409 Memory of Eldorado part1
「……なんとか、撒いたようですね」
「はぁ……はぁ~~……」
夢ならどうか覚めて欲しい。こんなに危険な状態異常なんだったら血液が足りないほうがマシだった。色々と文句を言いたいところだけど、それもこれも私が選んで進んでしまった道。精神的にショックだったりバイタルに多少影響が出たり等へのサインもした、これぐらいのことはやってきて当然ってば当然なんだけど……。
「まだ私の姿が不定形なままですか?」
「正直まだ、カーミラさんの声のマネをしてる化け物に騙されてるだけだと思ってる」
「眼の前に居ても信じられない程になってしまいましたか、困りましたねえ……」
現在私は、闇人間に助け出して貰って倒壊寸前のボロい建物に身をひそめている。吹雪が入り込んで死ぬほど寒いし、襲いかかってきた無数の狂った狼も怖いし、私を助けてくれた自称カーミラの闇人間も未だに信じきれていない。
「そうですねえ……。あ……。あ~……ティアの歌う子守唄は聞いていて心地よいのですよ? あまり聞き慣れない言葉で、それでいてスラスラと耳に入ってきてよく眠れるのです」
「…………」
「あ、頭を撫でて貰うと、特に……」
「はぁ、カーミラさんだ……」
「っく、ここまで言わねば信じてもらえないとは……」
「わかりました、とりあえず信じます……」
前言撤回、99パーセントの確率でカーミラさんだと思う。カーミラさんしか知らない秘密の続きを話せるのはカーミラさんだけだろうし。万が一にもティアちゃんの記憶から推測で作り出されたカーミラさんって可能性もあるけど、その場合ならこんな回りくどい方法で信頼を勝ち取ってアブダクションを継続するのは意味がわからない。狂った相手に道理は通用しないから、意味を求めるほうがおかしいのかもしれないけど……。
「助けてって声が、聞こえて来てくれたんですね」
「あの後サリーに胸ぐらを掴まれて激怒されまして……。あの薬は人に飲ませて良いものではないと、壊れても良い血液サーバーに使うものだと……。慌てて何度も連絡しようとしたのですが、全く声が届かず……。どれだけ恐ろしい薬なのかもわからずに渡してしまって、本当に……」
「あ~……まあまあ、うん……とりあえず大丈夫。大丈夫ですから」
そもそも何故ここにカーミラさんが居るのか。それは私が闇に飲み込まれて完全に連れ去られる直前、最後に救援を飛ばした相手がカーミラさんだったから。呼んだら本当に来ちゃったから、これは出来すぎてると思って、これも幻覚のカーミラさんじゃないかってずーっと警戒してた。
だけど闇の中に連れ込まれた先の雪原まで追い掛けてきて、ティアちゃんの幻覚に追いついて激しい戦闘の後に私を闇から引きずり出して救助することに成功したんだよね。その後、騒ぎを聞きつけて狂った狼の群れが現れて、ティアちゃんの幻覚はそれを見るなり逃げ出して、今度はその狼の群れから逃げようと思ったら……カーミラさんが上手く力を使えなくなってて。しかも姿が闇のもやもやで覆われた人の形をした何か――闇人間って呼んでた――に変わってて、必死で逃げて使える魔術を駆使して隠れて今に至るって状況。
「それにしても、なんで力が上手く使えないんですか?」
「わかりません。リンネさんは、何不自由なく体が動くのですか?」
「うん。何も問題ないけど……。どのぐらい不自由な状態なの?」
「いつも動かしている体が外側だとしたら、今は……内側しかないような。骨だけで動いているような気分に似ています」
「あ~。ごめん、よくわからない……」
「死人のように重く、苦しく、寒くて、意識が遠のいて、会話をするにも気合が、必要で…………あ。意識が飛びそうでした」
「ん~~……」
カーミラさんが力を使えないのはなぜなのか。最初は激しい戦闘をしてやりあってたはずなのに、どうして急に……。いや、徐々に……? 徐々に力を失って、だんだん重篤化しているのでは? 現に今も意識が飛び掛けてたし、症状が私と真逆。私は体が軽くて、気分が良くて、暖かくて、意識がはっきりしてる。ここに連れ去られる前とは真逆だ……。ああっ!!
「私が幻覚を見る薬を飲んだ後の症状に似てます、それ。向こうではイライラして体が重くて、寒かったし意識もぼんやりすることがあって。逆にあの薬があれば、力を取り戻せるんじゃないですか?」
「墓荒らしが墓に入るような行為ですが……。可能性は、高いですね。いずれにせよこのままでは、存在が消えてしまうような気配すら感じます。一か八か、私も服用しましょう……」
造血薬を飲んだ時と同じ症状が反対の環境で起きてるなら、もしかしたらこれで治る可能性があるよね。最悪治らないにせよ、進行がゆっくりになればいいんだけど……。
「…………驚くほど症状が緩和されていくのを感じます。即効性がありすぎますね」
「何使ったらこんな酷い効果が現れるんですか……」
「心当たりが一つ……。たしか、呪物を使ったと聞いています。安価で大量に仕入れられて、副作用に目を瞑れば最高の繋ぎになると。他の材料は強い効果こそあれど、目眩や動悸程度しか起きないものだと聞いています」
「ん~……。その呪物が何だったのかまでは聞いてないんですか?」
「聞いていませんね……。手の震えも収まってきました」
やっぱり! 造血薬の副作用が、拉致されたこの空間と本来の空間で真逆のものになるんだ。だとしたら、サリーちゃんが使った呪物とやらが何なのか突き止められれば、この空間で活動を続けることも可能なんじゃなかろうか。恐らくだけど、死んだとしてもこの雪原にリスポーンすることになると思うんだよね。ここに拉致されて連れてこられた時に『拠点が強制的に書き換えられ、ランダム化しました』って出たから、このままじゃ出られないと思う。
なんでここで活動することを選んだかって、カーミラさんの今の発言が原因よ。恐らくプレイヤーは結構キツめのロストぐらいで済むだろうけど、存在が消えてしまいそうって発言をまともに捉えれば、NPCは最悪完全消滅・抹消がありえるってことなんだよね。助けに呼んだカーミラさんに万が一のことがあったらもう、鬱になって病むかもしれない。なんとしても無事に脱出する方法を探らないと。
「おや……?」
「ん……? んっ!?」
あれ、カーミラさんなんか小さくない……? いやでっかいけど、小さいよ!?
ろ、ロリ巨乳化してる! カーミラさんがロリ巨乳になってる!! っく、幻覚が強くなってる……! これは幻覚、これは幻覚のせい……!
「我が真実の姿を映し出せ、ミラービジョン。おや……。幼い頃の私の姿にそっくりですね」
「幻覚じゃない……?!」
「生意気そうなお子様ですね。なかなかに憎たらしい顔です」
「っく……くぅ……!」
「ん? あら、その手は? 一体何を――――」
あーー幻覚のせいで私の手が勝手にーー。
「あー幻覚のせいで勝手にー、カーミラさんの頭を撫でちゃうーー。こんなつもりはなかったのにーー」
「…………ほう。ほうほう」
「うっわぁっはぁ~!! 髪の毛サラッサラ、ふわっふわ、わぁっはぁぁああ~~!!」
「今回は特別です。私の落ち度ですから」
これは幻覚だけど、幻覚じゃないしっかりとした気持ちがここにある。私、今、凄く満たされてる。悦びを感じてる。本来絶対に出来るはずのない行為をしている、途轍もない背徳感。優越感。脳内に溢れる夥しい量の快楽物質による超越した快感。右手から感じる至福の――悦。悦に浸るという次元を超越した世界を堪能している。革命だ。今日この日をカーミラ革命の日とする。
「そのままで構いませんから聞いてください。例の造血薬ですが、残りこれだけしか持っていません」
「…………5個」
「ええ、5個。4時間ほど効果があると聞きました。残り4時間弱、そして繋ぎで5個で20時間。つまり1日分しか持っていません」
有頂天からどん底まで突き落とされた気分だよ……。実質制限時間付きじゃん、カーミラさん余命1日みたいなものだよこれじゃ……。ラーラさんが大変なことになるからって止めに来たのに、どうしてそれ以上に大変なことが起きちゃうのよ。
「飲まねば、消えると思います」
「消える……」
「ええ、こんな小さなキラキラとした粒が、私に残された命。力の源でしょうね。そして更に残念なお知らせなのですが、恐らく本来の力の半分も発揮出来ないと思います。それほどまでにこの姿は弱い」
こんな、金色ラメ入りのふざけた白い錠剤が、カーミラさんに残された命……。これが尽きたら、恐らく終わり……。うーん、情緒がジェットコースターみたいに急上昇急降下を繰り返して頭が痛い。今度こそ誰にも頼れないし、カーミラさんだけでどうにか出来る問題じゃないし、バビロン様に祈りを捧げても祈りは届かないみたいだし……。フレンドリストも、会話ログも全部真っ白なモヤがかかって見えない。見えるのは戦闘ログ関連の一部だけ。
「まずどうすればここから出られるのか、そもそもここは何処なのか、ティアの姿に似ていた幻影は何者なのか、調査するには迅速に動く必要がありますね」
「うん……。う~ん……」
「なにか心当たりが?」
心当たり、心当たりと言われても……。あ、黄金郷ってワードが何度も出てたよね。祝福を取り戻すとか、約束の地とか。
「黄金郷、祝福を取り戻す、約束の地って言葉は何回も出ていましたね」
「黄金郷、エルドリードのことですね。祝福が何を指す言葉なのかはわかりませんが、約束の地は恐らくエルドリードの重要な場所のことでしょう……。そこにリンネさんを連れ込もうとしていて、それで何かが起きると確信していたから誘拐しようとした。リンネさん、祝福について何かご存知で?」
「なにも、初めて聞いた言葉ばっかりで……」
黄金、黄金郷かあ~……。こんな雪ばっかりで真っ白な土地に黄金郷ねえ、白銀の海とかの方がよく似合うよ。本当、金って碌なことがないなあ~。思い返せばリアちゃんを起こした初日も、黄金と宝石ゴテゴテのネックレスが呪われてたっけ。懐かしいなあ~……。金に呪われてるんじゃないの、私。
「何か思い当たることが?」
「いや~金に呪われてるな~と思って。金色のネックレスに呪われたり、金って文字の付く迷惑ギルドに襲われたり、なんだか金って碌なことがないイメージばっかりで」
「金は人の恨みを溜めやすいように思いますね。黄金の杖を取り合って身内で殺し合いになってしまった愚かな貴族もいたのですよ」
「へえ~……」
やっぱ金って呪われてるわ。これから呪物を作る時は金を呪いのアイテムにセットすれば呪物作成出来るんじゃない? ああ、そういえば既に金を使って呪物作ってるじゃん……。やっぱり金って呪われてるわ。
「そういえばこれ、この金貨も呪いのコインなんですよ。よく呪物を作る時に使うんです」
「何の変哲もない、ただのコインに見えますね……。なにか恐ろしい呪いや、特別な効果が?」
「コイントスをすると必ず見失って、頭の上に降ってきてペチって当たるんです。おもしろグッズですね~」
「なんとくだらない……。一応参考までに見せていただいても?」
「いいですよ~。ほらっ! あ、消えた! そうすると上から降ってきて――――ッ!?」
「あっ。こんな偶然があるんですね」
うわ、呪いのコインで遊んだら見事に口の中に入った……。吐き出……っ!? 溶け、溶けてる……?! 口の中で溶けてる! 呪いのコインが溶け……っ!?
『【呪いのコイン】を服用しました。【黄金蝕】の効果が4時間延長されました』
「リンネさん? 吐き出さないのですか?」
嘘でしょ…………。
「…………」
「まさかまさか、飲み込んでしまったのですか?」
そっか、サリーちゃんが安く大量に仕入れられる、繋ぎに使える、呪物……。金のラメ入り錠剤……。ちゃんと考えれば、ギリギリ繋がらなくもない……。
「この幻覚の名前、黄金蝕です……」
「え?」
「これ、この呪いのコイン……。これを口の中に入れるとドロっと溶けて、黄金蝕って状態になるんです……」
「秘匿されし真の姿を我が前に示せ、ムーンライトアナリシス」
『三日月の姫君・カーミラが【ムーンライトアナリシス】を発動、【呪いのコイン】を完全に解析しました。【呪いのコイン】は【エルドリード金貨】です!』
は、はっ……! はは……! あーあ、こんなに身近に潜んでたんだ、黄金郷に関係するアイテム……。誰かがふざけて口に入れた時、これがスタートするようになってたんだわ、きっと……。
【◆◆◆エルドリード金貨】(呪物・消費アイテム)
・水乾き
・木朽ち
・火消え
・土痩せようとも
・金の輝きは失われず
・金が涙を流す時
・祝福されし銀色の涙
・黄金郷を再び
・取り戻すであろう
――――約束の地へ、我らの祝福を再び。
頭の上に降ってきてたのは、口に偶然入る可能性を上げるためだったんだ。ただの面白グッズじゃなかった、だから、ああ……。なんだろう、この脱力感。こんな、ははっ……! 笑うしかないよ、どんな作り込みなのよ。どれだけ深いの、この世界は……!!





