438 雲泥万里
「メギ、ド、様……!」
「オルヴィス……!? これは、どうしたというのだ!」
「これ、動くでない! お前さんとて、この呪印が原因で死ねばただでは済まんぞ!」
オルヴィスが我がもとへと戻った、ただし瀕死の重傷を負った状態で。グランディスから受けた報告を、初めは全く信じられなかった。だがそれは真実、一言一句違わぬ真実であった。
「退け、解呪は我が行う」
「複雑な呪いですぞ、メギド様!」
「我以上に呪いに詳しいものがおるか! おらぬであろう!!」
「そ、それは、そうじゃが……」
呪印の解呪は困難を伴う。術者以外の解呪となれば、その術者以上の実力と技能が要求される。半端な呪術師が手を出せば逆に呪い返され、呪いの抵抗のある呪術師といえども無事では済まぬこともある。だが、他ならぬオルヴィスのため……! 迷っている暇はなかった。
「メギ、ド……様……。もうし、わけ、ござい……ませ……」
「よい、口を開くな」
「しか、し、計画、が……」
「計画ならば案ずるな、魔導帝国デリランドへの移動は概ね順調である」
「その、先に、支障が……」
「いずれデリランドを支配し、メルティスを超える力を手に入れ、全ての神々、人間達が我らに跪く。それにはお前が、オルヴィスが必要なのだ」
「みな、が……」
弱りきったオルヴィスは、見ているのが辛くなるほどだった。幾多にも重なる呪印を慎重に解呪し、一刻も早く解呪するために我へ跳ね返る多少の反動は堪え……とにかく、必死だった。どのような呪印があり、どのように解呪したかも覚えていない程に焦っていた。
「グラ、ン、ディス……」
「オルヴィス……。大丈夫、皆ここに居ます。メルメイヤも、セリョーガも、アグニも、この世で初めて作られた死霊騎士、ダーガも居ます。安心してください!」
「…………」
「凄まじい解呪の……! しかし反動が……!」
「オルヴィスの命には、変えられん!」
「ああ、メギド様……」
血の泡を吐きながら、か弱く我の名を呼ぶオルヴィスの姿に、胸が張り裂けそうになる。幼き頃から我を慕い、真の姿を知って尚我に付き従い、我を永く支え続けて来てくれたオルヴィス……。この世を我が物としたとしても、そこにオルヴィスが居なければ、無意味……。
「デリ、ランド、までは、後……どれぐらい……」
「魔導船は謎の奇襲でダメージを負ったがの、今は陸上船へと作り替えてデリランドより南の小国、ナンナイアへと向かっておるぞ! 二日もせぬ内に到着するじゃろうて!」
「ああ……。よか、った……」
「――オルヴィスの話は、本当か? こ、これは……」
「きゃあ~……!! オルヴィスちゃ~~ん……!!」
オルヴィス……。この有様になっても尚、我が計画の支えになろうと…………なんだ、この呪印は。こんな呪印は、今まで見たことがない……!
「アグニよ、この呪印に見覚えはあるか?」
「これ、は……? これは、呪印ではない!! これは――――」
「ァ……? ア……ア……アアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!」
「ど、どうなってるの……!?」
「メギド様!! オルヴィスが!!」
なんだ、これはなんだ、この金の文字で刻まれたものは一体なんだ!? これは、どうすればよいのだ!? どうすればオルヴィスは助かるのだ!!
「か、体が……」
「金色に、金に……!!」
「黄金化の、呪いとでも言うのか……」
「オルヴィス、オルヴィス!!」
「――――…………」
「崩れる、体が、崩れておる……」
そんな、こんな、嘘だ……。オルヴィス、何故、嫌だ……。悪夢だ、こんなことが、あっていいはずがない……!! これは夢だ、誰かそうだと言ってくれ……!!
「これは……!」
「こ、これ……。そんな……!」
「メ、メギド様」
取り乱すわけにはいかない、オルヴィスの、オルヴィスの理想であり続けると、常に最高の我を、我であり続けると……! 心を、殺すのだ! 心を殺せ、感情を……! こ、これは……? オルヴィスの、体が、崩れた場所に……文字、が……?
『――――私はお前達を見つけたぞ』
まさか、オルヴィスは……最初から……!!
「トラップだ……」
「え……?」
「オルヴィスは、わざと、逃された……。我らを、見つけ出すために……」
見つかった……? 誰に、一体誰に見つかったのだ、どうすればよいのだ……。今更どうしろと言うのだ!! 我は、我らは、どうすれば……! 落ち着いて、考えるのだ……!
「メギド、様。ど、どうすれば……」
「…………進むしか、あるまい。見つかったところで、今すぐどうにか出来るはずがない」
「メギドよ、お前の力でも……無理、なのか」
「…………出来れば!! そう、している……!!」
「そう、か……」
もはや、何の意味もないこの世界だとしても……! オルヴィスの望んでいた世界を、世界に静寂を取り戻すまで、もはや止まれない!! もう止まることは赦されない!!
「オルヴィスの、仇は……必ず……!!」
「オルヴィスの為に……ッ!」
「オルヴィスの為に……」
「さらばだ、オルヴィス……。仇は必ず……」
「オルちゃん……。オルちゃぁあん……!!」
世に静寂の、あらんことを……ッ!! さらば、さらば……オルヴィス……!! お前の仇は必ず……!! 必ずッ!!
◆ ◆ ◆
「――――捧げよ~」
『【★堕ちた聖女の杖】【人類種の裏切り者・オルヴィス (黄金化)】【カースドコスモスメタル】が共鳴します……』
『【□■黄昏の杖】が完成しました! おめでとうございます!』
「ん~。デロナちゃん用の性能してるわ」
【□■黄昏の杖】(究極宝具・ウルトラエピック・その他・スロットなし)
・装備専用スキル【黄昏の刻】使用可能
・与HP・MP回復力5,000%上昇
・悪性反動無効
・時空干渉無効
・特攻・弱点削除
・一度の回復スキル発動で回復したHP・MPは、超過した分が限界を突破して回復する
・ユニークスキル【マナヒール】獲得
――世界が安心して眠りに就けるように by黄昏の乙女・グナ
強化不可・破壊不可・継承者【――】・重量なし
「わぁ~! やりましたね、リンネ様~っ!」
「あ、ティアちゃん? 今の私はカーミラさんが憑依した存在。つまりティアちゃんを二倍愛でるし、二倍甘える存在だよ? 安易に抱きついて良いのかな~?」
「大丈夫ですっ! ティアは、それよりもっといっぱい甘えます~っ!」
「あらあら」
『(あらあら)』
あいつ、熾天使のガワがなくなったら、滅茶苦茶貧弱だったわ。精神耐性も即死耐性もないでやんの。あの神技を切られた瞬間、ティアちゃんは黄金回廊でギルドルームに逃げてちゃっかり金貨を補充して帰って来るし、ユキノちゃんはちゃっかり聖属性攻撃吸収で涼しい顔してたし、私も別に聖属性吸収だから効かないどころか常にMP全回復して貰えるみたいなボーナス状態だったし……。あいつ、戦闘センスなさ過ぎない? 攻撃スキルが聖属性しかなかったの?
最終的にカーミラさんに体を貸したら呪印をバンバン刻みまくるし、帰ってきたティアちゃんは金錬術の最強技、生殺与奪を発動してオルヴィスの命を握っちゃうし……。あ、勝ち確定だこれ、後はファーブニルから学んだ腹芸を使って演技して、相手の情報集めちゃおう~ってことで……はい。
「まずはね、至近距離で神技食らって死んじゃった千代ちゃんを起こしたり、外で巻き添え食らって死んじゃったおにーちゃん達を生き返らせたりしようっか……」
「もうちょっとリンネ様とカーミラ様を独占します……駄目ですか……?」
「あ、どこでそんな上目遣い覚えたの! リアちゃん!? リアちゃんの悪い子をちょっと覚えたのね?!」
「む~っ……!! 独占するには、悪い子にならないと出来ないから悪い子、使いますっ!」
「あらあら」
『(あらあら)』
カーミラさん、ティアちゃんに見えないからって物凄くデレッデレのだらしない顔しないでください。ティアちゃんが見たら『わあ~お顔がとろとろです!』って言うから……。それにもうそろそろ、憑依時間的に限界でしょう?
『(ところで、リンネさん)』
「(へ、あ、はい)」
『(今から憑依を解除しますが、少し覚悟しておいてくださいね)』
「(え、何を――)」
『満月の女王・カーミラが憑依を解除します』
あ、憑依解除されちゃった。あ~あ、あの全知全能感が体から抜ける~。寂しいよう~。力が、力が欲しいよう~……。ところで覚悟するって、何の話…………あっ。
『――――憑依解除により肉体に歪みが発生します』
「あ、だ、だだだだだだ……!?」
「リンネ様? あ、カーミラ様!」
『はい、カーミラ様ですよ。リンネさんは私が憑依を止めた影響で、急激に強化された肉体が元に戻った歪みで苦しんでいますから、優しくしてあげてくださいね』
「は~い!! リンネ様、ティアのお膝でねんねしてもいいですよっ!」
「待って、回復……!! あ、あああああ!! あああああ、いだい……!!」
「えっへへ~」
しまった、トラップだ!! ティアちゃんが私を独占する為に、わざとこのタイミングで解除したんだ!! 憑依を!! しかも回復してくれないし、悪い子!! 悪い子が増えた!! やーーだーー!! ティアちゃんはいい子、ティアちゃんはいい子がいいのぉぉおおお!!
「でも可哀想だから、やっぱり回復しますっ!」
『ティアラが【金錬術:魔力再生】を発動、MPが完全に回復しました』
「あっ……。いい子……!!」
「はいっ! ティアはいい子にしたので、褒めてくださいっ! リンネ様~~」
「いい子、いい子だよティアちゃんは……!!」
やっぱりいい子だった、さすがティアちゃんだ……。ちゅ~したい。したらカーミラさんが嫉妬の炎燃やしそう。燃やされる、物理的にも燃やされる気がする。やめとこ……。
『――――さて、この空間はどうしましょうか』
「元の世界に返すと、元の世界に力が戻りますか?」
『原初のマナの流れのことでしたら、ええ。戻るでしょう』
「じゃあ、戻します! そのほうがきっと、世界さんが健康になりますっ!」
『そうですね、世界さんが健康なほうがいいでしょう。では……時を進めましょうか』
「健康な方が良いからね」
「はいっ!」
『…………ちょっと、魔力が足りませんね。ええ、ちょっとなのですが』
ええ、今の流れは格好良くしめて終わりって流れじゃなかったの……? どうしてこう、最後の最後でやらかすんですか、カーミラさ~ん……。
『システムアラート:何者かが空間に干渉しています』
『おや……』
「まさか、まだ敵が……?!」
「敵さんだったら、頑張って倒しますっ!!」
嘘、まだ何か残ってたの!? もうお腹いっぱいだよ~……。いや~もういいよ~……!!
『――――空間断裂、確認。異常検知、時間異常……。お、や』
「グリムヒルデさん……?」
『おや……』
「こんにちはっ!」
『は、い。こん、にちは。挨拶の笑顔、です。どうです、か? 採点、お願いします』
グリムヒルデさんが、どうしてここに……? あ、笑顔の練習まだやってたんだ。う~ん、前より改善したかも? 赤点ギリギリ回避レベルの~……。
「40点!」
『どこに笑顔要素を感じたのですか? 私には全く笑顔に見えませんが』
「ヒルデさん、笑顔上手になりました~!」
『私がおかしいのですか? おかしい、口角が引きつっているようにしか……』
『…………上達、実感。採点を、感謝、します。軍団長、殿。弟を、知りません、か? 時間を、暴走させて、いると、報告を受けま、した』
「弟…………?」
弟……? 時間を、暴走……? クロノスは、カイロスにこの空間に隔離されて時間の暴走を……。え? え!?
「カ、カ、カ、カイ、カイロス……!?」
『前のバージョンのボディは、カイロス、でした。現、マスター、マグナによって、グリムヒルデと、改修され、ました』
『…………』
「わあ~! グリムヒルデさんが、カイロスさんだったんですね~!」
そうだ、あああああ~……。レッドドラゴン襲来の時にエキドナ様から結界を一瞬で奪取して、内部の時間を止める結界に作り替えたの、グリムヒルデさんだああああああ!! あああああ~~…………!! ああ、あああああああ……。
『少しは、頭を冷やし、た、かと。しか、し、この様子は、お仕置き、が必要……ですね』
「すみません……。あの、まだ、コアだけは生きてます……」
『コア、だけ? それは、緊急事態。ぜひ、お仕置きします』
あ、そういえばコアって、マリちゃんが持ってたんじゃ……。一応アイテム検索、クロノスのコアっと……。ああ! 死亡した影響で、インベントリに帰ってきてるミミッキュんの中に入ってる! 良かった~壊れてなくって……。
「こ、これ、なんですけど」
『…………ふっ、ぶざまぶざま』
「グリムヒルデさん!?」
『レーナに、教えて貰い、ました。こういう時に、使い所です』
『ええ、それは間違っていません。ぜひこれからも使ったほうがよろしいかと』
『ありがとう。これからも、つか、います』
レーナちゃん……。なんてものを、グリムヒルデさんに教えてるのよ……。この子、旧時刻の神だよ……。でもレーナちゃんなら『わ~お。これからも悪い言葉教える~』って、言いそう。言うね、間違いなく。
「ついでなので、ここの時間軸を現実に戻してくれませんか……?」
『崩壊理由に、ついて。説明、求む』
『では、今度は時間もありますし……。説明しましょう』
「じゃあリンネ様は、ティアのお膝ですっ!」
ああ、やっぱりこうなるのね。はい、わかりました。でも皆のことも褒めてあげたいから、ずーっとは駄目だからね? じゃあちょっとだけ、ティアちゃんのお膝にお邪魔して……。甘えちゃお~っと……。





