450 生かすこと、殺すこと。与えること、奪うこと。
『――ァアアアア!!』
一瞬。一瞬だった。ヒュリエルが何処からともなく剣を抜き放ったと思った時には、私と千代、ティアちゃん以外の全員がHPブレイクを起こしていた。辛うじて見えた攻撃は、横薙ぎの一閃。私は千代ちゃんとティアちゃんが攻撃を弾き返したから生き残っていただけだった。
――――格が、違う。
正直馬鹿にしていた。天使だからと舐め腐っていた。オルヴィスの熾天使形態があの程度だからと油断しきっていた。今回もまあ何とかなるだろうぐらいの意気込み、その程度の考えだった。ヒュリエルは次の攻撃を既に用意している段階にあり、その斬撃を受ければ間違いなく2回目のHPブレイクが起きるだろう。
『姫千代、ティアラ・エルドリード以外の従者を納棺しました』
『遠方の従者は応じませんでした』
この二人以外対抗することは不可能。ヒュリエルは格が、次元が違う。もしかしたら敵を撃破した時に能力が上昇するような高揚系スキルを持っている可能性がある。このままどん太達が殺されるのを許容できない……ここは、一旦引っ込めるしかない。
『(千代!!)』
「!!」
『【アンデッド憑依】を発動、姫千代が憑依し【魔狐】状態になりました』
『ヒュリエルが【多重次元斬】を発動』
『ティアラが【黄金斬滅驟雨】を発動、相殺!』
ティアちゃんは強い、能力だけは互角だろう。だが恐らく潜ってきた死地の数が段違い、ヒュリエルのほうが攻撃ひとつひとつに込められた"殺意"が強い。寄聖虫は聖楔よりも強力、かつただ暴走するだけのものではないように見える。あの時ただがむしゃらに攻撃して来たティアちゃんとは異なり、その人物の戦闘能力を強制的に引き出し戦わせている……強制ではなく、操作に近い。一挙手一投足からそんな印象を受ける。
『(武器は、刀にする! 私にも使わせて!)』
『(御意に!)』
『姫千代の【□神剣・国守】の使用許可が与えられました。使用可能です』
『ァアアアアァアアアアア!!』
「腹の虫が鳴いて暴れ出すなんて、うちのどん太でもしないわ!!」
『【葬滅斬】を発動』
この程度の攻撃に当たってくれる相手ではない。そんなのは分かっているけれど、攻撃しないわけにもいかない。反撃を受けてこちらが逆にダメージを受けることだけは避ける! この戦闘の要は私じゃない、ティアちゃんが一撃を与えられるか否かにかかってる。
『キャアアアアアアアァアアアア……!!』
「えっ」
『クリティカル! ヒュリエルに2,200Mダメージを与えました』
当たった……!? 違う、わざと受けた!! 明らかにカウンターの姿勢を取っていたのに、手を止めて攻撃にわざと当たった!! ヒュリエルの意識は完全に乗っ取られていない、まだ抗ってる! でも完全には止められず、どうしても剣を抜き放つ手が止められな……――ッ!?
『ヒュリエルが【ライトニングセイヴァー】を発動』
「は……ッ!?」
「リンネ様!!」
『ティアラが【黄金魔槍突貫】を発動、攻性防御! ヒュリエルに66,470Mダメージを与えました。ヒュリエルがHPブレイク!』
完全に今の攻撃は、見えなかった……! ヒュリエルの抜き放った剣の攻撃を目で追えなかった。ティアちゃんが大技を切って割り込んで来なかったら間違いなく……!! しかしあれだけのダメージを受けながらも、ヒュリエルは腹部だけは確実に守っている。腹に攻撃を通すには、ヒュリエルの認識外からの攻撃が必要……。
ティアちゃんの光の壁のような魔槍の連撃、まともに受けたヒュリエルは恐らく私の姿を一瞬見失ったはず。認識外から攻撃するには、私の十八番はここで切るしかない、この一撃を押し通すしかない。勝てるかすら厳しいこの勝負で、それ以上の成果を求めるなら……!!
『【シャドウダイブ】を発動、デコイが出現します』
『【デコイコントロール】を発動、デコイに【牙突神雷】を発動させます』
『キャアアアアアアァアアァァウウウウアアアアア!!』
もう手を止める事も出来ないか、ヒュリエル! 短い戦闘、ほんの数分しか会話していないけれど、なんとなくヒュリエルの事がわかった。ヒュリエルは武人だ。礼節を重んじ、家族を愛する心があり、義理堅く、思慮深い。天使にしておくには勿体ない、天使じゃなければと何度感じたかわからない。
『ヒュリエルが【多重次元斬】を発動、クリティカル! デコイが1,785Mダメージを受け消滅しました』
『アァアアァ!?』
『【アンデッド憑依】を解除します』
お願いよ千代ちゃん、どうしてもこの手しかないの……ッ!!
『姫千代がヒュリエルの影から飛び出しました』
『姫千代が【葬滅斬】を発動』
『ティアラが【黄金魔槍突貫】を発動』
『――――ッッッッ!?』
この一撃で……!!
『ヒュリエルが究極スキル【光を超えし者の聖剣】を発動、ティアラが合計140Mダメージを受けました』
『姫千代が998M、975M、995Mダメージを受けました。トリプルHPブレイク! 姫千代が死体安置所に納棺されます』
決めるッ!!
『ヒュリエルの影から飛び出します』
『ァ――!?』
『【魔手・魔神拳】を発動、特効! クリティカル! ヒュリエルに2,440Mダメージを与えました』
「腹の虫は……」
『特効! クリティカル! 寄聖虫(Lv.500)に16,660Mダメージを与え、撃破しました』
「治まったか!!」
『ア……ァ……』
アンデッド憑依で千代ちゃんの姿に寄せてたから、刀を持った奴を倒したから私も死んだと誤認した。その一瞬、認識外からの攻撃。ヒュリエルの腹部への攻撃、魔手で腹を貫き寄聖虫だけを殺す……。これを通すには、考えられる中ではこれしかなかった。千代ちゃんは後でいっぱい撫でて褒めてあげよう……。
『ぁ……あ……。あ……あり、が……』
「ティアちゃん。私は気に入らない存在を潰した、これ以上は望まない。後はティアちゃんが望むようにして」
「は、はいっ!!」
『感、謝……を……』
「悪いけど、その言葉は受け取らない。私は天使が嫌いだから」
『あ……ああ……』
天使の感謝の言葉なんて聞きたくない。天使の言葉は……。天使は、嫌い。私が最もなりたくない、比べられたくない、この世で最も忌々しい存在。
「ヒュリエルさん、聖体である貴方を私は治すことが出来ません」
『え……え……。そう、でしょ、う……。これで、よい、のです……』
「嫌です。私は、ティアラ・エルドリードは、ちょっとだけ、ほんのちょっとだけ悪い子になったのです。リンネ様が悲しむ結末は、もう嫌なんです」
『…………』
「貴方を生かし、貴方を殺し、貴方に与え、貴方を奪います。ティアがそうしたいが故に、ティアがそうすべきだと思ったことをします」
生まれ変わったらもう一度、その言葉を聞かせて欲しい。さようなら、熾天使ヒュリエル……。
『ティアラ・エルドリードが特別な金錬術を発動、ヒュリエルに対し【生殺与奪】を行使します』
『ヒュリエルが受け入れました』
『熾天使ヒュリエルが新たな生命を与えられました』
『熾天使ヒュリエルの存在を殺奪され、【小悪魔】のクラスが与えられました』
『小悪魔ヒュリエルが貴方の従者になりました』
……そしてようこそ、魔界へ。
「堕天使も嫌いって話、よく知ってたね」
「えへへ~。皆さんから、リンネ様は堕天使は半端だからもっと嫌い~って聞いてましたからっ!」
「これ……は……」
「ようこそ、改めて自己紹介を。魔界軍団長のリンネ、貴方の主となる者よ」
貴方を歓迎しましょう、小悪魔ヒュリエル。





