449 忘れさられていた者
黄金郷が蘇った。天界にもその話は瞬く間に広まり、私の耳へも届いた。女神メルティスは『魔の領域に等しい、近づくな。穢れが感染る』と言っていた。しかしそれでも私は、私を助けてくれた黄金の女王に、その末裔でも良い……。頭を下げ、この思いを伝えたかった。
私以外の天使達は皆、女神メルティスに魂を抜かれたかのように彼女を崇拝し、狂信し、従順に従っている。他種族に受けた恩などすぐに忘れ、それを受けることがさも当然かのように振る舞う。自分達が上位者であり、他種族は下等な生物、あるいは"物"だと思っている。同じ生命ではないのか? ただ姿形が違うだけの、それだけのことではないのか?
私は伝えたい。同族に忌み嫌われてもいい、私が私であるために、私は私を貫きたい。たとえそれが死を意味する行為であったとしても。感情無き信仰マシーンになりたくない。だから、私は……天界の門を破り、こうして地上に舞い降りてきた。ああ、もうすぐだ。もうすぐ黄金郷が見える……。
◆ ◆ ◆
「――リンネ様、何かがこっちに来ますっ!」
「リンネ殿、お下がり下さいませ! 此方が相手をしまする!」
『あれは…………天使、か?』
『ガウゥゥ!』
天使だぁ……!? どのツラ下げて私の前に天使が現れたんだぁ……?! 天使は殺す、何者であろうとも殺す。天使は私がこの世で最も嫌いな、大嫌いな奴なんだよねえ!!
「単独降臨、天使が? 普通ではないです」
「単独って珍しいの? ゼオお姉ちゃん」
「熾天使はとても強い、知っています。それでも、大勢引き連れる。部隊があるはずです」
「ナインズのにゃんちゃらは、一匹だけでしたよ?」
「それは特別です。普通の天使じゃない、あれは普通の天使です」
「何であろうとも天使は殺すのよ」
『さ、殺気を抑えてくれ』
特別だろうがなんだろうが、殺したい奴は殺す。天使は絶対に殺すの。絶対に。
『――――私の名前はヒュリエル! 黄金郷の女王に命を救われたことへ感謝を伝えたい! どうか、聞き入れては貰えないだろうか!!』
「天使は――」
「おかしいです。普通はどこの天使で、階級は何で、必ず言います」
「……確かに、普通の天使とは何か違う気がしまする」
「そんなのどうでも――」
「リンネ様、先々代の女王様に命を救われた方でしょうか? 少しだけでも、お話が聞いてみたいです……」
「でも……」
「だめ、ですか……?」
「ティアちゃんが、そ、そこまで言うなら……」
「わぁ! ありがとうございます!」
ま、まあ、ティアちゃんがそこまで言うなら……。どうしてもって言うんだから仕方ない! 別にあの天使のためじゃない、ティアちゃんの為に! ティアちゃんの為に一旦振り上げた拳を下ろすだけ! 天使という存在を赦したわけじゃないの!
「えっと、ヒュリエルさん、でしたか? お近くまでどうぞ」
『……ッ! はっ!』
「やはり、少し違う思います」
『むう……』
『ガウ……』
どの天使もどうせ一緒よ。頭がメルティスでいっぱいの殺戮マシーン、メルティス狂信モンスター。あの腹立たしい白い羽とヘイローをブチブチ引き裂いてやりたい……!!
「お話を聞かせてください」
『はっ……! 私、ヒュリエルは……天魔大戦よりも前に、黄金郷の女王に命を救われました。そう、あれは邪神ヘルミナの率いる悪魔との戦いの果てに、死の淵を彷徨っていた私はここ、黄金郷に流れ着いたのです。その時あのお方は、黄金の女王は厄介事であるはずの私の傷を癒やし、何の見返りも求めずに私を……。それなのに私は、天界の危機を感じ取り感謝の言葉も言わずに……』
天魔大戦よりも前に生きていた天使……? こいつは、色々と情報を持っているかもしれない。利用価値がある……。情報を聞き出して後は――。
「どうして、お礼が言いたくなったんですか?」
『…………私が、私でなくなってしまうと、思ったからです。改めて、感謝を。あの時私の命を救ってくださった女王陛下に、会話に応じてくださった女王陛下に、深く感謝致します』
「ティアは、あの、その……。メルティスが、嫌いですっ! でも、貴方の感謝は受け入れます。とても素直な気持ちを持った、貴方の感謝を」
『私も……。女神メルティスに、疑問を感じています。いいえ、天使という存在に。同族の全てに。天界というそのものに。我々は天使だから、天族だから他の種族より優れているという傲慢な考えに、疑問を感じています……』
――――こいつ、いや、ヒュリエルは……。確かに他の天使と少し違うかもしれない。当然演技かもしれないけれど、でも……。こんな演技をして、死ぬかもしれないとわかっていて単独で、感謝の言葉を伝える為にここまで来るだろうか。
「傷が癒えて、天界に戻って、なにがありましたか?」
『…………妹の死に、立ち会うことが、出来ました。最期の言葉を……』
「妹さんは、なんと仰っていましたか……?」
『いつまでも、大好きな、姉で、いて欲しい、と……。その時から、妹の好きな私とはなんなのか、深く考えるようになりました。同時に、メルティスや天使達に疑問を持つようになりました……』
「答えは、得られましたか?」
『…………いいえ』
―――――天使じゃなきゃ、良かったのに。
「ここにいる人達はほぼ全員が、天使に何かしらの恨みを持っています。ある人は兄弟仲が引き裂かれ国が滅ぶきっかけになり、ある人は同族をオモチャのように扱われ殺されて、ある人は狂わされて愛する家族をその手で殺してしまった。何百年と地下に隠れ住むことになり、陽の光も夜の空も見上げることが出来なくなった方もいらっしゃいます」
「ティア、ちゃん……」
『…………』
「私は、ティアラ・エルドリードは、先々代の女王様のように平等ではありません。大好きな人の為に、愛する人達の為に、私は容赦なく依怙贔屓をします。貴方が天使だと、メルティスのと名乗っていたら、容赦なくその翼を裂き、その亡骸を天界の門の前へ晒したでしょう」
『…………』
「貴方の求める答えは、天界にはきっとありません。それはここにも、もしかしたらどこにもないかもしれません」
ティアちゃんは、金狼と銀狼の記憶や想いも、引き継いだのかな。レベル801、女王の座を継いだだけにしては膨大過ぎる"経験値"……。その経験の出処はきっと、エルドリードのこれまでの全て。それら全てを引き継いで尚、私のティアちゃんで居続けてくれることを選んでくれたんだね。なんだろう、今になって本当に……。本当に、ティアちゃんはいい子だなって。
「――――私達はいつか天界を、メルティスを滅ぼします」
『……!』
「なぜならメルティスが間違ったことをしていると信じているからです。ティアもメルティスは間違っていると信じています。間違ったこと、おかしいと思ったことには立ち向かいます」
『間違ったことに、立ち向かう……』
「嫌いなものは、嫌いって言います」
「おやさい……」
「リアちゃん、しーっ!」
「あっ……!」
「ティアに言えることは、それだけです。後は貴方がどうしたいのか、何になりたいのか、それは自分で答えを見つけてください」
『深く、感謝致します。同族が犯した罪は、到底赦される行為ではありません。謝罪してもしきれません……』
天使にも、まともな人がいるんだな~……。いや、待て待て~……? 黄金の女王に傷を癒やして貰って、妹の死に立ち会って、それから深く考えるようになったって言ってたよね。つまりそれまではそこらの屑天使と一緒だったってこと。キッカケは何? 死にかけて頭のネジが外れた? 死の淵を彷徨って性格が変わった? それとも、まさか……。
「私も喋って良い?」
「え、あっ! ティ、ティアが、出過ぎたことを……」
「ううん、ありがとう。女王様らしくって格好良かったっ!」
「わあ~……! ありがとうございます、リンネ様っ!」
「ねえ、ヒュリエル……だっけ。私は魔界軍団長のリンネ、聞きたいことがあるのよ」
『魔界、軍団長殿……! え、天使殺しの……!』
「天使殺しとは喋りたくない?」
『い、いえ、私、で、や、役に立てれば……!!』
え、私って天界でそんな風に呼ばれてるの? めちゃくちゃ悪名高いじゃん。まあいいや、それより聞きたいことがあるんだから。
「昔、黄金郷に来る前はどう? なんで邪神の軍の悪魔と戦ってたの?」
『…………え?』
「変なこと聞いた?」
『いえ……。あの……ええと……ア、あ……? 邪神は、殺さなければ、ならなく、て……ア、ナタ、タチ、も……?』
「私達は邪神は崇拝してない」
『魔、神、モ、邪神、モ……オ、ナジ、で……は……違う、そんな、ことない、オナジ……』
「リンネ様、何か、変です……!」
「はあ……。最悪だ……」
これはもしかしたら、そうかもしれない。ヒュリエルは、恐らく……!
『(全員戦闘準備。最悪だ、だから出てこられたんだ……。今から起こる事象を観察、ヒュリエルから目を離すな)』
『も、申し訳、御座いません。お、思い出せ、ません。う、嘘では、決して……!! どうか命だけは……!! コ、ロス……コ、ロス……ス、ベテ…………邪神ヘルミナ、を殺せ。邪神ヘルミナの悪魔を、殺せ……私達は最高の神の兵士、他の種族よりも優れた存在、他の神々は劣等な存在、下劣な連中をこの世から――――や、やめて、ヤメ――――スススス、全テ、抹殺スル…………アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!』
『熾天使ヒュリエル(Lv.850)の【寄聖虫】が活動を再開しました!!』
――――本来なら何百年も前に作動するはずだった爆弾が、治療された影響で作動せずに今の今まで残ってた。ヒュリエルは、不発弾だ!
『何かに蝕まれているかのようだ!』
「聖楔だよ、ティアちゃんに打ち込まれてた奴よりもっとたちが悪い、体内に寄生してる生き物のような聖楔!!」
「まだ、除去出来ますか……っ!?」
「わからない!」
「寄生虫みたいです!!」
「心臓の下、お腹の中だと思うっ!」
「天使なんか助けたくなかったけど、なんとしてもこいつは助ける。例外中の例外! 交戦開始!!」
この私が、天使を助ける日が来るとはね! いくら天使だろうとも、こんなのあんまりだ。せっかくまともな奴だと思ったのに、そのまともさまで利用して送り込んでくるなんて……! メルティス、必ず殺してやる!! 滅ぼしてやる、塵すら残さず消し去ってやる……!!





