイメージで。
「…………よし、出来た。さてさて、何がどうなってるのか、見に行こうじゃないの」
おっと、少し集中して作業すると30分なんてあっという間だわ。それじゃあ皆が何を騒いでいるのか見に行こうか。ドワーフ関係のイベントが進んで、ドワーフの国から物凄い機械が登場! みたいなことが起きてたりして! それはそれで楽しみーー!!
◆ ◆ ◆
「……なにこれ?」
「更地。まっさら。ぺったんこ。なにもないがある」
現在私はバビロニクスにいます。そしてバビロニクスのギルドホテルのロビーに居たレーナちゃんからスクショを見せて貰いました。ええ、メルティシア法国の跡地が、巨大なクレーターになってるんですけど、これは……どういうことですか……? ドワーフのイベントは? ワールドボスモンスターとかは? 私が想像していたイベントは、どこへ……?
「リンネ、現実逃避している場合じゃないぞ。マグナからの情報だ、トロイが……動いている。現在地点はメルティシア法国跡地の上空に居る。これをやったのは、間違いなくトロイだ」
ト、ロイ……? あれ、あれ!? トロイ関係のクエストがなくなってる!?
「トロイのクエストがなくなってる!!」
「そう、全員失敗になった。今朝の6時ぐらいに、一斉に失敗」
「そのタイミングで、トロイに何か劇的な変化があったか……まさか、トロイが別の陣営に占領されたとか!?」
「いや、トロイは健在だ。間違いなく」
「じゃあ、トロイが急に活動を開始したってこと!? なんで!?」
「わかんない」
急にトロイが、なんでこのタイミングで活動を開始するの!? ええ~……メギドを倒した影響でシナリオが進行してるとか? いや、メギドは外伝だから別に関係ないはず。だとしたら他の理由……? 他の理由と言えば…………。
「レーナちゃん、ジュエルビーストだっけ? それが出現したのは、正確に何時か知ってる?」
「6時前には居なかったって。6時過ぎたら急に出現したって、大穴で鉱夫してたプレイヤーが言ってた」
「6時……。トロイのクエスト失敗も6時……。満月の影響でレアモンスター化した時間と一緒……」
6時はゲーム内のコンテンツ更新時間って意味合いがある。デイリーログインボーナスが貰えるのもこの時間だし、ダンジョンリセットとかもこの時間、究極スキルのクールとか、神技のクールもこの時間……。そして恐らく、レアモンスターの抽選が行われた時間もこの時間…………。
「トロイのクエストが失敗した原因を知ってる人って居ますか? リアルタイムのログを持ってる人、居ませんか?」
「持ってる。今日は早起きだから。はい、これ」
「ありがとうございます。えっと……。対象不在により、クエストが失敗しました……?」
「トロイは居る。でも、不在……?」
トロイは現在も確実に存在している。これはマグナさんの持っている鍵、トロイに接触して使用することでトロイの新しいマスターとして登録することが出来る鍵が有効状態である限り、トロイが存在しているということを証明してくれている。
なのに、トロイは不在としてクエストは失敗した。居るのに、居ない。日付が更新される時間にこれらが起きた、今日はワールドボスモンスターなる新たなる脅威も新登場した……。さっきまでそうだったものが、一瞬で違うものになる現象……。まさか……?
「トロイが、進化したんじゃないですか?」
「進化……?」
「進化したなら、今までのトロイは存在せず、新しいトロイが存在していることになりませんか?」
トロイが、進化している可能性がある。タイミング的にも、これなら丁度説明が出来る。
「待機して武装更新が限界だったトロイが、進化した影響で能力が増えた。増えた能力を使って更なる戦闘準備を行う為に、一番攻略が簡単なメルティシアを襲撃して素材を確保した。メルティシアは壊滅状態でしたけど、石材も鉄材も瓦礫の状態で豊富にありましたから。一番リスクが少なくて、一番収穫が大きい場所を狙ったのでは?」
「…………えっ。そう言われると、反論の余地ない。リンネ、怖い」
「ええ……。でも、多分……進化した可能性が一番大きいと思います。憶測でしかないので、今現状確認する手段としては強行突入しかありませんが……あっ!」
そうだ、この説が正しいかどうかなんて、直接確認しに行けば良い話じゃない! そうだよ、どん太は空中を蹴って走れるようになったんだし、超高速で接近して実際にコンタクトを取って確認すれば良いんだ!
「嫌な予感がする。お昼寝、助けて。早く来て」
「どん太に乗って直接確認してきます! すぐ戻りますから!」
「怖いけど、私も行く……私も飛べるもん……。怖いけど」
「それじゃ、一緒に行きましょう!」
よーしよし、レーナちゃんも一緒に行くなら早速近くまで行って空を目指しましょう。トロイが本当に進化しているのかどうか、それは戦闘ログさえ拾えればわかること。さあ、行ってみよう~いざ、空を飛ぶ要塞へ!!





