456 バグの連鎖
曰く、こいつが一番弱かった。そう言われて彼女達が挑んでいるダンジョンの名は【真なる勇者】である。登場する敵対者は2人、真勇者ソルと真聖女ラーラーのみ。それに対してダンジョンに挑戦できる人数は4人、数的には非常に有利であり、戦闘場所もガトランタの通常コロッセウム内と戦いやすい地形。
「ん~~……。惜しかったですねえ~……」
「本当に勝てますの、これ!?」
「勝てるかどうかって話なら、リンネちゃんは勝ってるんだよ!」
『ギャァ~ウ!!』
「それは、そうですけども……」
「つくねさん、激しい口調を隠さなくなりましたね~! そっちのほうが好きです~」
「だぁ!! 事あるごとに触ろうとすんなぁ!!」
「ちょっとだけ、尻尾だけ……」
「嫌だ! ゾワゾワするんだよ!! 近寄るな、つみれだって嫌だって言ってる!!」
「はう~~」
「リ、リアルだったら別に、触っても良いけど……」
「わあ~……!」
しかし、勝てない。遠距離攻撃はラーラーに反射、反撃を受け、近距離での戦闘ではソルに手数と力で劣っている。圧倒的なレベルの差、暴力的な強さ、理不尽の化身。既に何度か無理だからと投げ出しかけている程の敗北回数に苛立ちが隠せなくなり、各々口の悪さと悪癖行動が露呈し始めていた。
「持ち味を活かせば勝てると言われましたけど、全然勝てる気がしませんのよ!!」
「そんな事言われても、と言いたくなる強さですね~」
「だから持ち味を活かす為に次の作戦を……? いや、待てよ……?」
「何か良い作戦がありまして?!」
彼女達はリンネから『持ち味を活かせば勝てる』『十分勝てる可能性がある相手』『相手に択一行動を取らせない』と、三つのアドバイスを貰っていた。彼女達はギルドマスターやサブマスター達のような廃ゲーマーではなく、あくまでリンネ達についていったらいつの間にかトッププレイヤーに入っていた、ゲーム好きの一般プレイヤーの域。この差を埋める為に彼女達はアドバイスを貰うことにしたのだ。
「細かい作戦を立てる事自体が、間違いか?」
「作戦が、間違い……ですか~?」
「確かに、考えるよりも先に手が出る三人ですわね、わたくし達」
「いや、ペルちゃん程何も考えずに手は出さないけど」
「一応少しは考えてますよ~? 効率よくサクサク斬りたいですから~」
「え、えっ」
「わっちがソルを雁字搦めにする。その間にラーラーを二人で始末する。超速攻の攻撃策、パワーとスピードに全振りした攻撃一辺倒の作戦で、どう?」
「今まではこの行動が来たら~と決めていましたが~……」
「それが間違い。わっち達の持ち味は攻撃の押しつけだと思う。受けに回れば、簡単に崩れる」
「確かにそうですわね……」
そうして辿り着いた一つの答えが速攻策だった。今までは『Aの攻撃が来たらBの行動をして対応して~』という一歩一歩詰める作戦。これを全てひっくり返し、ただ力とスピードに任せてゴリ押ししようというものに変えようとしていた。
つくね、ペルセウス、ユキノ、この三人は他のプレイヤーと比べれば非常に攻撃力が高い。ただし防御性能はというと、ペルセウスのペネトレイトがある程度で他にはほぼ何もない。つまり、防御側に回れば負けてしまう。
「ゴリ押しが効くなら、ゴリ押しもまた攻略法の一つ。昔の有名なゲーマーの格言だ。どうせ相手は毎回記憶がリセットされて『さあ、掛かってこい魔王の手下共!』から始まるんだ。毎回ゴリ押しで突破しても、対応は固定なはずだ」
「動画を撮って、うまく行ったゴリ押しをぶつけるのはどうかしら」
「それが良いですね~! きっと上手く行きます~」
「よし、やろう。もう二日目なんだ、明日は金曜日……。明日こそメギド達が攻めてくるかもしれないし、今日でなんとかするしかない」
「そうですわね! 今日が踏ん張りどころですわ!」
「頑張りましょう~!」
「だああ~~!? 抱きつくなやめろっ!!」
「頑張るからちょっとだけ~」
「仲良しですわね~……」
「良いように見えるか!?」
今宵は7月13日の木曜日。リンネがレベル950と知れ渡り、ワールド中に大激震が走った夜。ある者はチートだと叫び、ある者はあの魔王ならと納得し、ある者はその後姿を追いかけようとして挫折した。それでも尚、リンネの背中を追い続けるプレイヤーは存在する。プレイヤーのみならず、一部NPCにも滅気ずに立ち向かっている者も存在する。
「ほら、行くぞ!!」
「い~や~で~す~っ! もうちょっと~!! 尻尾~~!!」
「尻尾はダメだ!! 絶対嫌だ!!」
『ギュエエエ~~!!』
「わたくしも後でリンネさんに抱きつかないと……。リンネウム欠乏症ですわ……」
「もういいから、行くったら行く!!」
――――昔からゲーマー達の間で度々論争になる『ゴリ押しはアリかナシか』という問題。一見ゴリ押しとはテクニックも何もない、トッププレイヤーの行動としては華々しくない行為。絶妙なタイミングと高度なテクニックから繰り出される、いわゆる"神業"と言われるようなものばかりが称賛され、ゴリ押しは全く称賛されずむしろ貶される。忌むべきものだと非難される。
ゴリ押しにはゴリ押しなりの流儀がある。とにかく押せば崩せる状況において、タイミングやテクニックなどは不要。むしろテクニックしかないプレイヤーが崩れ、そこに相手がゴリ押しで攻めてきた場合、返せる行動がないのだ。とにかく勝てれば良い世界では、負けたほうが取った行動が悪手。ゴリ押しイコール悪手というイメージは固定観念でしかない。
『――――さあ、掛かってこい魔王の手下共……!?』
「ガァアアアアーッ!!」
『ソル、気をつけ……!?』
「よそ見だなんて、余裕ですねぇ」
「潰れなさいなっ!!」
突進とともにブレス攻撃、振り下ろされるハルバードの一撃、体勢を変えれば蹴り上げもあり得る場面。勇者ソルはこの時『まずブレスは受けなければならない。反撃は上段に構えるべきか、下段に構えるべきか』と迷った。そして聖女ラーラーは『左方向からは強力な大剣の振り下ろし、右方向からは素早い長剣での斬撃、後ろに下がって避ければ問題ない』と相手を舐めていた。
「はあ~っ!!」
「はっ!!」
『斬撃、飛ぶ……!? 反射ッ!!』
聖女ラーラーは自分の取った行動に後悔した。後ろに下がると読まれ、相手が繰り出して来たのは斬撃波。斬撃を飛ばすという攻撃に対して聖女ラーラーが即座に取る行動は"反射"で確定。択一行動を取らせてしまった悪手に見えるかもしれないが、ペルセウス達の狙いは別にある。
『自分の斬撃で切り刻まれ……効かない!?』
ペルセウスに遠距離攻撃は効かない。もはやこれは常識と言っても過言ではない。ペネトレイトに阻まれた反射の斬撃は消滅し、勢いの付いたペルセウス達は止まることなく突っ込んでくる。今度は先程のように距離はなく、至近距離からの突撃。両者剣を構えている、しかし次は何を使ってくるかわからない。攻撃に転向しようにも術を使う前に相手の斬撃は自分に届く。防御か……逃げ、それしか行動は存在しない。ペルセウス達は最初の悪手を支払うことで、その先の相手の悪手を買ったのだ。
ゴリ押しにはゴリ押しの流儀がある。これから繰り出される攻撃は、テクニックのテの字すら存在しない程に暴力的な一撃となるだろう。だが、ゴリ押しをするためのテクニックというものは存在するのだ。どんな局面でもゴリ押しに持っていける戦い方というのは、それは立派な"神業"と言えるのではないだろうか。
「覚悟は……!」
「出来まして!?」
『ラーラー!! 助けてくれ、ラーラー!!』
「助けなんか来ねえんだよ!! てめえはここで、死ぬんだぁあああ!!」
彼女達の持ち味、それは個々の戦闘能力の高さ。そして圧倒的な制圧能力。相手のレベルは途轍もない高さで、強大な力も手に入れている。そんな無慈悲モードでも、勇者達は強化されていないものが存在している。強化されていないもの、それはズバリ"心の強さと知識"である。
力が付いたことによる自信というものはあるかもしれない。しかしそれが相手に通用しないとなれば話は別、さっきまであったはずの自信は瓦解し、元の心の弱さが露呈する。そしてこの状況を打開する知識がなく、頼りにしているのは常に相方の力。どちらかが崩れれば相方がフォローする、これは一見見事なチームワークに見えるが、一度その頼りの綱が切れれば…………。
『くそっ! くそっ! 俺は勇者だ、勇者なんだ! やられっぱなしで、たまる、かっ!? ああああああ!! 足があああ!!』
『くっ、ああ!! か、回復、回避、防御……!? に、逃げ……っ!!』
つくねの吐き出した灼熱のブレスは地面を溶かし、空中を飛び回るつくねにしか意識が向いていない勇者ソルは足元を見ておらず、溶岩と化した地面に足を踏み入れてしまう。能力がいくら強化されていても、空中の敵対者と地面の状況の両方に意識を割くことが出来ていない。当然このような悪手を見逃すつくねではなく、相手の弱みにはとことん付け入る。
聖女ラーラーはパニックだ。体中から吹き出す血を止めねば死ぬ、次の攻撃を避けねば死ぬ、避けきれない攻撃は防御しなければ死ぬ、この状況から脱しなければ…………死ぬ。死というものが脳内を支配している。死に支配された脳内はパニックを起こし、次に何をするのが正解なのかが判断できない。パニックが新しいパニックを呼び、新しいパニックは更なるパニックを引き起こす。
『ああっ!? 熱いっ!? 足がっ!!』
『ラーラー!? か、回復を!!』
『痛いっ!! 熱い!! し、死にたくない!! 死にたくない!!』
「カァァアアア……!!」
「プリンセスパワー、メイクアップ……!」
「零姫式抜刀術、奥義……!」
どれだけの能力を手に入れても、それを使いこなす知識がなければ能力は発揮できない。例えその知識があったとしても、相手に立ち向かう心の強さがなければ能力は発揮できない。知識が強化されていない彼らは、初見の相手の力量すら推し量ることが出来ない。心が強化されていない彼らは、勇気を振り絞ってがむしゃらに反撃しようとすらしない、することが出来ない。
真なる勇者、勇者の真の力を引き出されてはいるものの、心と知識の弱さは変わっていない。なぜならばこれが真の勇者の姿だから。これが彼らの"本質"なのだ。なるべくしてなった勇者ではなく、選ばれたからそうなっただけの勇者の、本質なのだ。
『――――おめでとうございます! 真なる勇者をクリアしました!』
『参加者のレベルが上昇しました。レベルが上昇しました。レベルが上昇しました――――』
本当に勝てたことへの驚愕、勝ったことを脳が理解し実感するまでの沈黙、お互いにそれを確認し合い溢れ出す歓喜、爆発的に生まれだした感情は彼女達の小さな体に収まるはずがなく、止め処無く溢れ出す。
「勝った、勝った!! 勝ったぁああああ!!」
「勝ちましたわーーっ!!」
「勝ちましたぁ~~!! やったぁ~~!! やりましたぁ~~!!」
『ギュアアアアアーー!!』
『クリアタイムは3分44秒。最速クリアチームのタイムは29秒、参加人数は2名です。クリアタイムが記録されました』
そして突如として襲いかかる絶望。最速クリアタイム、29秒。参加人数は2名。これがリンネが言っていた『こいつが一番弱かった』という意味であると知って、彼女たちは絶望した。
「…………はっ。あははっ……」
「に、じゅう……きゅう、びょう……?」
「しかも、に、二名……」
自分達は上限であり倍の人数である4名、しかもクリアタイムは7倍以上掛かっている。これが意味するものは何か? そのことについて理解したくないが、否が応でも理解せざるを得ない。
「……ここで喜んでるわけにはいかない!! 3分切りを目指そう!!」
「その次2分半、その次は2分! どんどん縮めますわよ!!」
「クリアタイムだけでも勝ちたいです~!!」
次元の違う世界にいるリンネを目指し、束の間の喜びを心の中に押し込めて再挑戦を選択する。もはやゲーム好きの一般プレイヤーの域にいる一般人の姿はどこにもなかった。代わりに現れたのは、ゲームの髄の髄までしゃぶり尽くす、正しくトッププレイヤーと呼ぶのに相応しい頂点の存在がそこにはあった。
「二人は400まで後、何レベル?」
「後20ですわ!」
「後21です~」
「よし、400まで突っ走ろう!」
「ですわね! 後2回も倒せば行けそうですわ!」
「ここ、一番経験値が少ないって聞きました~……。後で場所を変えますか~?」
「効率だけ求めるならここのタイム短縮のほうが良いだろうけど……」
「まずはレベル! 時間効率が良いここで修行、その後攻略でも良いと思いますわ!」
「良いですね、そうしましょう~っ!」
「おし、行くぞっ!!」
『再挑戦が選択されました。転送短縮設定が適用されました。10秒後に転送されます』
一度発生した大きなバグは、また新たに大きなバグを呼んでしまうもの。どこまでバグが連鎖するかはわからない、それでもバグの連鎖は今まさに……始まろうとしていた。





