464 ぶっちぎりでイカれ過ぎた女・4
オルヴィスという存在が、なにかおかしいなと思うポイントは沢山あった。
まずオルヴィスはいつ、どこから現れたのか。オルヴィスが何をやらかした狂人なのかはだいたいわかった。しかしオルヴィスの出生が全くわからない。本人を問い詰めて聞き出そうにも、それを聞き出そうとした途端に喚き散らして怒り狂うからわからない。オルヴィス自身から出生についての情報は何も得られなかった。
『黄昏の聖女・グナが【抜剣】を発動、聖剣ハルメテウスを抜き放ちました』
『【アンデッド憑依】を発動、ティアラ・エルドリードが憑依し【黄金女帝】になりました』
なぜ、オルヴィスを捧げると戦乙女、もしくは聖女シリーズの装備が出来上がるのか。
その答えが目の前に居る。黄昏の聖女・グナ、オルヴィスはグナの肉体から作り出された……クローンのような存在。メギドがグナから気に入らない部分を削って作り出した、グナの紛い物。理想のグナ。それがオルヴィスという歪んだ聖女の正体だ。
オルヴィスがグナの子孫であるという可能性は完全に存在しない。あの黄金の女王から出来上がったのが初代黄金の女王に纏わる物だったように、再現モードのオルヴィスを何十体と捧げても全くオルヴィスの装備が出来上がらなかったように、クローンを捧げて出来上がる装備は、必ずオリジナルの装備として作り出される。
「お前は屑だ。グナを本当に愛していたならば、その死を、覚悟を受け入れるべきだった」
『お前に何がわかる! グナを殺したこの世界が!! グナが愛した人間達が、グナを裏切り、殺したのだ!!』
「グナにそっくりなオモチャが自分を慕う様は、さぞかし気分が良かったことでしょうね」
『オルヴィスを玩具と言ったか、小娘!!』
『…………』
グナとの関係なんてほとんど知らないけれど、カマをかけたら見事に引っかかった。ほんの僅かに残っていた疑念も、今この瞬間に塵も残さず消え果てた。ああ、やっぱりそうなんだ。そうだったんだ。吐き気がする、反吐が出る。こいつも、私の元両親と同じ穴の狢だ。いや、それよりももっと酷く醜い存在だ。
「今、終わらせてやるわ。中途半端にイカれたクソガキの狂った野望と共に」
『ほざけ……!!』
『システム:隠しクエスト【グナの記憶】が発生しました。ムービーを再生するにはこの戦闘への勝利が必要です』
『グナ、殺してくれ、グナ! こいつを、跡形もなく!!』
『…………!』
「来い、私に殺されに!! 全て、終わらせてやる!!」
黄昏の聖女・グナ……。なんて悲しい目をしているんだろう……。これで、全部終わらせてやるわ……。
◆ ◆ ◆
――――私には、何もなかった。
聖王のような権力も、大商人のような財力も、聖騎士長のような武力も、聖女のような慈愛も何もなかった。
冷たい雨が降った。人々は家路へと急ぎ、私は何もないこの場所に取り残される。屋根を伝い流れる雨水を、急いだ誰かが落した果実を、何もない私を満たす為に必死に押し込めた。膨れ上がる空虚を呪い、回る世界から逃れるために身を隠す穴蔵を探す。
『こんな雨の中で、どうしたの?』
冷たい雨の中に、突如としてそれは現れた。まるで、まるで幼い頃に、今は亡き両親から聞かされたことがある……。そう、まるで天使のような、その女性はそこにいた。
『とても冷たい……。ご両親は? 帰る家は? そう……なら、私達の家にいらっしゃい。私? 私の名前が聞きたいのね。私の名前は――――』
グナ。天使のような聖女は、グナと名乗った。グナに招かれた家には、私と同じ何もない少年少女達が暮らしていた。しかし、私と違うのはその顔に笑みがあったということ。優しく温かいこの家で、グナの愛に育てられた彼らには笑顔があった。私も、どうしてもそれが欲しくなり……私はこの優しく温かい家に入ることにした。
グナは私に優しさとは何かを教えてくれた。善き行いはいずれ自分に返ってくる、慈しみの心を私に教えてくれた。
グナはこの世で生き残るための術を教えてくれた。言いつけを破り、皆で抜け出して遊びに行った森の中で、初めて出会ったモンスターをグナに教わった魔術で命からがら倒して戻った時は、グナが号泣しながら怒り、怒りながら褒めてくれた。そして強く『この力を人に振るってはいけませんよ』と警告された。
グナは財を成す方法を教えてくれた。グナに教わった魔術を他者に教え、その見返りに金銭を受け取った。人々の暮らしを豊かにする魔術を教え、感謝の言葉とともに受け取る金銭は、それまで人から奪うか盗むしか得る方法がなかったそれに比べて、とても輝いて見えた。
グナは私に子供達を率いる長になれと命じた。いつしか私は十五歳を超えて大人になり、周りからは"導師"などと呼ばれるようになっていた。もはや"何もない私"はどこにも居なかった。
あの日までは。
『――これは王命である!』
『グナが、戦争に……?』
グナが"黄昏の聖女"と呼ばれる戦乙女だと知ったのは、私が十八歳を迎えた年だった。聖王に招集され、グナは戦場へと立たなくてはならなくなった。あの優しく温かいグナが人を殺す為に戦場へ行くなど、考えたくなかった。
だがグナは誰も殺さなかった。敵味方問わず、争いを最小限に食い止めようと奮闘した。戦場で愛を叫び、徐々にグナの愛は戦場を塗り替えていった。争いを止め、武器を捨てる者達が増えた。愚かな行為だったと泣き崩れる者も居た。グナの持つ力は強大無比、しかしグナはその力を振るうことはなかったのだ。遂に両国は矛を収め、戦争は和平条約を結び集結する……誰もがそう思っていた。
『黄昏の聖女が、敵国の凶弾に倒れました!!』
『黄昏の聖女、死亡!』
グナは死んだ。和平条約を結ぶその日に、敵国の銃弾に頭を撃ち抜かれて死亡した。その瞬間に私も立ち会っていた。私はグナが倒れたその瞬間には、敵国の兵士を皆殺しにしていた。グナの言いつけを破って、人に魔術を向けたのだ。
この日から私は、人間のことが信用出来なくなった。グナのことも理解出来なくなってしまった。最初から力を行使していれば、最初から皆殺しにしていれば、死なずに済んだのに……と。私の中から慈愛の心が、優しさというものが消え失せた。そしてその日の夜、新月の闇の中で私は邪神ヘルミナに魂を売った。
『グナに私の考えを認めて欲しい。私が正しいことを証明したい。私の声をグナに届けて頂くには、この世は騒々し過ぎる。世に静寂を、この世界に静寂を齎すために。邪神様からグナに声を届けて頂く為に、我は終末となりましょう。どうか我に力を、邪神様の為に、グナのために、我はこの世に静寂を齎します。世に静寂のあらんことを……』
いつかきっと、本物のグナが降りて来てくれる時が来る。そう信じて我はグナの死体の一部から新たな存在を創り出した。アニメイト・コープス、オルヴィス。グナにそっくりな、我の考えを一切否定しない我に尽くしてくれる我だけの聖女。いつかきっと、グナはオルヴィス越しに私に話し掛けてくれる。そしてきっと、我の力を受け入れてグナの体に帰ってきてくれる。そう信じて、そう確信して、この騒々し過ぎる世界に、静寂を齎すために。世に静寂のあらんことを…………。
◆ ◆ ◆
『なぜ、なぜだ、グナ……。なぜ、剣を振り下ろさなかったんだ……』
「私には理解できる。黄昏の聖女が、殺せなんて命令を守るはずない」
『…………』
『黄昏の聖女・グナを【死体安置所・30】に納棺しました』
グナは、メギドを信じていたのだろう。たとえ凶弾に倒れようとも、メギドが和平の場を繋いでくれるはずだと。優しすぎたんだよ、貴方は。
「お前はグナから教わった心を捨てたんじゃない。お前はグナを信じきれなかった、何もないクソガキのままなんだ」
『違う、そんなはずがない、違う、私は……』
「お前が聞きたかったのはグナの声じゃない。お前が理想としてる架空のグナの声よ。だから聞こえない、グナの声が。邪神ヘルミナの声だって、聞こえやしない」
『お前には、聞こえるとでも言うのか!! グナの声が』
ずっと隣に居たのに、聞こえなかったのね。だからお前は死霊術師になれなかったんだよ。だからお前は死術師なんだ。
『黄昏の聖女・グナを召喚します』
『ねえ、聞こえるでしょう? メギド、私の声が……今度こそ、届くでしょう?』
『…………嘘だ。僕を騙そうとしている』
「我が敬愛の魔神、バビロン様に誓って。本物の黄昏の聖女・グナ、その人だよ」
死者の体をツギハギしたり、取り込んだり、取り込ませたり、それらの技術は間違いなくお前のほうが上なのだろう。でも、お前は死者の声を聞こうとはしなかった。グナの死を拒絶した時から、お前は道を誤ったんだよ。ヘルミナ様が交わした契約は、メギドがヘルミナ様に一生尽くす代わりに、グナの声をメギドに届けること。しかしメギドはヘルミナ様の声に、死者の声に耳を塞いでしまった。一生履行されることのない契約だけが生き続け、ヘルミナ様を縛り付けた。
『人に魔術を向けてはいけません。約束を、破ったわね?』
『嘘だ、どうして、なんで……』
『私はずっと、隣に居たのに……。貴方が、聞かないから……。本当に、昔からそう。思い込みが激しくて、言うことを聞かない子』
『グナ、僕はグナを想って……』
『自分のためにしたことでしょう? 私の為を想っていたのなら、あの場で魔術を人に向けるべきではなかったの。貴方を信じていたのに』
『グナ……。僕は、僕は……』
あ~あ、本当に最低の屑だわ。こんな奴の為に、どうして……って感じ。三上さんがあのダメ男をどうしても捨てられないのと一緒なのかなぁ~……。わかんないなぁ……。
『それでも私はね、もう一度貴方のことを信じようと思うの……。だから、赦すわね。まだ大丈夫、きっとやりなおせるから。一緒に頑張りましょう、ね?』
『グナ……。ああ、もう一度……』
ん、やっぱり理解できないし、優しく温かいとか言ってるけどゲロ甘過ぎるダメ男スキーなだけだと思うんだよね。なんかいい感じのシーンなのかもしれないけどさ!
「なんか勝手にいい感じになってるところ悪いんだけど、私は赦さないけどね?」
『え?』
『……は?』
『(リンネ様!?)』
『わうっ!?』
「え、だって私はヘルミナ様がお前っていう呪縛から解放されればそれで良いんだもん。もう一度やり直すとか、これまで犠牲になった人達が赦してくれるとでも思ってる? 甘い、甘すぎてお砂糖が滝のように口から出ちゃうわ。お前に唆された可哀想なメルメイヤちゃんだけはギリギリ赦せるラインだけど、お前なんて絶対赦せないリスト最上位クラスだからね?」
もうヘルミナ様も契約履行して自由の身だろうし、こいつ用済み! 絶対赦せないし、やっぱり徹底的にぶん殴ってやるわ!
『アラート:黄昏の聖女・グナが離反しました!!』
「言ったでしょ? 全て終わらせてやるって。どうせまた何かやらかす度に、もう一度だけ~って言うんでしょ? 嫌いなんだよね、嫌いな奴はぶっ飛ばす。私の信条なのよ」
『(さすがリンネ様です~!!)』
『わ、わうっ!! (そうだよね、悪い奴らだもんね!!)』
グナも私が本気だって理解出来たようね? それじゃあ、今度は不殺の誓いとか言ってられないよ。本気でやり直したかったら、まず私を倒してからにしてよね。まさか覚悟もなしにやり直すなんて口走ったわけじゃないでしょうね?
「生き残りたければ本気で掛かって来い!! ぶっ飛ばしてやる!!」
『アラート:邪神ヘルミナが墓の王・メギドを応援しています。グナが最盛期の力を取り戻しました』
『システム:魔神バビロンが貴方達を応援しています! 頑張りなさ~い♡』
契約から解放されても、まだ応援だけはしたいのね! わかった、それじゃあどっちが本物の悪なのか見せてやろうじゃない!
『グ、グナ!!』
『相手は本気です!! 構えなさい!!』
「どん太!! メギドをボッコボコにしてやれ!! 気に入らないのよコイツ!!」
『ガウウッ!!』
それじゃあ仕切り直し、これが正真正銘ファイナルラウンド!! お前達を理解した上で、完全否定してやる!!
リンネちゃん「難しい事情が沢山あるが、気に入らないからぶん殴ります!」
メギド・グナ「「えっ」」
バビロンちゃん「あっははははは!!」
ヘルミナちゃん「あわわわわわわ……」





