455 地獄道
――――時同じくして、ナンナイア王国では……。
『状況はどうだろうか、ナンナイア軍団長』
『ハッキリ言って不気味だ、なんと言えばいいか……。強いて言えば、昨日に比べて……攻めっ気がない』
『昨日とは状況が異なる、ということか』
『死者の軍団とは言え、やはり殺気や怒気というものは感じる。しかしそれが今日は希薄だ、昨日よりもやけに……冷静といえば良いのだろうか』
「バビロン陣営が増援に駆けつけたのが大きいんじゃない~? 敵も諦めたって感じかもよ~?」
「何かを狙ってる、そんな気配も無きにしもあらずって感じはするけどな」
「逆に攻め込む? ばーん、ばーん……する?」
「危険やな、殺されて帰ってくるならまだええ。なんや殺しても意味ないっちゅうことをわかっとる、そんな立ち回りをされるで」
ナンナイア王国側は度重なる攻撃に疲弊し、遂に魔神バビロンの使者"魔神兵団副長カーミラ"の提案を受けて援護を迎え入れた。駆けつけたのは魔神兵全員と華胥の夢を中心とする冒険者ギルドの面々、美味しいクエストにありつきたいと一般プレイヤー達も続々と集まってきた。
しかし、増援が駆けつけると共にメギド陣営は様子が一変する。これまで突撃を繰り返してきたメギドの軍が突如攻撃の手を止め、睨み合いの形へと変わった。幾多の戦を切り抜けたヴァルフリート曰く『機を待っているように見える』、同じく戦場を駆け巡ったヒュリエス曰く『突撃策が通用しないと見て、次の策を練っている最中』、そしてナンナイア王国の軍団長曰く『やけに冷静で怒気や殺気が薄い』。
「プレイヤーは殺してもすぐ生き返る。相手はそれを理解しているらしく、突撃して来た奴は殺さずに拘束しつづけ隔離してやがる」
「迂闊に踏み込むと捕まって自死も出来んで詰むで。そういうとこは本当にリアルに戦をやっちょる」
「面倒だねえ~……」
「爆弾攻めは? 魔術攻めはどう?」
「赫達が工作に行って速攻でバレた。感知能力はえらく優秀らしい」
「魔術も返されるって~。向こうのアグニって術師が相当ヤバいらしいよ~」
「厄介だな……」
「今日はもう攻めてくる気配がない。放置しかないな」
『私もそう思っていました。兵士も疲労が溜まっています、今宵は休む時かと』
この状況を打開する策がない。お互いに睨み合いが続いている状況を変えられない。守りはお互いに厳重だが攻め手に欠けており、迂闊に手を出したほうが痛い目をみるという状況に陥っている。
「リンネちゃんは?」
「バビロン様に謁見中~」
「知っとるか? 転生アナウンスが3回出たっちゅう話!」
「あ~聞いた聞いた~。150上げたら転生出来るから、650はあるのかな~?」
「350で転生、500で転生、650で転生、750ぐらいありそう?」
「どんなぶっ壊れレベリング見つけたんだよ……」
『すまぬが、言えぬのだ。主との絶対の約束でな』
「だって。他の子も誰も教えてくれないよ~」
「ティアちゃんすらダメだった、ガードが厳重〜。流石に気になるよ〜」
「その内教えてくれるかもよ~。真似できるかは、別問題だけど」
「そうだよね~。エリスちゃんも真似できるかって言われたら、う~んだなぁ~」
打開策が出せず、話が脱線してしまう。この時、お昼寝大好き達は知らず知らず"甘え"が出ていた。打開策がない、じゃあリンネちゃんを待とう。自分達でどうこうしようという考えに至れなくなってしまっていた。リンネという圧倒的な実力を持つプレイヤー、狂気すら感じる廃レベリング、そして従者全員が見たことも覗き見すらも不可能なレベルの装備に身を包み、あの愛くるしかったどん太ですら"畏怖"を感じる程のオーラを放っている…………魔主魔狼モードでない時はいつも通り可愛いようだが。圧倒的な差を見せつけられて、腐り始めていたのだ。
「――――リンネに負けっぱなしはくやしい」
だが、全員が腐っているわけではなかった。白銀のレーナ、魔弾の射手の技術を見様見真似で会得した天才狙撃手。可憐で儚い容姿に無表情で冷めているような表情とは対照的に、レーナの心の中は業火の如く熱く燃え盛っていた。リアルで出会ったからだろうか、リンネを最初の頃から知っている、何度も背中を追い掛けては追いついてを繰り返して来たからだろうか、レーナはまだ"追い掛けたい"と燃えていた。
「でもさ~」
「でもじゃない」
「レーナちゃん……?」
「華胥の夢はトッププレイヤーの集まり。レベリングや攻略には最も力を入れるのがルール。リンネに教えて貰うまで何もしないのがトッププレイヤーの姿なの?」
「…………違いねえ。何も返す言葉がねえ」
「せやな……。せやけどな……」
「この差を見せつけられるとね~……」
心の中ではそう思っても、頭が否定してしまう。体がついてこない。お昼寝大好きを含め、レーナ以外の全員が現状に甘んじていた。待っていれば餌にありつける雛鳥のように、リンネという強大かつ優しい親鳥が餌を運んできてくれるのを、待つようになってしまった。
『あの、一言いいですか?』
そんな中、ナンナイアの軍団長が手を挙げる。この中で最も発言権が強い者が、わざわざ発言してもいいかなどと前置いてまで言いたいこと、その内容が何なのか……勘が良い者は聞くまでもなく内容を察した。それを実際に声に出されてしまうことに対して、言いようのない靄が心を侵食し始める。
『その、リンネさんという方は……。ヴァルフリート様の主人にあらせられる御方、なのですよね?』
「そう、だね~……」
『ヴァルフリート様や、ヒメチヨ様、他の皆様も心酔し最高の敬意を示される偉大なマスター……。その御方が、この場に出てこない。私は皆様が言うように、リンネ様は差を見せつけたかったから、このような行動に出たわけではないと、そう感じます』
「いやあ、そうは言うけど」
『ええ、そうは言いますとも。言わせて頂きますとも。まだ私はあなた方の関係性を全く知らない。しかし、ヴァルフリート様達のような、ここまで強大な力を手にするには並大抵の覚悟や決意では足りないはず。無理だ、嫌だ、どうしようもない、そんな存在に目を瞑らずに立ち向かい、数々の勝利を手にしてきた。私にはそう見えます。そしてあなた方も私よりもずっと強いはず、これまで数々の勝利を手にしてきたはずです』
「…………そう。だから」
『リンネさんという方は、あなた方に"覚悟"を見せているのではないでしょうか。"差"を見せたいわけではない、そんな嫌なことをする人がこんなに心酔され、敬われているはずがない。私はヴァルフリート様を、皆様を見て震えました。ああ、我々が立ち向かっている相手よりももっと巨大で、もっと邪悪な相手と戦うために、幾多の死線をくぐり抜けた戦士達が来てくれたと』
ナンナイアの軍団長の言葉に、誰も反論出来なかった。反論は出来なかったが、より一層の覚悟を示す者は居た。
「憧れで、終わりたくない。私はリンネの隣で戦う。夢で終わりたくない」
「…………そう、だね」
「うん。だから――」
「――――じゃあ、華胥の夢は終わりにしよう」
レーナの覚悟に、お昼寝大好きが折れた。明確な挫折、もはやついて行けない、どうしようもないものはどうしようもない。自分で作ったルールに自分が従えないのであれば、解散してしまったほうが良い。誰しもがこの言葉に怒りを感じ、怒りは言葉となって響き渡ろうとしていた、その時だった。
「夢で終わりたくない。華胥の夢はもう終わり、僕達は夢を実現させる存在にならなくちゃね」
「じゃあ……!」
「リンネちゃんの示した覚悟に応えよう。今まで見ないふり、出来ないって腐ってたもの、死ぬ気で挑戦しよう。リンネちゃんみたいに爆速攻略は無理だろうけど、僕達だってトッププレイヤーだ! ゲーマーだ、今までいくつものゲームをやって来て、髄の髄までしゃぶり尽くしてきた廃プレイヤーだ! リンネちゃんっていう生きる攻略サイトに頼って、ただ攻略をなぞるだけじゃゲーマー失格だ! トッププレイヤーなんて名乗ることすら恥ずかしい。僕はレーナちゃんに乗った、死ぬ気でレベリングする! 追いつき、追い越す!」
「なんやワイも、久しくゲームで熱くなるなんて、忘れとったなあ……」
「年をとるには早えだろ。俺なんてどうすんだよ」
「エリスちゃんね、リンネちゃん達と一緒に戦うってなった時、自信がなくて……。逃げたかった。もうあんな思い、したくない」
リンネの覚悟に、お昼寝大好きが応えた瞬間だった。ナンナイアの軍団長も『何を言っているかわからないけど、良かった』と満足げに頷くほどに美しい瞬間だった。いつの間にかゲーマーとしての炎が衰え、風前の灯と化していた者達にも薪が焚べられた。小さな火は薪へと広がり、再び巨大な炎となって燃え盛る。
「じゃあ、決まり。でも、どうやって……。どこでレベリングすればいいと思う?」
「1日で爆速レベリング、絶対に何か秘密があるはず」
「ああ! そうか、何回も繰り返し出来るってことじゃねえか?!」
「何回も? そんなのあったっけ……」
「ん~。オルヴィスの会話モードとかは何回も出来るよね? 龍の巣窟とかも」
「そこの経験値じゃ、年単位掛かっちまうぞ」
「確かに……」
火を消すように吹き荒れていた逆風は、燃え上がった炎を更に巨大なものへと変える。より高い領域を目指し、更なる大火へと化すために炎は熱を上げる。
「…………あるよ」
「え? レーナちゃん、何か知ってるの?」
その炎の一つが、リンネという巨大な炎が喰らい尽くした焼け跡を遂に見つける。しかしその顔に歓喜はなく、その覚悟の重さを知り……青褪めた。青い炎は意を決し、焼け跡の名を口にする。
「…………ノーマーシー。無慈悲なる、海の王者。何回でも、挑戦できる、ハイエンドコンテンツ」
「まさか、いや流石に……」
「…………なあ、ヴァルフリートさん。答えに辿り着いたなら、教えてくれてもいいんじゃねえか? 内容はともかく、是か否かだけでもよ」
『是、だ。それに辿り着いたのであれば、内容を教えても良いと言われている』
「んなアホな!?」
「リンネはそのアホを通した、私達はアホにもなれない」
「いや、聞かない。僕達のやり方で、僕達で突破する」
『わかった、そう全員に伝えておこう』
あまりにも無慈悲な答え合わせ。絶望の言葉を口にするも、全員の顔には不気味な笑顔が浮かびつつあった。
「この無理ゲーに、本気で立ち向かう覚悟のある人だけ、行こう。あ、今僕ネーム変更カード使ったから。今日から僕の名前は、お昼寝したい、です。よろしくね」
「ほな、ギルド名はどうするんや?」
自ら地獄に身を投げるような行為。しかし、この地獄の業火をも飲み込んだ炎が既に存在する。自分達もその地獄を制覇したい、燃え盛りたい。全員が思い浮かべていたギルド名は唯一つ。
「――――おはようギルドとかどう?」
「うわダセえ!!」
「無理、ギルド抜ける」
「エリスちゃんもちょっと無理かな~……!」
「ワイも無理や、ありえへん。地獄道やろ!!」
「地獄道なら残る」
「俺も地獄道なら残るぜ」
「エリスちゃんも地獄道なら残るから!」
「え~~…………」
お昼寝以外の全員が思い浮かべていた新たなギルド名…………この瞬間よりトッププレイヤーギルド【華胥の夢】はギルド名を変更し消滅。新たなギルドの名は――――【地獄道】。ギルドメンバー全員の投票により、おはようギルドが1票対他全票が地獄道に投票され、地獄道に決定した。
「――それじゃあ、地獄に行こうか……!」
この後、お昼寝達は日が変わるまで惨敗し続け、余りの難易度に絶望した。もちろん、満面の笑みで。





